「……本当によろしいのですか?」
的場の姿、そして気配がなくなったその時…人影が現れる。
その人影こそ的場が感じ取った気配であり、的場に蛇をけしかけた者であった。
その人影は美しい女性だった。
その髪はクリアな黄みの赤の色をし、その瞳は少し濁っているが綺麗な黄金色をしている漢服を着た女。
ケマリの時に夏目をカルの集団で襲わせた女でもある。
女は不安そうに背後を見る。
そこには真っ赤な血のような髪と目を持つ男がおり、その背後には女が父と呼んでいた黒い布で顔を隠した男が控えていた。
女の『攫われたがいいのか』という含まれた言葉に、赤い髪を持つ男は女の言葉に頷く。
「今回は検証をしたいだけだからな…あの娘が本当に"お姫"の血を引き継いでいるのかという検証を…そしてあの娘は蛇の毒を"浄化"させた」
「…では」
あの蛇は普通の蛇ではなかった。
あの蛇は女の眷属であり式でもある。
その毒は強力ではないが人間の解毒剤では完全に毒を消す事が出来ない。
あの蛇の毒の半分は邪気なのだ。
妖力でしか治すことのできない…しかも女が弄りお姫と呼ばれるあの人間か、その血と力を受け継ぐものでしか治せないようにしていた。
そして小春は女達や的場達の前でその毒気を浄化した―――ということは、小春がお姫と血の繋がりがあるという確証を女達は持ったのだ。
黒い布で顔を隠している男の言葉に男はニッと笑って見せる。
「あの娘は疑いなく"お姫"の孫ということだ…ならば陛下に嫁がせても支障はない」
「ならばなぜあの人間にあの娘を…いえ…皇后さまを攫わせたのです…兄君とあの忌々しい祓い人、そしてブタのような化け猫がいない今恰好のチャンスではありませんか?それでなくても天狗を連れた女が皇后さまを狙っているというのに…」
小春を皇后と呼び直す女の言葉に赤い髪の男は一瞬間を置いた後、小春が消えた方へ目をやった。
「その兄も猫に連れられてしまう…どうせ引き裂かれるのなら僅かでも家族といさせてやりたい…」
「………」
赤い髪の男の言葉に女は目を伏せた。
赤い髪の男の目線の先には誰もいない宿の廊下ではなく…―――過去を見ていた。
それが溜まらず女には悲しく、辛く…そして不快だった。
だが、女の身分では男をどうすることもできないと知っており、すでに諦めも入っているため、女はそれ以上何も言わず、帰ってきた蛇に手を差し出し腕に巻きつかせる。
その時―――
「皇太子殿下」
女の声が三人の耳に届く。
その声に蛇の女と黒い布の男は素早く赤い髪の男の前に立ち庇う。
その声の方へ目をやればそこには金髪に赤目、赤と黒の漢服を着た女がいた。
女の姿に蛇の女の殺気は更に強くなり、黒い布の男は多少殺気を抑えながらも警戒していた。
そして赤い髪の男は殺気など出さず警戒もなくただ金髪の女を懐かしそうに見つめていた。
「久しいな、鈴玉」
その金髪の女とは、黒猫や黒髪で赤い着物を着た少女や色白で澄んだ水色の瞳を持つ少年と行動を共にしていた化け猫―――鈴玉(リンユー)だった。
鈴玉は男の呟きにすっと跪き手のひらに拳を当て頭を下げる。
「皇太子殿下におかれましては―――」
「鈴玉、無理はするな…俺とお前は無関係の者…我が国の者ではないお前にまで堅苦しい挨拶をされては気が滅入ってしまう」
「そうですか?では……お元気そうでなによりです」
「ああ、お前もな」
堅苦しい挨拶は配下たちで十分だと言う皇太子と呼んだ男に言われ、鈴玉は姿勢と態度を崩す。
それに蛇の女が一瞬ピクリと反応させたが、許したのは皇太子なため何も言わないでおいた。
だが不服だと言わんばかりのオーラを鈴玉は感じ取りつつ無視をする。
皇太子の言う通り、自分と目の前の三人は無関係なのだ。
あちらは蛇、こちらは猫。
更に言えば鈴玉は単体で日本に逃げ込んだのだ。
蛇やら猫やら天狗やら全く無関係の者である。
だが、皇太子とは無関係とも言えない。
どちらかと言えば恩人なのだ。
だからこそこうして姿を現し挨拶をした。
そうでなければ無視していただろう。
「ところで」
「はい?」
「ホンファは元気か?」
「ホンファ…ですか…あー、まあ、ボチボチ元気じゃないですか?」
ホンファの様子を聞いてきた皇太子に鈴玉は適当に返す。
その煮え切らない言葉に皇太子は怪訝とさせ、じっと鈴玉を見つめる。
そんな目線に負けたのか観念した鈴玉は頬を掻き白状した。
「ちょっと体調は良くないですね…恐らくもってあと数か月かと…」
「…そうか…あの子は母と同じ道を歩むか……ならば李伯(りはく)を貸そうか」
「ああ、いえ…そこんところは大丈夫です…夜影(やかげ)がいるんで…あいつなら一人でも十分でしょう」
鈴玉の言葉に皇太子は黒い布の男を見た。
その提案に鈴玉は断る。
『ま、絶対とは言えませんが…』と零す鈴玉に不安要素はあるもののそう言い切るのなら手助けもいらないだろうと判断する。
「では死ぬ覚悟でいてくれるお前達に餞別をやろう」
皇太子はそう言って鈴玉に向かって何かを投げた。
その言葉に鈴玉は『そう簡単に殺さないでくださいよ』と冗談まじりに笑いながら投げられたものを落とすことなくキャッチする。
手元を見れば何か綺麗な布で包まれた物だった。
それを見た後鈴玉は皇太子へと顔を上げる。
「これは…?」
「それは"七桃草(しちとうそう)"と呼ばれる香の一種だ…運が良ければホンファが無事でいられる可能性もある…だがそうなった場合数百年は外には出られないだろう……だが、この香は体に溜まった邪気を浄化させるのを早めてくれる物だ…これをお前にやる」
『七桃草』と書いて『しちとうそう』と読むそれはお香の一種である。
鈴玉の手にあるそれはとても貴重のものだった。
七という文字は70年に一度しか咲かない花の名前から取ってあり、しかしその材料はその花の木で、しかも70年に一度しか咲かないという花が咲いた時の木を取る事でしか効果はない材料である。
咲いていない木から取ったのも高価な取引をされてはいるが、精々アロマセラピーランクでしか効果はない。
桃は勿論、誰もが知っている桃の花。
桃には邪気を払うと言われており、この香には実ではなく花を使っており、更には清らかで澄んだ邪気の一切ない場所での桃の花でしか許されていない。
鈴玉の手にはその貴重な七桃草がずっしりと入っており重い。
少量ですら高値で売買されているというのにこの重さは鈴玉が死ぬまで働いても返せない金額であるのは確かだ。
だからこそズシリと重いその重さが更に重くじてしまう。
「こ、このような高価な物いただけません!」
「いや、これは元々ホンファのために集めたものだ…近々莢草(さやくさ)に送ろうと思っていた物でもある…丁度いいと思いお前に渡しただけの事…お遣いだと思いそれを莢草に渡してくれ」
「……皇太子殿下…」
この手のひらに余るほどの大きさと重さであれば、人間で言えば数十億ともいえる金額になる。
そんな高価な物持ち運んでいること自体ストレスを感じそうであるが、皇太子直々にそう言われてしまい流石に無下には出来なかった。
それに鈴玉もホンファの様子が心配だったというのもあり、深々礼をし本心以上の感謝を告げる。
深々と頭を下げる鈴玉に皇太子は苦笑いを浮かべ、顔を上げさせる。
「ところで莢草は息災か?」
「はい…莢草様はお元気でおられます…」
「あいつの事だ…お前達のような者達を考えなしに受け入れているんだろう?」
話題を変えるため、皇太子は莢草と呼ばれる者の話題を出す。
莢草の話題になると途端に鈴玉の表情は和らぐ。
それは心から莢草を慕っている証拠だろう。
それに嬉しくなりつい憎まれ口を叩く皇太子に、鈴玉は苦笑いを浮かべ頷いた。
「あの方は大らかですからね」
「そうか、相変わらずだな、あいつは……鈴玉、莢草に伝言を…『お前から預かった花は元気に育っている』、と伝えておいてくれ」
「承りました…この鈴玉、必ず莢草様にその伝言をお伝えいたしましょう」
皇太子は鈴玉の言葉に懐かしそうに目を細める。
笑みを浮かべる皇太子に鈴玉は再度頭を下げ、伝言を受け取る。
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