(7 / 8) 16話 (7)

夏目は気を失い、斑が運んでくれた。
塔子達にバレないように窓から入り布団に寝かせ、小春がそっと靴を玄関へと戻す。
塔子達はいつの間にか帰ってきた小春達に驚いたが、小春は塔子達に夏目は疲れたから寝てると言い訳した。


「…………」


その夜、小春はお風呂に入り部屋に戻るとずっと兄の傍で座っていた。
電気もつけず薄暗い中小春はジッと夏目を見つめていた。
ふと電気がつき、小春は突然電気がついたことにビクリと体を震わせ弾かれたように俯かせていた顔を上げて後ろの気配に振り返ればそこには斑がいた。
小春は気配が斑だと気づきホッと安堵の息をつき、斑は怯えた表情が自分を見て安心した表情へと変わった事に気づいたがあえて何も言わず小春の隣へと座る。


「電気ぐらいつけろ」

「……うん、ごめん…」

「…………」


小春も、斑も、夏目を見つめていた。
斑の呟きに小春は頷き短い回答を返し、斑はそんな小春に口を閉じる。
斑も口を閉じこれ以上会話は続けられることはなかった。
そのためその場は更に静まり返っていった。


「…………」


目を瞑り眠っている兄の姿に――小春の心の影が深まった。



****************



「もう歩いて大丈夫なのか?」


斑は隣にいる夏目を見上げてそう声をかける。
あれから夏目は一日寝込んでしまい、次の日夏目は露神に会いに来ていた。
夏目の手には桃、そしてもう片方には小春の手が握られていた。
あれから小春の様子が可笑しいことに、夏目は気づいていた。
大人しい小春だが、いつもより口数が減っており笑い方もどこか無理に笑っているように見える。
夏目は聞き出そうとした。
あんなにも愛らしく笑ってくれた妹が今では仮面を被っているように偽物の笑みを浮かべている理由が夏目はどうしても聞きたかったのだ。
しかし小春はどんなに聞いても誤魔化すばかりで答えてくれない。
無理矢理聞くことも出来ず、結局夏目は何も聞くこともできずに終わってしまった。
だが今の小春はよそ見すれば消えてしまいそうで、夏目はそれが怖くて小春の手を握り、小春も夏目の手をギュッと握り返した。
夏目は斑の問いかけに『ああ』と頷き、ふとあの名前を返した妖の事を思い出す。


「あのススギっていう妖怪は…影を伝って村に降りて、残飯の代わりにその家の皿を洗って帰るんだってね…」

「なんだ、調べたのか?」


ススギという名前が分かり、夏目は夏目で調べた。
ススギは見た目に反して害のない妖だったのを知り安堵し、ふと夏目は思う。


「今じゃ街は夜でも明るいし、もう会う事もないかもな…」

「山には仲間もいる。人間なんかと縁が切れてあいつも清々してるさ。」


昔に作られた物語の方が妖や神が関わっている物が多い。
それが本当であれ作り話であれ…ススギを見ることが…妖を見ることができる人が今より昔の方が多かったのだろう。
だからもう名に縛られることがない今、ススギはもう人のいる所には来ないのだろう。
そう思うとススギに掴まった時に祖母とススギの思い出が夏目の脳裏に再び浮かび少し寂しく思う。
だがしかし、安堵もしていた。


「露神様ー!桃、持ってきてやったぞ!」


暫くすると露神の祠につき、買ってきた桃の入っている袋を持ち上げ露神に来たことを知らせる。
だがそこには小さな露神の姿はなく、不思議に思った夏目は首を傾げながらもう一度露神の名を呼ぶ。


「ここだ、夏目殿」


露神の名を呼ぶとすぐに返事が返ってきた。
その声の方へ夏目も小春も斑も視線をやれば昨日よりも小さな身体の露神がいた。


「あれ…また小さくなったな…」

「まあな」


小さくなった露神の姿に驚くと露神からは曖昧な声が返ってきた。
妖の身体が人間とは違うとは知っているがどうして体が小さくなってしまうのかが分からない夏目は驚くばかり。
すると小さな露神の体が突然光り出し、夏目は驚きのあまり持っていた桃の袋を落としてしまう。


「露神!?」

「光り出したぞ!!どうしたんだ!?」


驚いたのは夏目だけではなく小春もだった。
三人は光り出す露神に駆け寄るも、当の本人の露神は慌てることなく平然としていた。


「ああ…ハナさんが逝ってしまったんだ…」

「え…」

「ハナさんは長い事患っていてな…最近はここに来るのもやっとだったんだ……ハナさんは私を信仰してくれた最後の人間…彼女が逝けば、私も消えるのさ」


露神が消える事…それはハナの死を意味していた。
すでに露神を信仰してくれる人間はハナ一人しかいないため、必然的にもハナが死に露神が消えてしまうのは神として祭り上げられた妖の運命なのかもしれない。
それは人間が聞けば美しく儚い物語。
しかし見える小春や夏目にしたら辛い別れや受け入れがたいことなのかもしれない。
妖の死、そして寿命は小春達には分からない。
分からないからこそ2人は信仰がなくなった=死には納得できなかった。


「お、俺が…!!俺達が信仰するよ!!」


露神と話しをし、協力していく中で生まれた絆。
夏目は露神に消えてほしくはなかった。
夏目の言葉に露神は静かに顔を上げ、傍で立ち尽くしていた小春は夏目の隣に駆け寄った。


「私も…私達毎日は無理でも拝みにくるから…!!だから…っ!」


いくら妖が苦手となったとはいえ、小春の根元は変わらない。
人間には色々な人がいるように、妖も良い人ばかりではないのは知っているし、だからこそ小春は心の底から妖の事を嫌いにはなれなかった。
今、小春の言葉は嘘偽りのない言葉だったが…そんな2人の言葉に露神はゆっくりと首を振る。


「駄目だよ…夏目殿、小春殿…君たちは私の友人だ…」

「…っ」

「これでいいんだ…ハナさんと一緒に逝ける…」

「露神…っ」


消えゆく中、露神の心は穏やかだった。
ずっと見守ってきた人が逝き、そして自分も後を追うように消滅する。
せっかく出会えた夏目や小春と別れるのは露神も寂しくは思うが、信仰が途絶えれば力も失われ、神と崇められた妖全ての末路なら露神は受け入れるしかなかった。
それが妖達の世の理なのだから。


「ずっと…ずっと見ているばかりだったが…これで人に……あの人にやっと触れることができる気がするよ…」


露神は伸ばされた夏目の指にそっと小さな小さな手で触れる。
小さいけれど、消え失せてしまうけれど…露神の手のぬくもりは夏目に届いていた。
ハナをずっと、ずっと見守ってきた露神のその声はとても嬉しそうな声だった。


「聞こえてたんだよ…ハナさんには…っ!あんたの声が…!!露神…ッ!!」


夏目は思わずハナから聞いた話しを露神に伝えた。
すでにうっすらとしか見えないその身体は時間もなくあっという間に消えてしまうだろう。
だから全てを話すことはできないが、それでも露神ばかりがハナを想っていると思いながら消えてほしくはなかった。
声を震わせる兄を小春は見つめ、露神は夏目の言葉に優しい声を零す。


「ありがとう…夏目殿、小春殿……昔も今も…人間とは可愛いものだねぇ…」


そう言って、露神は仮面の下で笑いながら赤く染まる空へと消えていった。

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