(9 / 13) 18話 (9)

――――許さない…!

女の声が頭に響く。
その声はあの女の式の声だった。
恨みが籠ったその声と共に血が飛び散り、その血は次第に黒い羽に代わる。

―――よくも…よくもッ!!

散らばる羽が次第に多くなり目の前が真っ暗と変わる。
そして―――


「――――ッ!!!」


小春はその夢から目を覚ました。
ハッとさせ目を開ければ現実らしいことは分かったが、目の前に広がる光景は見覚えのない部屋が広がっていた。
自分たちが取ったよりも立派な一室。


「目は覚めましたか?」

「…!」


寝起きというのもあり『ここはどこだろう』と思いながらぼうっとしていると聞いたことのある男の声がし、小春はやっと頭を覚ます。
その声へと目をやるとそこには的場がいた。
小春はどうやら気を失った後、この部屋に連れてこられたらしく椅子に座らされていた。
的場の姿に椅子から立ち上がろうとしたのだが、手首の方に違和感を感じて手首を見下ろすと、そこには何か文字を書いた紙が貼られていた。
その紙をグッと破こうとするも頑丈なのかビクともしない。
それを見て的場は紙を指さす。


「面白いでしょ、その紙…普通の人には見えないんですよ」

「ま、的場さん…」

「ああ、紙については名取家の方が詳しいから聞くといい」


紙を指さしながら説明をする的場に小春はじれったく感じた。
話をはぐらかそうとしているように見えたのだ。


「一体何のつもりですか…こんなこと…」


なぜ自分がここにいるのか、なぜ妖力を使用した紙を使ってまで拘束しているのか…それが聞きたかった。
良く分からない状況から小春は恐怖か泣きそうからか…声が少し震えていた。
そんな小春をよそに的場は小首を傾げる。


「何もしてませんよ?捕まえろと口に出しただけです―――なんて言い訳は通用しませんよね?あなたには見えてるんですから」

「…!」


そう言いながら的場は式を一匹小春の前に現した。
相変わらずなんの表情もない仮面が不気味の式が現れ、小春はビクリと肩を揺らす。
それを気絶する前に見たための怯えだと思った的場は軽く謝った。


「乱暴してすみません…まだ教育中なもので……でも私だってあなたに乱暴な事したくはなかったんですよ?でもあなたが逃げるから……少しの間だけ付き合っていただければそれでよかったのに…」


人を疑う事を苦手とする小春でも、その付き合いが少しの間ではないことだけは分かっていた。
兄の夏目は名取以外の祓い屋とは関わりたくないと思っており、それは小春も同じだった。
守られてばかりいる小春でも祓い屋と関わる事への恐怖は十分に分かっている。
だから少しの間だけ付き合ってほしいと言われてもどうも腑に落ちないのだ。
勝手な想像かもしれないが、特に的場という男の事を知らな過ぎて怖かった。
早くここから逃げ出す事だけを考え、あまり話しを合わせないようにと話を逸らす。


「妖怪の血を集めるなんて何のためにしているんです」

「妖怪の血は大きな妖怪の封印を解いたり呼び出したりするのに使えるんですよ…言ってしまえば餌みたいなものです……この森の奥になかなかの大物が眠っているんです…それを狙ってきた」

「自分の血は使いもせず無関係な妖怪達から取るなんて…これ以上続けるなら許しません!」

「許さない?見えるだけのあなたに何ができ―――」


的場のその言葉に小春は思わずカッとなった。
的場はキッと睨む小春に目を細め笑った。
小娘の睨みや言葉など痛くも痒くもないのだろう。
笑いながら机に置いてあった珈琲の入ったコップを取ろうとしたが、そのコップを机から落としてしまった。
普通なら取れるはずのコップを落とす的場に小春は微かに目を見張る。


「すみません、これだと距離感が掴みにくくてね…」

「…目が…?」

「見えてはいますよ…けど、これが必要なんです……食べられてしまうので」

「え?」


そう言って的場は前髪を上げてこれと呼んだ護符を小春に見せる。
それは右目を完全に覆うどころか顔半分も覆うほど大きな護符だった。
何と言ったらいいのか分からない小春をよそにこうなった説明をし始める。


「昔妖怪に手伝わせる代わりに右目を食わせてやると言った者がいてね…けれど結局与えずじまいだった……以来代々的場頭首は右目を狙われているんですよ…まだここに眼球は残っていますが、顔には酷い傷があるんです…―――せっかくだ、見てみますか?」

「え…!?」


的場よりも先代の時代に、妖を騙した者がいたという。
手伝わせた後その者は右目を差し出すことはせず、妖に対価を与えもしなかった。
そのせいで的場の代になってもその妖に狙われ続けているという。
しかも事故でも生まれつきでもなく頭首を継いだ者は必然的に右目辺りの顔に酷い傷を負ってしまうという。
青ざめる小春を揶揄うように的場は小春に近づき顔を寄せながらそっと護符を捲ろうとした。
小春は本当なら『見せなくていいです!』と叫びたかったがその言葉さえ出ない。
護符が捲られ影が少しずつ隠していた肌を露わにしはじめたその時―――扉を誰かが開けた。


「ちょっとよろしいですか?」

「…今行く」


どうやら廊下で見た男の一人が入ってきたようだった。
楽しそうな顔をしていた的場はすっと笑みを消し、男に振り返る。
式に小春を見張るよう命令し部屋を出て行こうとする的場に小春は慌てて声をかける。


「ま、的場さん!事情はどうであれ罪のない妖怪たちを襲うのはやめてください!やめないなら止めますっ!!」


その言葉に部屋を出て行こうとしていた的場は立ち止まり振り向く。
その顔はいつもの人を食ったような表情に変わっていた。


「私は人を守るために強い妖怪が欲しいと思っているだけですよ…そのために恨まれたり代償を払うのは仕方のない事です」

「…っ!」


その言葉に小春は目を見張る。
そして同じ祓い屋でも、的場と名取は違うなのだと感じた。
名取も妖に対して憎しみはあるが、的場のような過激な考えまでは至っていない。
だからこそ小春は的場は怖かった。


「すぐ戻ります…騒ぐなら騒げなくしますし、逃げるなら逃げられなくします…大人しく待っていてください」


そう言い残し、的場は扉をしめ部屋を出て行った。
小春は考え方の違う祓い屋と出会い、ますます人に『友人帳』の存在を知られたら危険だというのを認識した。
兄や自分は名前を返すために所持してはいるが…祓い屋が友人帳を手にすれば、恐らく名前の書かれている妖は使役される。
それも無理矢理に。
祖母がした事とはいえ小春と夏目にも責任がないわけではない。
友人帳は主に兄が持っている。
だからこの場でバレることはない事だけは幸いだが、このままいるというのもマズいことでもある。
殺されたり拷問なんてされはしないが、何をされるか分からないという恐怖があった。
大人しく返してくれるならこんな誘拐じみた事しないだろう。


「………」


小春は手首に巻かれている紙を見た後的場が割ったコップを見る。
そしてチラリと壁に張り付くように立って小春を見張っている妖を見た後に、窓を見る。
小春は脱出する方法を考えていた。
考えてはいるが、正直それが成功するは不安ではある。
だがこうしている間にも兄や名取や斑は探してくれているし心配もしてくれているのだろう。
小春自身兄のもとに帰りたいというのも強かった。
だからこそ、小春は意を決して行動に移した。
まず紙を破こうと割れたコップへ椅子から落ちるように飛びつき手を伸ばす。
それと同時に式も動いたが、それを避け小春はコップの破片を掴んで紙を切った。
その間も式が捕まえようとしているため、小春は兄のように殴った。
目を瞑って殴ったが見事にその拳は式の顔に辺り、妖力のおかげで式を倒す事が出来た。
しかしそのせいで大きな音を立ててしまい、足音がこちらに向かっているのが聞こえ小春は急いで窓を上げて乗り込んだ。
その直後、音に気が付き駆け寄っていた的場が扉を開けて入ってきた。


「小春さ―――ッ!」


後ろを振り向けば目を見張り驚いた表情の的場と、後ろには男2人がいた。
ここは二階の部屋。
窓から飛び降りようとする小春に気付き的場は止めようとした。
だが小春は怯えるそぶりもなく二階の窓から飛び降りた。
二階とはいえ、人が飛び降りて無事でいられる高さではなく的場は手を伸ばしたが、小春の姿は木の中に入り見失ってしまう。
窓を覗き込めば少しふらつきながらも走る小春の後姿があった。


「…一撃か…ただ妖怪が見えるだけと思っていたが…」


窓から追うのも無理な話で、的場は部屋で倒れている式を見下ろした。
小春の妖力は兄よりは強くはないが、それでも群を抜いている。
兄より強くないと言ってもたった少しの違いであるため、小春のもやしパンチは妖にはよく効いていた。
小春の力を見て的場は更に興味を持った。


「追いますか?」

「いや、お前達はいい」


男の言葉に的場は首を振る。

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