(8 / 10) 3話 (8)

小春が白く冷たい手を握る前、夏目は一人で名取のところへ来ていた。
斑は行く前から姿がなく、一人ででも行く気だった夏目は別段残念がることはなかった。


「やあ、もう来ないかと思った。」

「…………」


名取は素人が見ても理解できない陣か何かを書いており、夏目に気付くと顔をあげ小さく笑う。
夏目は何も返せずただ無言のまま名取を見つめていた。
そんな夏目をよそに名取は立ち上がり側にあった紙を指差す。


「その和紙を千切って地面に書いている陣を隠してくれ」

「…名取さんは今日祓う妖かしのこと、知っているんですか?」

「一応調べさせた。首に縄をかけられ人を祟る役目を負わされた自由のない妖かしらしい…祓ってやるべきだろう…」

「……小さい頃…包帯を巻いてやった妖かしの事を覚えていますか?」

「包帯…?」


夏目は言われた紙を手で千切りながら名取に話し掛ける。
包帯を巻いた妖怪の事を少し仄めかしながら聞くが名取は千切ってあった紙を陣の上に散らし始め、夏目の言葉に首をかしげた。
それに名取が覚えていない事を知り夏目は慌ててその妖かしにここに来ることを止めさせるために走り出す。
しかし…


「―――ッ!!」

「どこ行く気だい?」

「ッ!、名取、さん!!!」

「邪魔されると困る…そこで大人しくしていなさい。」

「名取さん!!!やめ…」

――…来る。

「…!!」


妖かしのところに急ごうとした夏目だったがそれを名取の式神である瓜姫に邪魔をされてしまい、木に押し付けられて縛られしまう。
いくら名取の名を叫んでも名取は取り合うこともなく、ついに妖かしが来てしまった。
ジャリ、ジャリ…と聞いたことのある足音に夏目はハッとさせる。

そして、妖かしは静かに姿を現した。


「…………」


妖かしは自分が祓われるのを知りつつ姿を現し、紙で隠された陣の中へ入ってしまう。


「!、放してくれ!!名取さん!!駄目だ!!名取さん…ッ!!!」


夏目がどんなに叫ぼうが名取も瓜姫も妖かしも聞き入れてくれず、夏目は紙が舞う中陣の中へ完全に入った妖かしを見て目を見張った。
陣の中に入った妖かしに名取が唱えるとピシ、ピシ、と静電気のような音がし、小さい放電が妖かしの体に放たれる。
それに夏目は瓜姫の髪の毛から逃れようとぐぐぐ、と渾身の力を入れる。


「!、やめろ人の子!何も出来んよ…!およし!!およしったら…!!……ッぎゃあ!!」

「…!」


瓜姫の制止も聞かず夏目は少しずつ瓜姫の髪の毛から逃れようと力を入れる。
瓜姫も夏目に対抗するように髪の毛の力を強めるも夏目の方が強いのか束縛できずブチリ、と音を立てて夏目に逃げられてしまった。
名取は瓜姫の悲鳴を聞きチラリと瓜姫に目をやると目を丸くさせ唖然とさせる。


「―――う、ぁ…ッ!」

「な、何を…!?早く出なさい!!私には雷を止められない!!早く…!!!」


名取の目に映ったのは苦しげに体を震わせる瓜姫とその瓜姫から逃れ陣へ目掛けて駆け寄ってくる夏目の姿だった。
陣の中に完全に入った夏目は襲い掛かってくる電の痛みに顔を歪め声をもらす。
それに慌てる名取だったが、術は止める術もなくただ夏目に声を上げて退くよう言うしかなかった。
雷の激痛に襲われる夏目だったふと痛みがなくなり怖ず怖ず顔を上げるとそこには白い模様のある斑の本来の姿が目に映る。


「せん…」


夏目が斑を呼ぼうとしたその時、ドン、と一瞬光り大きな衝撃がその場にいた者達を襲う。


――ねぇ、どうしたの?


夏目はその衝撃により後ろで庇っていた妖かしの記憶が頭の中に入りゆっくりとその光景を浮かび上がらせる。






「変なお面…手から血が出てるよ?」


彼女の目の前には小さな人間の子が立ち、手を伸ばしていた。
その腕にはヤモリの入れ墨があり、その入れ墨は本物のヤモリのように捲られた袖の中へと姿を消す。
彼女はその小さな人間の子供に何も言葉を返すことなくただ縄を縛り付けられている門に座りながら子供を見上げていた。
そんな彼女に子供は何も言わずボロボロの手を掴み包帯を巻いていく。
彼女はそれにもただ何も言わず子供の手先を見つめているだけだった。


「転んだ時、母さんがこうして手当てしてくれたんだ…でも母さんはもういないんだ…体が弱かったんだ…」

「………」

「僕が変なものを見るせいで僕が不幸を招き寄せたんだっておじさん達は言うんだ…でもさ、だったらさ、そうなる前に誰かが僕を退治してくれればよかったのに…」

「…………」


最後の声はとても悲しく、とても淡々としていた。
泣きそうで何かを諦めた子供の表情に彼女は面の奥で目を伏せ巻いてくれた包帯を見下ろす。


「よく喋るガキだ………人はね、人の子にはね…不幸を招けるような力はないんだよ…」


そう言って彼女は子供の頭を優しく撫でる。


「お前は優しい子だよ…優しい、ただの子供だよ。」


――だって、私はお前に会えてこんなに嬉しかったのだから――――…


最後の彼女の言葉に子供は嬉しそうに…本当に嬉しそうに笑った。

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