(6 / 8) 16話 (6)

その夜。
夏目は目を瞑り眠りについていた。


いつも一人ぼっちでしょう?


暑さで寝苦しい夜。
隣から小春の寝息が聞こえ、夏目は小春の存在を感じながらハナの言葉が頭から離れず何度も再生されていた。


(一人…一人は寂しい…一人は苦しい……一人は…苦しい………苦しい………重い…)


その言葉が夏目にとってとても重たく聞こえた。
ずっと一人だった、夏目にとって……ハナのその言葉が忘れられなかった。
小春はずっと自由を奪われ一人だった。
そして夏目も妹と離され親戚を転々とし一人だった。
今がとても幸せだからその頃の思い出がとても苦く苦しい思い出に見えてしまう。
今がとても幸せだからあの頃の思い出がとても重く感じてしまう。
そう…重く………
一人という言葉が重く感じていた夏目だったが、段々と身体の上に重い何かが乗っているような気がして夏目はゆっくりと瞼を開けた。
そこには―――大きな口があった。


「ッ―――うわああああ!!!寝惚けるなあああ!!!」

「!――、ぐふっ!!」


大きな口…それは斑だった。
寝惚けて本来の姿となり夏目を獲物だと思い大きく口を開けて食う寸前の、斑だった。
夢だと思っていた重さが物理的な重さに気づき、そして寝惚けている斑に気づき、夏目は驚愕のあまり拳を斑の顔にめり込ませる。
斑のうつらうつらとしていた目が、もやしパンチのおかげで覚める。
小春は兄の悲鳴と斑のうめき声に『え!?な、なに!?』と飛び起きてしまい、招き猫に戻った斑の顔の凹み具合と拳をぐっと握り肩で息をする兄を見て『ああ…成程…』と納得し、いつもの事かと沈む斑を放置し布団に再び潜り込んだ。


そして夜が明け、次の日の朝。


「お前、昨夜魘されておったな。」


斑は夏目に殴られてできた額の傷を小春に手当てしてもらいながら2人分の布団を片づける夏目を横目に声をかけた。
小春に手当てしてもらうだけで自分に殴られた恨みも散ってしてしまう斑に夏目は呆れたように溜息を零す。


「先生が重かったんだよ。」

「心に隙があったのさ。弱い心は魔物を呼ぶ…命を落としたくなかったら、どんな時でも気を緩めない事だ。」


斑が駄々を捏ね小春に手当をしてもらいたいと言うので今日は夏目が2人分の布団を片づけていた。
小春に手当してもらっている間、斑は忠告のような言葉を夏目に向けた。
いや、夏目だけではなく小春にもだろう。
2人とも人間と同じく妖が見え、その上友人帳を所有し、祖父母はレイコと友樹だ。
注意深く暮らしても足りないほど2人は妖にとって魅力的である。
斑の言葉に見覚えがあるのか、夏目は朝から機嫌が悪くしかめっ面で斑を見下ろしていた。
そんな夏目をからかうかのように斑は『まあ、最も私は早く命を落としてもらった方が友人帳も小春も早く手に入って嬉しいがな〜アハハ〜』と笑う。
小春は陽気に笑い夏目をからかって遊ぶ斑に『そんな事言わないの』と押し付けるように絆創膏を貼り付けた。
押し付けるように絆創膏を張られた斑は痛みが走り『いっだ―っ!!』と声を上げ、夏目は妹が仇(?)を取ってくれたのを見て多少は満足したのか布団を押入れに入れる。
それでもまだ眉間にシワが寄っていた夏目が最後の一組の布団を押し入れ、襖を閉めたその時――


「夏目殿!小春殿!」


コンコン、と窓を叩く音が聞こえた。
三人が窓を見ればそこには器用に縁に立ち窓のガラスを叩く露神がいた。


「見つけたぞ!!あいつだ!!」


露神の言葉に2人は急いで着替えを始める。



****************



急いで着替え、夏目達は露神の案内で林の中へと入っていった。
朝ご飯も食べず外に出かけようとする夏目と小春に塔子は驚き声を掛けたが、急いでいたせいもあり塔子に言い訳する暇もなく『ちょっと出かけてきます!』と言っただけだった。
塔子の声が後ろから聞こえていたが、立ち止まる暇などありもせず、今行かなければ機会が失われると思い夏目と小春は急いで露神の名の紙とくっついている妖の元へと向かう。


「間違いないんだな!?」

「ああ!やっぱりあいつはこの山にいた!!声を掛けたら逃げてしまったがまだそう遠くへはいっていまい!!」


露神は身体が小さいため夏目の肩に乗せてもらい案内していた。
見間違いではないかと再度確認すれば露神は頷いた。
その露神の名の紙とくっついているその妖を見つけた露神は声を掛けたが、妖は何故か逃げてしまい姿を消したと言う。
逃げてしまった妖に露神は慌てて夏目達を呼びに行ったという事だろう。


「先生!二手に別れるんだ!!小春は先生と!!」

「う、うん…!」


露神と、その妖の名を返したい一心で夏目も小春も走っていた。
夏目と露神、小春と斑と二手に別れ探そうと夏目が指示を出し、小春が兄の指示に頷いたその時、斑が何か気配を感じて立ち止まる。
間だが立ち止まり、ジッと何かを探っているように動き一つしない斑に夏目と小春も釣られたように立ち止まる。


「どうした、先生?」

「何かやばいのが来る…!!」

「やばいの…?」


― 参りました ―


「――っ!!」


何かに警戒している斑に自然と夏目と小春も警戒心が高くなる。
2人も斑の言葉に辺りを見渡していると4人の前に妖が現れた。
その妖は大きな体を持ち、胸には『参』と書かれていた。
突然現れた妖に夏目も小春も息を呑んだのと同時に突然現れた妖は突然消えた。
誰もが息を殺し、消えた妖の気配を探っていると消えた妖が再び夏目達の前に姿を現す。
今度は先ほどより距離が近く、襲い掛かろうとした妖に夏目達は話しも出来ないととりあえず今は走って逃げる事にした。


「―――っ!!」


夏目と斑、そして露神は妖から逃げようと走る事は出来た。
しかし小春は違った。
まだ襲われた記憶が新しい小春だけは恐怖から足が一歩も動かせずその場に立ち止まっていた。
目の前に現れた妖は逃げた夏目達を追わず、立ち尽くしているような小春をジッと凝視していた。
小春の身体は恐怖に固まり、そして震えていた。
目の前の妖と、あの妖が重なっているのだろう。
まだ、小春の中で妖は恐怖の対象だった。


「!、小春…!!」

「え…――小春!?」


それに気づいたのは斑だった。
ふと小春がついてこない事に気づいた斑は振り返って見ると妖と対峙しているかのように立ち止まっている小春の姿があり、斑は思わず叫ぶ。
斑の声に気づいた夏目はそのまま引き返して小春の元へと駆け寄り、硬直して動けない小春の手を掴んだ。
恐怖に固まった小春の足はまだ固く無理矢理走らされている今の状況では足がもつれそうだが、夏目は今の状況で構っていられず無理矢理小春を走らせる。
小春は兄の手のぬくもり、そして妖に追いかけられているが逃げ出せたと言う安心感に少しずつ身体がいう事を聞きはじめる。


「こやつだ!!向こうから現れおったわ!!」

「絵と全然似てないじゃないか!!」

「馬鹿言え!そっくりじゃないか!!」

「同じなのは文字だけだーーっ!!」


気配と音で妖が追いかけてきているのに気付き夏目達は必死に妖から逃げていく。
夏目に手を握られているという安心感もあってか小春の身体の震えも次第に収まっていき、夏目は小春の手の震えが小さくなっていくのを感じ、一人ではなく自分もいるのだ、と言うようにギュッと握っている力を強める。
小春もそれに返すかのように兄の手を握り返した。


「夏目!!鏡だ!!日の光を反射させて目眩ましにするのだ!!」


斑の言葉に夏目はハッとさせた。
色々あり忘れていたが、数日前に斑から渡されていた鏡の存在を思い出し、妹の手を繋いでいない方の手でポケットに入れていた鏡を取り出し日の光に反射させて妖に向ける。
しかし走りながらではうまくいかず、更には相手も動いているため当てることができない。
その隙に妖は邪魔な斑を叩き飛ばし、一番捕まえやすいであろう小春へと手を伸ばす。


「小春!!!」


小春へ手を伸ばす妖を見て、夏目は考えるより体が動いた。
妹の手と繋がっている手を後ろへと引っ張り夏目は小春の前に出て庇う。
夏目が小春を庇い、妖の伸ばされた手は小春ではなく夏目を掴んだ。
その拍子に肩に乗っていた露神は落ちてしまい、後ろへ引っ張られた小春はそのまま地面に投げ出されてしまった。


「お兄ちゃん!!」

「夏目殿…!」


投げ出された小春は地面に転がり、慌てて顔を上げ起き上がろうとした。
起き上がって妖に捕まっている兄を助け出そうとした。
しかし…


「ぐ…ッ!」

「参りました」


小春は自分の体が強張ったのを感じた。


「ぁ…っ」


それは恐怖からだった。
妖から向けられる殺気に、小春は恐ろしくなった。
襲われているのは兄なのに。
掴まって苦しんでいるのは夏目なのに。
小春はまた脳裏にあの妖が浮かび上がり、体がいう事を聞かなかった。
どんなに助けなければと思っても、どんなにいう事を聞けと体を叱っても…小春の体は動いてくれない。
小春の体は震え声すら出なかった。
その間にも兄は苦しそうにうめき声をあげながら妖に首を絞められ、小春はその姿に助けなければと思っても体は動かない。


(やだ…やだ…っ!!お兄ちゃん!!助けなきゃ…!!お兄ちゃんを助けなきゃ…ッ!!)


心はそう思っていても体は動かない。
足が震え唇も頑なに閉じる。
どんなに小春が助け出したくて脳が体を叱咤しても、どんなに焦っても小春の体はピクリとも動かない。


「夏目ーーー!!!」


そんな時、叩き飛ばされた斑が夏目に駆け寄り、飛び上がったのと同時に本来の姿へと戻る。
そして夏目の首を掴んでいる妖の手首に噛みついた。
その衝撃から夏目の体は空へと飛ばされてしまう。
夏目が落ちるよりも早く斑が妖から口を放し落下していく夏目へと素早く駆け寄り、背に乗せる。
夏目は宙に浮かんでいる一瞬の間に持っていた友人帳から二枚重なっている紙を取り出し、口に咥え、駆け寄ってきてくれた斑の背に乗り手と手を合わせる。
小春はそれをただ目で追うしかなかった。


「ススギ…露神…名を返そう!」


そう言葉を零しフッと紙に息を吹きかければ、紙から文字が浮き上がりふわりと空を舞う。
その文字が二つに別れそれぞれ露神とススギと呼ばれた妖達の元へと帰っていった。
その瞬間、夏目の脳裏に露神の記憶が舞い降りた。



****************



「聞いてるの?露神!」


夏目の脳裏に祖母の声が響く。
夏目の祖母、レイコは露神に何か言っていた。
露神は夏目達が知る大きさではなく、人間の男性と同じ身長だった。
背を向けながら『聞いているよ、レイコ』と返す露神にレイコは続ける。


「いつまでも供物は続けないわよ?現に今日だって桃一つないじゃない!」


レイコはいつまでも人間を見守る露神を説得しようとしていた。
しかし何度説得しても露神は黙ったまま何も言わず終わる。
レイコは思わずため息をついてしまう。


「人はとても現金で薄情よ。力があるうちにもっといい住処を探すのが身のためね。」


レイコの言葉はもっともだ。
力を失い存在が消えるという事は消えてしまう妖もいるという事。
消えるいうものは人間も妖も恐れる対象である。
それは露神も同じだった。
だが、露神はレイコの言葉に『ありがとう、レイコ』と返した後、祠の前にある"ある物"を見下ろし、手を伸ばす。


「ありがとう、レイコ…けれど、一度愛されてしまえば…愛してまえば……もう、忘れることなどできないんだ…」


そうレイコに返しながら露神は手に取った物…桃を見下ろしていた。
その瞳は、とても優しく、暖かく……愛おしげだった。



記憶が途切れたのと同時に夏目の意識は遠のき―――

斑の声だけが夏目の耳に届く。

6 / 8
| back |

しおりを挟む