あれから夏目と斑は誤解を解き、改めて疑惑の男と自己紹介する。
「改めマシテ!私は黄 文乙と申すモノでゴザル!」
「俺は小春の兄の夏目貴志です…っていうか何でござる…」
「え?ダッテ、君、忍者でショ?」
「いや、忍者いないから…というかござるはどっちかというと武士なんですけど…」
「おお!それは無礼つかまつった!」
「…………」
夏目と斑の誤解は溶けたが、今度は文乙が夏目を忍者だと誤解してしまい、夏目はわざとだとしか思えない文乙に『駄目だこりゃ』と何もかも突っ込みを投げ出した。
「それで…本当に小春とは知り合いの関係だけなんですね?」
「勿論!確カニ小春ちゃんは美人デ可愛いけど、私にハ心から愛する妻と息子がイマス!無実デス!!」
「……本当に?」
「ホントーに!」
誤解は解いた。
しかしだからと言って下心がないという訳ではない。
ジト目で見つめてくる夏目に文乙は必死に首を振る。
流石に疑いすぎる兄に小春は止めようと兄の背中の服を掴む。
「お兄ちゃん、黄さんはいい人、だよ…」
「小春…」
必死に首を振る文乙に夏目はもっと問い質したかったが、妹の言葉に出かかった言葉を呑み込み、一応信用する事にした。
兄が落ち着いたのを見て小春は今までの事を説明した。
斑とすれ違いになり一人で帰っていたら妖に会った事、その妖に襲われ文乙に助けられ出会った記念にと写真を撮った事…全て話した。
やはり妖に出会い襲われた事を夏目は心配していたが、小春は『もう平気だから』とただ笑っただけだった。
その笑みは少し悲しげで、夏目は思わず口を閉じてしまう。
****************
それから文乙とも別れ、小春と夏目は斑と共に藤原家へと変える。
家に帰れば塔子に暖かく受け入れられ小春はくすぐったくもあったが少しズキリと心が痛んだ気がした。
それをグッと拳を握って抑え何とか笑って『ただいま』と答えることができたが、その笑みは引きつっており、塔子は気づかなかったがやはり夏目にはバレていた。
そして部屋に帰ればそこには大きな妖がおり、2人は同時にビクリと肩を揺らす。
その妖は『アマナ』と言い、祖母に奪われた名を返しにもらいに来たと言う。
「小春、先に着替えてていいよ…俺は名前を返すから」
「…うん」
名を返しに来たアマナに夏目はカバンを置いてカバンの中から友人帳を取り出す。
アマナの前に座る前に棒立ちの妹へ振り返り、妖が苦手だからと気を使い着替えをするよう伝え、小春はいつもなら渋るが不意打ちの訪問に困惑していたのか呆気なく頷き小春用の部屋と夏目用の部屋の中央にある襖を閉める。
「お待たせ、アマナ…名前を返すよ」
兄の声、そして友人帳の紙が捲られる音を聞きながら小春は制服を脱ぎ上下をハンガーに掛ける。
フックに引っ掛けようとした時、小春は自分の手が震えているのが分かった。
フックにかけた後手の平を改めて見てもやはり微かに手は震えていた。
(ああ…やっぱり駄目なんだ…)
まず、震える手を見て小春はそう思った。
露神と出会って少しは改善されたと小春自身思っていた。
少しだけ元の自分に戻ってきたのだ、と。
だけどアマナを見たため小春の手は恐怖に震えていた。
あの日の前ならばきっと平気で兄の隣にいて一緒に名前を返すのを見ていられたのに…
小春はそれがとても悔しかった。
でも以前入浴しているときに『無理せずゆっくり治そう!』と決めたのだから今更悔やんでも仕方ないし、何より、これは小春のせいではないのだ…こればかりは仕方ないことである。
しかし今の状態では今からでもアマナのいる部屋へ行くのも怖くて小春は悔しい気持ち、そしてそれでも前を向こうとする気持ちに心を揺れながらぐっと拳を握って兄に心配かけさせないようマイナス思考な考えを押し隠す。
すると襖の向こう側からコンコンとノックの音がし、小春はびくりと肩を揺らしおびえを見せた。
「小春?」
襖を叩いたのは、どうやら夏目のようで、それが妖ではないのにホッとする。
返事がない妹を心配した兄がまた小春の名前を呟けば、小春が慌てて返事を返した。
「な、なに?お兄ちゃん…」
「いや…着替えたかと思って。」
夏目は妹がまだ着替えの途中かと思い、襖を開けないまま向こうから声をかけ、それは当たったのか小春は夏目の問いに『まだ』だと答える。
やはり兄妹とは言え異性であるため勝手に襖は開けれず、夏目は『散歩に行くけど…小春も来るか?』と問いかける。
「い、行きたい!……でも…」
「アマナならもう帰ったよ」
斑を連れて散歩に行くのが2人の趣味とも言え、2人にとって心休まるものだった。
いつも2人でいるけれど、2人で色々な風景を見て、2人で色々な音を聞いて、2人で色々な匂いを嗅ぐ。
それがどれだけ幸せな事なのか…多分普通の人には分からないだろう。
シスコンだブラコンだ、異常だと言われても2人は構わなかった。
夏目は妹を失う恐怖を知っているし、小春も何も見えず何もできない恐怖を知っている。
だから他の兄妹よりも距離が近く、だからこその周りの目なんて気にもしていない。
小春は言い淀んでいたが、小春が何が言いたいのかを察した夏目は襖の向こうで微笑んだ。
ふ、と微笑んだ気配を感じながら兄の言葉に安堵に胸を撫で下ろし、小春は着替えるからと伝え慌てて下着姿から夏らしい淡い青色を中心とした花柄のワンピースに着替えて襖を開けた。
小春が先に着替えたため、夏目も小春と交代で制服から私服へと着替える。
その間に小春は熱のこもった部屋の熱気を逃がすように窓を開けて換気することにした。
換気と言っても窓を開け障子を開けるだけなためそう大した時間はかからなかった。
あとは窓からいつも見る風景を見つめながら兄を待つだけとなるが、男である兄は女である小春より着替える時間は早く、すぐに閉められた襖が開けられ私服に着替えた兄が出てきた。
「行けるか?」
「うん」
窓を開けても熱気は逃げてはくれないが、空気の換気にはなる。
家には塔子もおりここは二階なため窓を開けたまま出かけても支障はないだろうと考えそれを実行するのは夏目も小春もこの土地特有のゆるさに染まっているからだろう。
小春は小さく、しかし嬉しそうに頷いた後兄の元へ歩み寄りそっと夏目の手を握った。
「小春?」
妹の小さく愛らしい両手が自分の手を包み込み、夏目は小春の行動に首を傾げていた。
しかしふわっと身体が軽くなり暖かい者が体に流れるのを感じる。
夏目は小春が力を分けてくれているのだと察した。
力を貰っている間夏目は小春を見下ろす。
小春の目は伏せられており長い睫毛だけが見えていた。
夏目は自分にはない小春の綺麗な黒色の瞳が好きだ。
瞳だけではなく、小春の全てが愛おしく見える。
特別な感情なそれは恋愛ではなく家族愛。
それ以上でもそれ以下でも家族愛以外の愛情などない。
傍から見たら2人は異常に見えるのかもしれないが、2人はいつかそれぞれ好きな人が出来て結婚するまで一緒にいたいと思っていた。
少なからず、夏目はそう思っている。
(小春…?)
健気に名を返す時に減った妖力を与えてくれる妹に夏目の心は暖かくなった。
祖父のように小春も人に妖力を与え人を、妖を、癒す力がある。
その力は決して人に知られてはいけないのかもしれない…そう2人は何も言わなくても暗黙の了解のように誰にも言えなかった。
と、言っても祖父を知っている妖にはバレており、影鬼に一時期視覚を返してもらった時に名取には知られてしまった。
名取はあまり深く掘り下げなかったが、きっと何となくだが気づいているのだろう。
それ以外の特別な力はなく、純粋な妖力ならば夏目の方が上なため頑なに隠し通さなくてもいいかもしれない。
だけど言っていない今でも祖父の噂を聞きつけ祖父と瓜二つという理由だけで狙う妖が多いのに祖父と同じ力があると知るとどうなるか…夏目は考えたくもなかった。
違う意味でげっそりとしていると自分の手を握る小春の手が微かに震えているのに気付いた。
(やっぱり…妖怪をこの家に入れるのはまだ早いか…)
表情は変わらないが手が震えているのを見て小春が震えているのがアマナの姿を見たからだと思い、それは半分当たっており、半分外れてもいた。
「ごめん、小春」
「え?」
夏目は空いている握られていない方の手で小春の手を握り謝る。
それは妖が苦手な小春を忘れてアマナを家に入れてしまったからだ。
しかし小春はアマナは確かに驚き怖いと思ったが、最近は妖にも慣れてきたためそれほどの恐怖はないのもまた事実である。
だから夏目の考えはほぼ当たっていると言ってもいいだろう。
少しずつトラウマを克服している兆しを見てもやはり妹を想う兄として心配になるのは仕方のない事なのだ。
しかしそれは半分当たっている部分。
突然謝る兄に小春はキョトンとさせ顔を上げて夏目を見上げれば、夏目は小春以上に辛そうに眉間にしわを寄せていた。
「小春が妖怪が苦手だって、知ってたのに…」
「お兄ちゃん…」
何故謝り、夏目が辛そうにするのかが小春は分からなかった。
しかし夏目の言葉に理解し、自分の事のように思ってくれる兄に小春は心が暖かくなった。
包むように手を握ってくれる夏目の手を小春はギュッと握りかす。
「お兄ちゃん、ありがとう……でもね、お兄ちゃんがそんな顔、しなくてもいいんだよ…私まだ妖怪が怖いけど…私の傍にはお兄ちゃんがいるし、先生もいる……これほど安全な場所ってないと思うんだ…だからあまり気に病まないでほしいの…」
小春は夏目の言葉が嬉しかった。
夏目の想いが嬉しかった。
最近は何故かすれ違いが多くいつも三人でいたため寂しさと落ち着きのなさを感じていたが、やっと心が落ち着き心に空いた穴が塞がったような気がした。
小春の言葉に夏目は何も言えず素直に嬉しいと思い笑みを浮かべ、その笑みに小春も釣られるようににこりと笑った。
まだその笑みは引きつっていて本当の笑顔ではないが、それでも小春の笑顔を見たのは久々のように感じた。
「散歩、行こうか」
「うん」
自分の言葉に頷く小春を見て、夏目はどこか雲かがった気持ちが晴れたような気がした。
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