斑が吹き飛ばされた瞬間辺りに緊張が走る。
音羽だけが妖が見えており、夏目と同時に音羽も立ち上がったが、背後からの殺気に反射的に飛び退る。
「お前…!」
咄嗟に振り返ればそこには昨日の晩、小春を殺しにきた一人である鈴がおり、鈴の手には三節棍が握られていた。
「音羽…!?」
飛ばされた斑、何もないはずなのに飛び退る音羽…多軌は唖然とし、夏目は妖が来たのだと察した。
しかし見えない夏目はその妖が妹を襲おうとした妖だとは知らず、音羽と鈴は言葉など交わすことなくお互い距離を保ちつつ音羽は相手の動きを警戒していた。
「…!」
すると鈴はどういう訳かそのまま森の方へと走って姿を消した。
その際鈴がニヤリと笑ったのを見て、音羽は誘われているのだと受け取り、その誘いに乗ってやる。
背後で夏目と多軌の声がするが音羽は耳に入っていないように無視し森へと入っていった。
「音羽様!」
「挟み撃ちにする!お前はあちらから…、」
森に入ると木影から妖の姿の蒼葉が現れ、音羽は蒼葉に指示を出そうとする。
しかし一瞬視界の端に木々の間に黒い物を目に映した音羽は警戒していたためか立ち止まりその方向をジッと睨むように見つめていた。
「音羽様?いかがなさいましたか」
「……いや、気のせい…――!」
立ち止まりある方向を見つめる主に蒼葉も立ち止まり心配そうに声を掛けた。
蒼葉の声掛けに音羽は気のせいかと思い首を振り前を向き直したその時――…音羽は懐に黒ずくめの男に入り込まれていた。
「!――、ぐ…ッ!」
「音羽様…ッ!!」
一瞬の事だった。
黒ずくめの男は一瞬にして音羽の懐に入り、一瞬にして音羽の首を掴み、音羽は苦しげに声を零す。
蒼葉は音羽を助けに駆け寄るも、飛んできた氷の刃に飛び下がる。
「邪魔しないでもらおうか」
「貴様ら…あの時の…!」
「私らを覚えてくれて感激だ……嘘だけど。」
飛んできた方を見るとそこには真白と呼ばれていた少年と鈴がいた。
真白は飛ばした氷が予想通りの場所に刺さっているのにホッとしたように息をつき、そんな真白の頭を肘掛に鈴は覚えていたらしい蒼葉に軽口を叩く。
蒼葉は音羽へとチラリと目をやれば男に未だ首を絞められ、身長差から宙に浮いていた。
「あんたとこの大将が大事なら、大人しく話しを聞いてくれるよな?」
「…ッ」
グッと力を入れられたのか、音羽からまたうめき声のような声が零れ、その表情は苦しげに歪んでいた。
必死に首を絞めている男の腕を引っ掻いて抵抗するも男は顔色ひとつ変えず少しずつ音羽の首を絞めていく。
男が手加減していないのを主の表情で伺え、蒼葉は鈴の言葉に従うしか他に道はなかった。
頷く蒼葉に鈴はニヤリと笑う。
「夜影、もういい」
「…………」
夜影(やかげ)と呼ばれた男は鈴の言葉を聞いているのか分からないほど口を頑なに閉じ、視線をそのまま真っ直ぐに音羽を蒼葉に向けて投げ飛ばして放す。
投げ飛ばされた主を蒼葉は慌てて受け止め、首を絞められていたため咳き込む音羽の背を擦ってやりながら仮面の下で男をチラリと見る。
男は短い髪を無造作にしており、前髪は人間の自分と同じように目元が隠れるように伸ばされ、意識的に目元を隠しているのだと自分同様分かった。
蒼葉の場合人間に扮するとき仮面が付けれず顔を隠せないためわざとオタクのように顔を隠している。
男は理由はどうあれ同じ意味合いで無頓着を装い髪を伸ばしているようにも見えた。
服装も上も下も全て黒ばかりで唯一色物と言えば手首の赤い革製の首輪風のブレスレットのみだろう。
それと髪に隠れ見えない瞳以外髪含め全て黒で統一されていた。
雰囲気も鈴と真白とは違い殺気は一切ないが重く、この中では一番油断はできない。
男が動かないのを確認し、主に男に注意しながら蒼葉は話しが通じるであろう鈴へと振り向く。
「…用件はなんだ」
「おや、話しが早くて助かる……お前達と我らで、手を組まないか?」
「!?」
鈴は蒼葉の直球な質問にご機嫌に答えた。
蒼葉は鈴の『手を組む』という言葉に目を丸くさせ唖然とした。
蒼葉から見て鈴達は正体が分からない『敵』として認識されていたため驚くことは無理はなく、そしてどうしても敵という認識から信用できなかった。
蒼葉は手を組もうと誘う鈴をキッと睨み付ける。
「貴様達を我らが信用できると思うか」
「できないだろうな…でも、こればかりは信じてもらわなければどうしようもないさ」
「なら…お前達の目的を言いなさい……話しはそれからよ…」
蒼葉の言葉ももっともだと鈴は頷くも、証拠を出したくても信用に値するほどの証拠はない。
だから信じてもらうしかないと鈴は言う。
そんな鈴にやっと息を整えた音羽が鈴を睨みながら訊くが、音羽の問いに鈴は口ごもった。
「…夜影」
音羽の問いにグッと口ごもった鈴は先ほどの見下したような笑みを消し、重々しい表情を浮かべぼうっと突っ立っているようにしか見えない夜影の名を呼んだ。
その事で音羽も蒼葉も警戒を高めたが、呼ばれた夜影は数歩遅く呼ばれた事に反応しゆっくりと鈴へ振り返り、小さく頷いた。
夜影が頷いたのを見て鈴は音羽達の問いに答えるため重い口を開く。
「私達は"ある目的"の為にあの人間が必要なんだ」
「あの人間とは誰の事?」
「……猫を連れた男だ…」
「夏目貴志ね…」
「その者の名など我々には必要のない物だから知らんが…多分そいつだろう。」
「では目的とは何?」
「…………」
鈴は苦々しい表情でポツポツと話し始める。
鈴達は小春ではなく、兄の夏目を狙っており、何らかの理由で小春の命を狙てるようだった。
その理由を知りたくて鈴に再度問えば、鈴はまた口ごもってしまう。
「…あの人間の体が必要なのだ」
「だからその理由を話して」
「それは…、すまない……それは話せない」
口ごもった鈴だが、音羽が同じ問いをする前に閉じていた口を開く。
しかしそれは音羽が望む答えではなかった。
目的を話せと言っているのに鈴は目的とは別の事を答える。
しかも曖昧な答えだった。
だからか…音羽の表情は次第に険しくなっていく。
「馬鹿馬鹿しい…理由も話せない者達と手を組むなんて損得考える以前の問題だわ」
「我々の理由はどうあれ…お前達もあの人間の女が必要としているのだろう?ならば乗らない手はないのではないか?」
「乗る乗らない以前の問題だと私は言ったのよ…目的も何も話せません、でも信用してください。…なんて、誰が信用すると思ってるわけ?確かにあのもやし以下がいなくなってくれさえすればこちらも簡単に事を進めることができて助かるけれど…ただそれだけ。ただ助かるだけ。正直あんたらの目的がどうあれあのもやし以下がどうなろうとどうでもいいのよ、私達は。…勝手にもやし以下を持っていきたければ持っていけばいい」
あちらは小春が不必要で夏目が必要。
そしてこちらは夏目が不必要で小春が必要。
音羽からするとどう考えても手を組むなど面倒な事をしなければならない要素はなかった。
そもそも目的も教える気のない連中などこちらを利用しようとしているようにしか考えられず、あちらが襲い掛かった不躾に対する報復はあってもわざわざ手を組む義理もない。
鈴は音羽の言葉にぐうの音も出ず、悔しげに唇を噛む。
しかし…
「―――お前達の目的を聞かせろ」
音羽は静かな声に一瞬息を呑む。
その声の方へ視線をやれば、先ほどまで黙り込んでいた夜影だった。
夜影はずっとどこか一点を見つめていたその顔を音羽へ向け、夜影の言葉に振り向いていた音羽は無感情で読めない夜影の雰囲気に圧倒されてしまう。
見た目も雰囲気も何もかも違うのに…この男は当主の兄に似ていた。
それに気づいた音羽は男を苦手な相手だと認識し顔を引きつらせるもプライドが高いせいかそれを表情に出さず平然を装う。
「…なんであんたらに言う必要があるわけ」
「我々はお前に問われ、それに答えた…ならばお前達も我々の問いに答えるのが礼儀だ」
「そんなのあんたらの勝手じゃない…私はそんな約束した覚えはないわ」
「約束など意識的にされるものではない……それにこれは約束ではなく契約…――妖の契約である」
「…っ」
夜影の声はとても静かで騒ぎが起こっていれば聞き逃すほどだろう。
しかし今は静まり返っており夜影の言葉は音羽の耳に届き、音羽は有無を言わせないその言葉に何も言えなかった。
蒼葉はそんな主の様子に気づき心配そうに見つめる。
「……妖とか、関係ないわ…私は人間だもの」
「それでも答えるのがお前が交わさせた契約。言葉は妖や人間を縛る道具だ…妖を扱う者ならばそれをよく熟知しているはず」
「だから!私は…!」
兄と会話をしているように息苦しく感じながら音羽はそれでも答える気はなかった。
兄が嫌だから音羽は家を出て家族を捨てた。
もしかしたらいつの日か兄が連れ戻しにくるかもしれない。
だったらたかが似ているだけの男に臆し怯んでしまっては今まで逃げ出してきた意味がないと音羽は思った。
だから音羽は意地でも答える気はなかった。
しかし…
「そういえば、お前は男に好意を持っていたな?」
「―――ッ!!」
「その男…妖を見ることはできないが感じる事が出来るようだが……あの人間達には劣るだろうが妖が見えない者よりは美味だろうな…」
音羽は夜影の言葉に息を呑んだ。
夜影の言う『男』…それは誰でもない、田沼だと音羽はすぐに理解する。
自分が好意を持っている人物と言えば田沼しかいないのだから分からない方がおかしいのだ。
夜影は何故か田沼の事を知っており、更には食べるつもりでいた。
田沼の名に先ほどまで平然としていた音羽の表情が一変する。
「お前…ッ!!要に何をする気だ!!!」
それがただの脅しだとしても、田沼を一心に想う音羽は聞き捨てならず表情を険しくさせ毛を逆立てんばかりに夜影にくってかかった。
どうして自分が田沼の事を知っているかなど疑問に思わず、逆上する音羽に夜影は微かに目を細める。
「お前が契約を破るというのであればそれなりの代償を支払うのは世の道理。」
「――ッふざけるな!!」
夜影の言葉に音羽はついに怒号の声を上げる。
音羽は怒りの激情のまま傍に控えていた蒼葉の腰に差されている刀を鞘からから抜き、その刀を夜影へと向ける。
「音羽様!?おやめください!!」
「煩い黙れ!!」
全員、音羽の行動に驚く。
特に夜影の仲間である鈴は目を丸くし、真白は顔を青ざめていた。
蒼葉の制止の声を遮り音羽は夜影を睨み付けていたが、しかし刀を向けられている当の本人は表情一つ変えず殺さんばかりに睨み付ける音羽を冷静な目で見つめていた。
「たかが話さないだけだろ!!」
「それでも契約は契約だ。我々はお前に話すことを契約させられ、我々はその代償をすでに支払っている」
「目的自体話さなかったくせに何を偉そうに抜かす!我らに答えてほしくば契約契約とそれしか言えないその役に立たない口からハッキリ答えてみせろ!!貴様らの目的は何だ!!!契約を交わしているのならそれを答える事こそが道理ではないのか!!」
「我々ははっきり答えたはず…"それは話せない"、と。」
「ならば我らも答える義務はない!!」
「ならばなぜあの女を庇う?我々は答えたはずだ…お前も道理を口にするのなら答えるべきだ。」
夜影は暗に『話すか、話さず男を失うか』と音羽に強制的に選択肢を与える。
田沼を人質に取られ頭に血が上っている音羽ではそれに気づかず、涼しい顔をしこちらを無感情に見つめる男の選択肢に音羽はギリ、と奥歯を噛み悔しげな表情を浮かべた。
ふつふつと沸き上がる夜影への怒りを収めるよう音羽は目を固く閉じ、深呼吸を一度し、そして―――
ぽたり、と赤い液体が地面に落ちた。
23 / 26
← | back | →
しおりを挟む