(4 / 8) 16話 (4)

露神は夏目の説得もあり、諦めたのか小春がお風呂に出た頃にはもう姿がなかった。
それに多少の安堵を覚えつつも少々残念な気もした。
まだ妖に対して好意的はなれないが、それでも決意を決めたのだから一度だけでも露神に声をかけてみたいという思いもあった。


「持ってこいって言われたから持ってきたけど…こんなもの何に使うんだ?」

「用心のためだ。いいから仕舞っておけ」


次の日、夏目は小春と斑と共に露神の元へと訪れようとした。
用心のためだという斑に首を傾げながらも無碍には出来ず胸元のポケットに入れる。
すると前方から白い日傘を差している年老いた女性が杖を突きながら歩いおり、夏目達とすれ違いざまに持っていた荷物を落としてしまい、夏目と小春は落ちて袋から零れコロコロと転がる桃を追いかけ女性に渡した。


「あらあら…ありがとう」


幸い坂ではなかったため桃はすぐに止まってくれた。
2人で桃を拾い女性に差し出すと女性はお礼を言いながらいくつかの桃を2人から受け取る。


「あの、どうぞ」

「ご親切にどうも…痛んでいたなかったなら貰ってくださいな」

「え…?」

「1人では食べきれなくて」


最後の2個を夏目と小春は差し出した。
しかし女性はその桃を2人に貰ってほしいと言いだした。
小春と夏目は突然の申し出にキョトンとなりお互いの顔を見合わせたが、女性の言葉に『じゃあ…』と女性の受け入れを気持ちと共に受け取った。
お礼を口にする2人に女性は微笑みを浮かべ転がっていた日傘と杖を持ち直し立ち上がる。


「いいお天気ですねぇ」


青々と広がる空を見上げ、女性はそう呟いた。
それは夏目に対してなのか、小春に対してなのか、一瞬迷うほどの軽さだった。


「え…あ…そう、ですね…」


夏目は無難にそう返した。
否、どう返せばいいのか分からずそう返すしかできなかったのだろう。
しかし夏目の選択は当たっていたのか女性は頭を下げ、帰っていく。


「こういう時…」

「え?」

「こういう時、もう少し気が利いた受け答えができればな…口下手なのが嫌になる…」

「………」


女性の後姿を見送りながら夏目はポツリと呟いた。
夏目の呟きに答えれる言葉が見つからず、小春はただただ兄を見つめるだけしかできなかった。


「あの婆さん、長くはないな」

「え?」

「あまり美味そうな匂いじゃなかった。」


兄を見ていた小春も兄から小さくなる女性の背へと視線を移せば2人に挟まれている斑は不意に言葉を零した。
その零された言葉に2人は斑を見下ろしキョトンとさせる。
重なった斑の言葉に夏目は不快そうに『失礼な事言うなよ』と小さく叱り、叱られた斑は気にもせず夏目に鼻を鳴らしただけの反応を見せ夏目と小春に背を向け1人露神の元へ歩き出す。
そんな斑に慣れたのか、夏目は溜息をついた後困ったように眉を下げる妹に『行こうか』と声を掛け、小春は一瞬間を置いたが頷き斑と夏目の後ろへと続いた。



****************



そして数分後。
夏目と小春は立ち止まっていた。


「ここが…」

「露神の…?」

「なんだ、2人とも変な顔して。」

「露神って名前だけじゃなく本当の神様だったのか…」


夏目兄妹の目の前には、小さな祠があった。
林の中にあるその祠は木の前に建てられており、本当に小さく普段では見落としたり見つけても気にも留めないだろう。
その祠の主が、露神だと言う。


「おお!来てくれたか!夏目殿!小春殿!」

「「―――っ!!」」


露"神"という名前で分かりそうだが、人と同じように見える妖と接することのある夏目と小春は見逃してしまった。
まだ神も妖も区別が出来ていないのも原因だろう。
その祠の主である露神は小春達の気配を感じたのか、ひょっこりと姿を現し2人に手を振る。
昨日散々無礼した夏目と小春は露神の声にビクリと肩を揺らし2人とも同時に背筋を伸ばす。


(やばっ!昨夜の無礼三昧!!祟られる…!っていうかレイコさんなんて罰当たりな!!)

「おや?どうしたのかな?」

「こやつら、お前が本物の神様だったと慌てておるのだ。」

「え、えーっと…露神様!」


妖と神の違いは分からない。
神に会ったこともないから当たり前なのかもしれないが…夏目と小春はとりあえず罰当たりな祖母に冷や汗ものだった。


「あはは!違う違う!神と呼ばれているが元はこの祠に住みついた宿無しの妖者だよ!」


2人して背筋を伸ばし若干声色が緊張と怒らせたという恐怖から震えていた。
露神はそんな2人を怒ることなく笑い飛ばし、2人に説明してくれた。
――その昔…小春や夏目が生まれるうんと前の事。
この辺りに酷い干ばつが襲った事があったと言う。
その干ばつに苦しみ憂いた村の若者が藁にも縋る思いで露神がいるこの祠に祈り、そしてあくる日たまたま雨が降り村人たちはその祠を露神と崇め供物を持ってくるようになった。
村人達の祈りのお蔭かそれ以来露神は力が溢れ姿も立派になったという。
その説明を聞き小春と夏目は思わず『立派にねぇ…』と疑いの目で見つめてしまう。


「この前会った時は人間くらいあったぞ?」

「今では人の足も途絶えた…だから信仰のおかげで大きなった身体もこんな風に縮んでしまったというわけさ。」

「へえ…そうなんだ…」


神は神でも元は妖だったようで、それでも無礼を許された事に2人はホッと胸を撫で下ろす。
信仰の加減で露神の力は大きく左右され、人間ほどの大きさだった昔と比べ信仰も途絶えかけている今となっては小さくなってしまったようである。
元々小さいわけではないのか、と納得しているとふと女性から貰った桃の事を思いだす。


「あ、そうだ…桃、あげようか。」

「桃ならあるよ」

「え?」


お土産に、と桃を取り出す夏目に習い小春も桃を露神に差し出す。
しかし露神は首を振り隣の桃を小さな小さな手で軽く叩いて見せる。
露神が神様だという衝撃から桃の存在を消していた夏目と小春は今頃になって桃に気づき目を見張る。


「そうか…あの人…」

「!、会ったのか?ハナさんに…」


そして、夏目はふと脳裏に桃を貰った女性を思い出した。
夏目の言葉に釣られて小春も思い出し、『あの人、ここに来てたんだ』と呟き、2人の呟きに露神は桃から夏目と小春へと顔を上げた。
仮面を被っているが何となく目と目が合った事に気づき、そして露神の声に乗って出た名前に女性を重ねた。
驚いたような声と小首を傾げる露神の問いに夏目は目を細め微笑みしゃがみ込んで頷いた。


「今やここに拝みに来てくれるたった一人の人間だ」


露神は頷いた夏目に少し寂しそうに呟いた。
それを見て小春は少しズキリと心を痛める。
まだ妖という存在を拒絶している自分が情けなく、そして斑や露神のような優しい妖に対しての罪悪感が積もった。


「………」


あの額に傷がある妖に会わなければ、今頃こんな罪悪感はなく、心も傷つくことなく穏やかだっただろう。
露神の事も怖がらずにすんでいたし、何より自分がヒノエ達を見て怯えるのを見せてヒノエ達が傷つくことはなかったはず。
そう思うと小春の中のあの妖への恨みが大きくなっていった。

もやっとした黒い霧が小春の綺麗な心に影を生む。

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