小春は重い足取りで帰宅の途についた。
妖はどうやらあの青年が追い払ってくれたようで、あの青年は『私も幼い頃カラ妖怪を見えていたので祓うのも慣れてるんデス』と笑った。
青年は片言を話しており中国人だと本人から教えてもらった。
日本には仕事のため来日しており、日本語が話せるのは仕事もそうだが、中国人にしては珍しく隠れ日本びいきではなく批難されようがなんだろうが胸張っているからだと自慢していた。
中国問題に詳しくない小春からしたら『へえ』としか返せなかった。
そんな彼の仕事はカメラマンだという。
カバンから出して見せてくれたのはデジタル時代の現代には珍しいちょっと時代遅れのカメラだった。
今時のデジタル式カメラも持っていると見せてくれたが、主に使っているのは古めかしいカメラだという。
その理由はデジタルより味が出るからだというが、まったくの素人の小春にはただただ彼の説明に相槌を打つばかりだった。
カメラの事を力説する青年にどう反応したらいいのか分からない小春は顔を引きつらせており、その小春の表情をまだ警戒していると思ったのか青年はにっこりと笑い何故か名刺を小春に渡した。
名刺を渡し名乗った方が信用すると思ったのだろう。
そこには職業と電話番号、そして『黄 文乙(コウ ウェンイー)』と書かれていた。
それは日本用の名刺らしくご丁寧にも呼び方まで書いてあった。
とりあえず名前も分かり少しは信用したらしいがまだ表情は固い。
そんな小春に文乙はポケットを探る。
取り出したのは飴玉だった。
その飴玉を小春に渡し、小春は戸惑いながら文乙を見、文乙は小春と目と目が合い笑みを深める。
その笑みに小春はおずおずと飴玉を口い含む。
その飴玉はリンゴ味だったらしく甘い味が口いっぱいに広がる。
その甘さも相まって小春の緊張で強張っていた体が解れ、警戒も薄まった。
やっと警戒を解いてくれた小春に文乙はせっかく仲間に会えたのだからと小春の写真を撮りたいと言ってきた。
驚く小春に文乙はすぐに美少女の小春を撮りたいだけなんだけどね、と冗談交じりに呟き、小春も何度もお願いされてしまえば断る事も出来ず写真を撮ってもらった。
写真は二枚。
小春しか映っていない写真と文乙と小春が映っている写真。
現像はデジタルなら一日経たず出来るが、懲りに凝っているらしい文乙は古いカメラを使っているらしく現像に時間がかかると言っていた。
数日後場所を指定し会う約束をしてその文乙と小春は別れた。
妖に襲われ同じ見える人と出会った事で疲れがどっと出た小春の足取りはとても重かった。
「ただいまー…」
ガラリと玄関を開ければ玄関には兄の靴があり、小春は兄が先に帰ってきていることを知る。
兄である夏目の靴を見た小春は真っ直ぐに2人の部屋へと向かった。
「あれ…いない…」
扉を開ければいるはずの兄はおらず、小春は着替えもせずカバンだけを置いて人通り二階を探し終えると一階へと戻る。
一階へ降り、ダイニングルームにいる塔子に兄のことを聞こうとした時、居間で何やら話し声が聞こえ小春は無意識に小走りにそこへと向かう。
「なんだまた名前を返してやったのか?」
「まあな…」
「まったく、余計な事を…どんどん友人帳が薄くなっていくではないか。私がもらい受ける頃には何匹残っているやら……いっその事このガキ、食ってしまおうか。」
「……聞こえてるぞ、インチキ招き猫。」
そこには先ほど妖に名を返したばかりの兄がおり、兄は名を返すには妖力をどうしても使うため疲れたように横になっていた。
そこへすれ違いだった斑が帰宅し、名を返したらしい夏目に目を細め歩み寄り批難するようにペチペチと横になっている夏目を叩く。
思わず本音が漏れ、その本音を聞いていた夏目は低い声で呟き、その言葉にドキリとさせる斑の2人のやり取りに小春は思わず笑みをこぼしてしまう。
「ただいま、お兄ちゃん、ニャンコ先生」
同じ境遇の人と出会ったと言え、そしてその文乙に助けられたとは言え、小春の体は無意識に強張っていた。
そしていつもの兄と飼い猫のやり取りを見てその強張っていた体が解れていったのだろう。
夏目と斑の姿に小春は安堵したのだ。
小春は笑みを浮かべたまま居間へと入り2人のもとへと歩み寄る。
夏目は小春の姿に起き上がろうとしたが小春がそれを遮り、斑は小春の姿に『小春!お前今までどこに行ってたんだ!門で待ってろと言っていただろ!』と叱った。
小春はプリプリ怒る斑に謝りながら頭を撫で、トモコン(友樹コンプレックス)の斑は思わず黙り込んで許してしまう。
小春を溺愛している部分は同じなため何も言えない夏目だったが、しかし、怒りが頭を撫でられただけで収まる斑に呆れた視線を送った。
「お疲れ様」
今度は小春の手が斑から夏目へと移る。
小春は無意識に妖力を兄へと移しているのか、重かった体があっという間に軽くなるのを感じ、夏目はお礼を呟きながら起き上がり、夏目も『おかえり』と呟きながら小春の頭を撫でてやる。
夏目は妖力を人に与える力はないが、別の力がある。
小春は夏目に頭を撫でられ嬉しそうに…本当に心からの笑みを浮かべた。
****************
――夜。
その日の晩御飯のメインはコロッケだった。
お店で買った物ではない塔子特製のコロッケ。
塔子は専業主婦という事もあってどの料理を作らせても美味しかった。
「「いただきます」」
「沢山食べてね!」
手を合わせ4人は食事を始める。
小春は結局兄に妖の事を言えず、そして文乙の事も一切口には出せなかった。
文乙だけでも話そうとしたが妖に襲われた恐怖を隠しながら告げる自信がなく小春は言えなかった。
妖に遭遇し襲われたショックからいつもよりチマチマ食べる小春に塔子が心配になり声をかけるほど、小春は今食欲がない。
慌てて首を振って何でもないと笑う妹の表情に夏目は引っかかっていた。
どうも帰ってきた時のように心から笑っていないのだ。
しかし原因は分かっている。
夏目はまた妖に遭遇したのだろうと察したものの、兄妹の秘密を知らない滋達の前では聞けずその場では無言でやり過ごした。
聞きたくても聞ける状況ではなくモヤモヤさせながら味噌汁を口に含む。
チラリと何気なくコロッケの方を見た夏目は、ある事に気づく。
(ん?これ歯形か?)
お皿に乗っている1つのコロッケの端が、何者かが食べた形跡のようなものがあったのだ。
まだ手を付けていないため自分が食べたわけでもなく味噌汁を呑みながら首を傾げていると…
「いやいやいや!中々、美味ですな!」
「〜〜〜〜ッッ!!!」
湯呑の隣に小さな妖がいた。
湯呑に隠れていたらしい妖の姿を目でとらえた瞬間、夏目は口に含んでいた味噌汁を思いっきり噴き出した。
「きゃあ!貴志君!?」
「お、お兄ちゃん!?」
「大丈夫か貴志!」
勢いよく味噌汁を吹き出す夏目にその場にいた全員が驚く。
突然の事だが夏目の真ん前にいた塔子は咄嗟に夫の方へと交わしたお蔭で味噌汁を被る事はなかったが、咳き込む夏目に三人はそれぞれ声を掛ける。
声を掛けられた夏目は咳き込み引きつった笑みを浮かべ『す、すみません…ちょっと咽ちゃって…』と何とか誤魔化した。
小春はそれに違和感を感じふと視界に動く何に気づきそれへと目をやると今度は小春が固まった。
そこには…―――妖がいたのだ。
カチンと効果音が聞こえるほど固まった小春に夏目達は気づかず、小春は気づかれる前に少し落ち着いたのか小春も何事もなかったかのように振舞う事が出来た。
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