危機を何とか逃れた夏目は、妖の腕の中でホッと息をつく。
「助けてくれてありがとう」
「こっちもお前が来て意識が戻ったからお互いさまだ」
危険から逃れたという安心かんからか、周りを見る余裕が出てきた。
そして助けてくれたのが女性の妖だということに気づく。
(格好悪いな…女の人に抱えられるなんて……いや…女の人っていうか妖怪だったな、そういえば)
もやしと周りに評されていながらも夏目も心は立派な男。
もやしと言えど男として女の人に助けられるのは少し恥ずかしかった。
唯一の救いは小春がいなかったことだろう。
『小春がいなくてよかった…』、と兄として妖とはいえ女の人に助けられるところを見られなくてよかったと思いほっと安堵の息をついた。
そんな夏目に妖はふと気づく。
「ん?お前重いな…それに温かい…―――ッ!まさか!貴様人間か!?」
「え!?今更!?」
夏目としては今更だが、逃げる事で必死で今気づいた妖からしたら突然の衝撃である。
人間と接する機会のない妖からしたら、驚いてしまう。
妖は夏目を抱きしめていたその腕を驚きのあまりパッと放してしまう。
妖に捕まっていた夏目だったが重力には勝てないのか、支えてくれる腕がなくなりそのまま下へと落下してしまう。
夏目は悲鳴を挙げながら落ちていくが、夏目が落下した先には…
「美味しい?ニャンコ先生」
「ああ!美味だ美味!全く…夏目め、こんな美味なのを猫だからという理由で食べさせないとはなんという罰当たりな!」
「でもお兄ちゃんは先生を心配してるだけだし…それに猫はイカ、食べちゃダメって本で書いてあったけど…」
「だーかーらー!私は猫ではないと何度も……ん?」
「あれ?お兄ちゃんの声、しない?」
イカを追いかけ三千里ばりにイカを追いかけていた斑はようやく愛しのイカを捕まえることができ、更には邪魔者(夏目)がいない空間で小春と二人きりという甘い空間でご満悦だった。
斑イメージでは小春を侍らせており、大好きなイカ焼きを食べ、小春もまた可愛いペットが喜んでいる飼い主的なイメージで微笑ましそうに斑を見守っていた。
ハムハムと食べているとどこからか夏目の声が聞こえたような気がし、食べるのをやめ周りを見渡す。
小春も同じく兄の声が聞こえたのか斑と同様に周りを見渡した。
ふとその声が上から聞こえると気づいた斑と小春は同時に上を見上げた。
上を見上げればそこには…落ちてきている夏目の姿があり、二人は同時に声を上げる。
「お、お兄ちゃん!?」
「夏目!?何をやっとるんだ!あいつは!!」
何がどうして夏目が空から降ってくるかは分からないが、とにかく今は夏目を受け止めなければならない。
斑はイカを咥えながら夏目が落ちるであろう場所まで駆け寄り、オーライオーライと夏目を待ち構えた。
そこまでは良かった。
そう、そこまでは…
****************
夏目は心底妖に関わるとろくなことがないと実感しながら怪我を負っているであろう妖を連れて家に帰った。
「すまんな…つい驚いてしまって…大丈夫か?」
「平気だ…幸いとても柔らかいクッションの上に落ちたからな…」
「こら夏目!私はクッションではない!」
「ま、まあまあ、先生…今あまり動かない方がいいよ…」
空から落ちた夏目の体に傷一つない。
それもそのはずである。
あの後斑の上に夏目は落ちたのだ。
斑も斑で本来の姿に戻れば良かったのだが、何故か依代のまま受け止めようとしてしまったがために夏目に潰されてしまった。
夏目がクッションと評した正体は斑である。
その斑はブツブツと文句を言いながらも目に入れても痛くないほど溺愛している小春にマッサージをしてもらっているので全部が全部悪いというわけではなかった。
それでもぶつくさ言わないとやっていられない斑から出た『夏目』という名前に妖はぎょっとさせる。
「な、夏目!?あの噂の『友人帳』の!?………もっと…こう…かっこいい感じだと思っていたが…」
「違うぞ…それは祖母だ」
「…ひょろくても夏目は夏目か…」
「…………」
相変わらず『夏目』という名前は妖たちの中では強く根強いでいるらしい。
それも美化されていた。
改めて夏目レイコがどれだけ大暴れしたのか気になってはいるが、そこは身内の恥…というか聞いたら駄目だと察し聞かないでおくとする。
妖は二人が夏目レイコの孫と知り、姿勢を正し夏目と小春と向き合う。
「夏目様、最近この辺りの妖が何かに襲われているのを知っているか?」
「え…」
「大きな傷を受け大半の血を奪われた妖が続出しているのだ」
妖の言葉に夏目と小春は目を見張る。
一部だが八ツ原の妖と仲はいいが、そんな情報聞いたことがないのだ。
まだ広くは広がっていないのだろうが、初耳の情報に二人は思わずお互いを見合う。
「血?」
「ああ…私の仲間達も襲われた…そいつが何なのか調べてみることにしたんだ…しかし無事だった奴が少なくて中々手がかりがない…仕方なく見回りでもと森を回っていたらあのお堂から悲鳴が…飛び込んでみたら"何か"がいて襲って来た…私はその辺りに倒れた奴を盾にしたんだがふっ飛ばされて気を失ったのだ…」
「そ、そうか…」
この妖は元々あのお堂にいて襲われたわけではないようだ。
襲われたは襲われたのだが、駆け付けた時にはあの光景だったらしい。
夏目はふと妖の言っていた『何か』という言葉にある風景が脳裏に浮かぶ。
それは自分の首を絞めた誰か。
今更ながらにその異様さに夏目はぞっとした。
もしかしたらあの誰かが妖たちを襲った犯人かもしれないと思うと背筋が凍るような思いになる。
「夏目様、そいつを突き止めたい…力を貸してくれ」
「え…」
夏目の様子に気付かない妖は夏目に力を貸してくれるよう話を持ち掛けた。
しかしそれを聞いて夏目の顔色は更に悪くなる。
夏目の目の前にはあの悲惨な光景が浮かんでいた。
血があちらこちらと散っている部屋、血が飛び散るほどの怪我を負っていた妖たち、そして…犯人の猟奇的なやり方…
夏目はまず妹と藤原夫妻の事を心配した。
ドクリ、ドクリ、と心臓の音が大きく聞こえ顔を青ざめる夏目だったが…
「あほう!勝手な!!手伝ってやる義理はないぞ!!」
斑の声も夏目には聞こえていなかった。
ただただ目の前にはあの恐ろしい光景ばかりが浮かぶ。
(血を奪うような…猟奇的な相手…下手に関わって塔子さんたちが巻き込まれたら……それに…)
あの光景はいくら妖に慣れていた夏目でもぞわっとくるものがあった。
鉄の匂いに倒れている多くの妖…すでに息がない者もいた。
夏目は妖力が強いが、それ以外では普通の男子高校生である。
人の死どころか妖の死にだって慣れていない、ただの人間。
今までだって何だかんだ言って死体を見る事も、血の匂いでむせ返りそうなほど多くの血を見たことはない。
危険と言えば自分と小春の命が狙われる程度のものだ。
程度といっても命が狙われているのだから大変な事なのだが、斑達に助けられ夏目も小春も今この時を生きていられる。
だからこんな大事に巻き込まれ、夏目は判断がつかなかった。
滋と塔子が大切だから…この家が、この温もりが大切だから…妖の持ち掛けた物に対して反応ができなかった。
それに…夏目はチラリと意識を小春へと向ける。
小春は夏目の判断に従うつもりなのか何も言わず待っていてくれた。
そんな小春に夏目は震える手でそっと妹の手を握る。
小春は兄のその様子に少しだけ目を見張ったが、兄の顔色を見て察したのか夏目の手の上に握られていない方の手を重ねた。
それだけでも夏目は落ち着きを取り戻す。
(それに…小春が妖たちと同じようになったら…俺は…)
落ち着きを取り戻したからと言って冷静な判断ができるとは限らない。
特にまだ高校生である夏目は目の前であんな惨状を見たのだから。
そして下手をすれば小春も狙われるのではないかと思ってしまうと余計に。
妹を思えば断るのが正しいのかもしれない…そう思った夏目に妖が名を呼ぶ。
「夏目様…そんな青い顔をさせるつもりはなかった…思えば人のお前達が関わる道理はない…すまなかった、忘れてくれ」
「!、待て!お前の仲間はどうなった?襲われて無事だったのか?」
夏目としたらあっと言う間…しかし周りは長い。
そんな長い時間をかけ待ってくれていたが、夏目のその顔色を見て妖は諦めた。
夏目の顔に血の気がなかった。
そんな青ざめた表情を見せられ協力してくれと言う奴はおらず、妖は立ち上がり窓を開ける。
背を向ける妖に夏目は問いかける。
「仲間は私にとって家族のようなものだった…せめて残ったわずかな仲間だけでも私は守らねばならない」
夏目の問いに妖は答えてくれた。
小春はそれを聞いてその妖を『強い人』と思った。
そして自分も家族が…兄や滋や塔子が襲われたり襲われそうになってもこんな風に強気でいられるだろうかと思う。
妖は『さらば』と去り際にそう零し自らの羽で仲間の下へと消えた。
「……どうしよう、先生…」
「あほう関わらないと決めたのならそれでいいのさ」
妖が去った後、夏目の体の力が抜かれていく。
息を吐き出す夏目に斑は呆れたようにつぶやいた。
「お前は関わっても関わらなくても浮かない顔だな…いつもニヤニヤしていたレイコとは大違いだ」
今更ながらに協力すればよかっただろうかと思ったが、今繋がれている小春の手のぬくもりを感じるとどうしてもそれが言えなかった。
情けない兄だな、と思いながらも呆れたように呟く斑に夏目は苦笑いを浮かべる。
「しかし今回は関わらず正解かもしれんな」
「え?」
「どういう事?」
苦笑いを浮かべていた夏目と、兄の手を握っていた小春は斑の言葉に首をかしげる。
『関わらなくて正解』と言われ二人は首を傾げ、そんな二人に斑は答えた。
「奴が気になる事を言っていた…妖の血が奪われていると…」
「それがなに?」
「人の中には妖の血を使って術を行う者もいると聞いたことがあるのだ」
「え…!?」
小春の問いに斑はなんでもないように答える。
斑としては人間の事だからどうでもいいのだろうが、人間である小春と夏目はそうはいかない。
「どういう意味なの?先生…妖の血を集めているのが『人』だっていの?」
小春は夏目に聞いただけだがまさか人が妖を襲い血を抜き取るなんて考えてもみなかったため、驚きが隠せなかった。
しかし夏目は斑の言葉に息を呑み、黙り込む。
そんな兄に気付き小春は斑から夏目へ振り向く。
「お兄ちゃん?」
「…俺が首を絞められたとき…犯人の手を引っ掻いたあの感触…確かに…あれは妖というよりは……あれは…―――人だ」
「…!」
夏目は小春と繋いでいない手の平を見ていた。
その表情は少し顔色が悪く、手も震えていた。
小春が戸惑いながらも問いかければポツポツと夏目はつぶやく。
それは自分の考えを整理しようとしているのかもしれないが…夏目の言葉に小春も目を丸くする。
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