(3 / 8) 16話 (3)

その小さな妖は名前を返してもらいに来たらしい。
妖の名前は『露神』。
斑の知り合いだった。
食事を終えた夏目達は露神を連れて二階へと戻りさっそく名前を返すため友人帳を取り出した。


「小春、下に行ってていいんだぞ?」

「…ううん、大丈夫…」


適当な所で開き呪文を唱えようとした時、夏目は小春が妖が苦手になった事を思い出す。
自分の傍をくっついて離れない妹へ振り返りそう告げれば、小春は首を振って答えた。
心配性な夏目はそれでも心配になり『でも…』と続けようとするも小春から『お兄ちゃんの傍にいたい』と言われればシスコンである夏目は唸るしかなかった。
まあ露神はいい妖怪っぽいし大丈夫か、と嫌な気配もなく斑と知り合いだという事もあり小春の願いを受け入れ、夏目は作業に戻る。
しかし…


「あれ…これ、次のと引っ付いているぞ?」


いつも通り露神の名を返そうと呪文を唱えれば独りでに友人帳の紙達が捲られ始める。
ピン、とその妖の名が書かれている紙が立ち、夏目はいつものようにその紙を破き口に咥え息を吹きかけようとした。
だが、その紙は何故か次のページが引っ付いていた。
斑曰くくっついているのは米粒らしい。
ずぼらだったと言うレイコが飯を食べながら弄っていたと予想し、斑の予想に否定できないと最近知った夏目は『頼むよ…』と呆れながらもそう呟いた。
そしてくっついている紙同士を剥がそうと力を入れたその時、


「痛っ!」

「「「!」」」

「いたたたっ!無理に剥がすな!皮膚がピリピリする!」


突然露神が声を上げて痛がりはじめた。
ハッとさせ露神へと顔を上げれば露神はありえないほど仰け反っており、夏目と小春は思わず目が点となる。


「つ、露神?何やって…」

「夏目…お前、教えただろ?友人帳に名を奪われた者は名前を破られれば身が裂け、燃やせば灰になると…お前が無理に剥がそうとしたから露神にも影響が出たのだ。」

「あ…そ、そうだった…すまない、露神!」


突然の露神の行動に驚いていると斑の言葉にハッとさせ思い出す。
慌てて紙から手を放し露神に謝るが、露神は気にしていないようで笑っていた。
笑ってくれた露神に夏目もホッとし、そばで黙って見守っていた小春は夏目以上に安堵してしていた。


「まあ…そんなわけだから諦めてくれ。」

「なにぃぃ!!?」


一枚だけならすぐにでも返してやれる。
しかし二枚重なっている状態の場合、無理というものである。
絶対無理、という訳ではない。
やったことはないが二枚目の妖がいれば、出来るかもしれないのだ。
しかし今ここには露神しかおらず無理に剥がそうとするときっと斑の言う通り身が裂けてしまうのだろう。
ここは危険を犯すよりも無難に諦めてもらうしかないのだ。
諦めてくれと言われた露神は名前を返してもらう事前提で来ているため、まさか返してもらえない事に驚愕の声を上げ、何とか返して貰おうと口を開きかけた。
しかしそれを遮るように塔子が下から小春と夏目にお風呂へ入るよう勧め、露神は思わず口を閉ざしてしまう。


「小春、先に入っていいよ」

「え、いいの?」

「ああ…俺はちょっと露神と話ししなきゃいけないから…」

「…………」


塔子の声に夏目が返事を返し、隣にくっついている小春に振り返った。
小春は夏目の言葉にキョトンとさせ目を瞬かせていたが夏目の言葉に無言で頷く。
着替えを持って下に降りる際、チラリと露神を見ると露神と目と目が合ってしまい、小春はビクリと肩を揺らしたものの、根は変わらないのか声を掛けれないが頭を下げて2人の部屋の扉を開けた後閉めて階段で一階へと降りて行った。
小春が降りて行ったのを見送りながら夏目は露神に帰ってもらうよう説得する。



****************



脱衣所で服を脱いだ後長い髪を濡れないよう上で縛り、湯船に溜まっているお湯を体に掛けて小春はお風呂へと身を沈める。
膝を立て透明のお湯からちょっぴり見える膝小僧を小春はただただ見つめていた。


考える事はただ一つ…―――妖の事である。


小春だってこのままではいけないと思っていたのだ。
兄や斑は優しいため小春に無理をさせないようにと気を使ってくれているが、当の本人ほど焦る者はいないだろう。
それは病気だって、怪我だって、なんだってそうだ。
周りは気を使って『ゆっくり治していけばいい』と言ってくれるが、それは本人からしたら焦る言葉と同じだった。
否、その言葉で安堵しありがたく思いながらも言葉を素直に受け止めゆっくりと確実に治していく者もいるだろう。
本来はその方が正しいのだ。
焦ったって何もならない。
焦ってはただ状況が悪化するだけ。
しかしそれは分かっていても本人からしたら早く治さなければならないという思いに駆られる者も少なからず多いだろう。
小春もその一人だった。
小春だって好きで妖を苦手となったわけではない。
妖達は自分を好きでいてくれるし、小春も本当は心から妖達が大好きだ。
セクハラ紛いをするが優しいヒノエ、自分を祖父と重ねながらも自分を自分と見てたまに甘えてくれる三篠、兄と自分を『親分』と慕ってくれる河童、都合のいいときばかりヨイショするが何だかんだ言って親しくしてくれる中級達、友人帳狙いだと言いつつも2人の危機には駆けつけて守ってくれる斑そして…―――祖父を愛し祖母を愛し自分の全てを奪いながらも守ろうとしてくれた…影鬼。
小春はみんなが好きだった。
好きだからこそ…今の現状が辛いのだ。


(早く…怖いと思わずみんなと喋りたい…)


じわりと視界が揺らぎ小春が瞬きを1つすればポチャンと雫が零れ波紋が水面に広がる。
小春はそれを見て慌ててお湯を掬い上げ顔を濡らす。


「駄目…こんな落ち込んでばかりは、絶対、駄目!…ゆっくり…そう…ゆっくり治していこう…お兄ちゃん達もそれでいいって言ってくれたんだもん……それで、治ったらみんなに私から会いに行こう……」


泣くほど小春は辛かった。
ただ辛いのだと泣くよりも小春は自分で目標を立てる。
そうすればきっと妖に怯える日はなくなると信じて。
グッと拳を小さく作り決意を決めた小春は真剣な瞳で窓から見える月を見上げた。

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