式だと思っていた女は、人間だった。
それに夏目も小春も目を丸くする。
すると女の顔をジッと見つめていた名取がふと思い出す。
「そうか…あなたは的場に仕えていた呪術師の…」
「知ってるんですか?」
「ああ…彼女の式が的場の餌に使われ以来引退したと聞いている…」
「式が…餌に…っ!?」
名取も一度は会ったようで、女は元的場の傘下の者だったらしい。
名取の言葉に夏目、そして小春はハッとさせる。
小春は『式を餌に使われた』という言葉に身に覚えがあった。
それは小春と夏目が初めて祓い屋達が集まる会合に行く少し前の事。
怪我をして飛んでいた妖が落ちるのを見て慌てて駆け寄って小春と夏目の目の前で妖が妖を食べるという衝撃的な場面を思い出させた。
それは間違いでなければ…怪我を負って小春達を縋るように見ていた羽の妖は目の前の女性の式だという事。
それを餌にしたのは、的場だということだ。
それもまたショックである。
「許さない…的場…あいつを食ってやる…あの男を…的場を食う妖怪を目覚めさせてやるッ!!!」
そう言って女なランプを掲げるように照らす。
洞窟の暗さに慣れていた三人はランプの光ですら明るく感じ、その明るさに眩しそうにする。
最初は眩しさに気を取られていたが、ふと背後に嫌な気配を感じ夏目は後ろを振り向く。
「―――!!」
後ろを振り向いた夏目は声を上げて驚いた。
その声に夏目に抱きしめられていた小春は夏目を見た後その視線を伝って後ろを振り向く。
そして小春も小さな悲鳴を上げる。
2人の様子に名取も気づき…三人の目に映ったのは、巨大な妖の姿だった。
「これか…まだ目覚めてもいないようだが…」
その妖は大きすぎて洞窟の天井に顔半分が埋まっていた。
だから動かないようで、更には術が施したと思われる縄が巻かれていた。
「見ろ夏目、小春…こいつを中心に既に目覚めの陣が書いてある」
「あの壺は…」
「阿呆!集めた血が入ってるに決まってるだろ!」
斑に言われて陣に気付く。
しかもその陣の中を自分たちも知らずとはいえ入っていた。
傍に置いてあったいくつもの壺に気付くも、斑の言葉通りならあまりいいとは言えない代物である。
中に妖たちの血がたっぷりはいっているのだ。
「強欲な的場が気に入りそうな妖怪を探し出し噂を流してやった…あいつをこの村におびき寄せ食わせるためにね」
「式を食われた復讐ですか?残念だがこういう仕事をしている以上使っている妖怪は…」
「道具のような存在?」
「………」
「…私にはそうではなかった…道具なんかではなかった…」
小春は女の言葉を聞いて抱き着いていた兄の服をギュッと掴んだ。
もしも、と思ったのだ。
もしもなんてありえないのは分かっているが…もしも、斑が利用され妖に食い殺されてしまったのなら…ヒノエや中級たち、これまで関わってきた妖たちを利用されて殺されたと分かったのなら……―――小春の想いと女性の想いは違うけれど、同情は出来る。
そのため強くは責めれないが、だけど関係のない妖を襲うのは同情しきれない。
彼等だって家族がいて友人がいるのだ。
それを復讐のために襲うのは小春にはどうしても同意できなかった。
「だとしてもこんな事…!」
「祓い屋の貴様に分かってもらわなくて結構………それよりも血だ…まだ血が足りないのだ…―――もらうぞ!!」
「…!」
名取に反対されようが小春に同情されようが女にはどうでもよかった。
的場に復讐できさえすればそれでいいという考えだった。
まだ血が足りないと零した女は密かに式を小春と夏目の背後に移動させ襲わせた。
標的は小春のようで、それに咄嗟に気付いた夏目が背を向け小春を守ろうとした。
「夏目…!小春ちゃん…!!」
背後に現れ襲ってくる式に名取も気づき小春を守ろうと庇う夏目の服を引っ張り鋭い刃物を持っていた術を施してある棒で受け止める。
もう一匹現れ名取に襲い掛かる。
それを見て女はクスクスと笑う。
「それだけかと思うか!?」
そう言って女は式と同じように切られている紙を地面に振り落とす。
すると女が作り出した式が何体も現れる。
「お、お兄ちゃん…」
「…大丈夫だ…小春…」
ズズズと床から這い出たように現れたその式神は小春へと向かって歩み寄ってきていた。
小春を抱きしめて守っていた夏目は小春を背中に移し不安そうに見上げてる妹を安心させるように笑みを浮かべ、キッと迫ってこようとする式を睨んだ。
小春は自分の血を狙ってくる式に体を震わせ、そんな小春に斑は『仕方ない』と表向き渋々を装い小春の腕から夏目の肩に乗りピョンと跳ねるように飛び上がる。
それと同時に斑は本来の姿へと戻った。
「こんな紙人形一掃してやる!」
本来の姿に戻り斑は小春を狙う式をパクリと食べる。
その瞬間斑の顔が歪み『まず…』と零れたのを見て小春は『あ、不味いんだ…』と頭の片隅で思った。
しかし小春がズレたことを思ったその瞬間どこからともなく矢が飛んできて、式の額に刺さる。
二体の式が矢に刺さったその瞬間砂のように崩れていった。
それに夏目も小春も目を丸くしているとヒュ、と矢が飛んでくる音を夏目の耳に届き、夏目は考えるよりも体が動いた。
「先生!!」
夏目はその矢が斑に当たると気づき咄嗟に斑を庇おうとする。
だが、少し遅かったのか、その矢は夏目の腕に掠っただけで斑に当たってしまう。
「ッ―――お兄ちゃん!!!」
「夏目!!」
夏目が腕を抑えるのを見て小春と名取は夏目に駆け付ける。
名取が傷を見ればそれは深くはないが、血が出ていた。
小春は兄が怪我を負ったという事に思わず涙を溜める。
「おや、失礼」
その場所に聞き慣れた声が響いた。
顔を上げればそこには弓矢を持つ的場の姿があった。
「妖怪がごちゃごちゃいたのでどれがどれやら…その子に当てるつもりはなかったのですが…」
「的場…!」
名取はわざとらしい的場の言葉に怒りを覚える。
だが夏目と、兄と斑を心配している小春を見て怒りを何とか抑える。
大人として、そしてここまで巻き込んでしまった者として責任を感じていた。
だからこそここで我を失って何か失敗をするのは避けたかった。
そんな名取を気にもせず的場は小春を見つめ、目を細める。
「この場所を探すのに随分苦労しましたよ…事件があるたび現場に駆けつけ妖怪を調べたり、式たちにこの森を何度も探させたりしたが見つからなかった……なのにあなたはちょっと泳がせたら直ぐにこの場所を探り当ててくれた……もしかして君は…」
自分は泳がされただけだと知り小春は俯く。
気付かなかった自分が情けないと思った。
だが、何か言いかけた的場の言葉を斑が遮る。
「小僧…!身の程を知らぬ者よ…!覚悟するがいい!!」
怪我を負った夏目の痛がる姿、そしてその血の匂い、更には小春が泣きそうな顔を見た斑は怒りを覚えた。
いつもならばその怒りもある程度コントロールができていたが、今回ばかりは堪忍袋の緒を切らしたかのように頭に来ていた。
低く唸るようなその声に俯いていた小春は顔を上げる。
そこには普段見ることのない黒い嫌な気配を纏わせ一変させる斑の姿があった。
ギロリと平然としている的場を睨むが、斑の傷口からポタリ、ポタリと血が滴り落ちてきていた。
それに夏目が気づき顔を上げて声を張り上げる。
「先生!!落ち着け先生!余り動くな!傷が広がってしまう!!―――ぐっ、」
「夏目…!」
「俺は大丈夫です…!それより先生が…!」
目を吊り上げ的場を睨みつけるその姿はまさに妖怪。
だが小春にも夏目にも恐怖はなかった。
斑はいつも文句を言いながらも夏目や小春のお節介に最後まで付き合ってくれる優しいところがあるのを知っているからだ。
夏目がもう一度『先生!』と叫べば、斑がその声に反応し少しずつ落ち着いていくのを感じる。
だがまだ怒りは収まっていないのか今にも的場に噛みつかんばかりの勢いだった。
「先生!!落ち着いて!お願い!!先生!!!」
小春も思わず声を上げた。
またいつもの優しい斑に戻ってほしいと心からそう願い叫んだ。
グルルと唸る斑は二人の声はちゃんと届いており、斑は的場から夏目と小春を見下ろす。
夏目はジッと何かを伝えようとする目線を、そして小春は不安そうに自分を見つめていた。
そんな2人に斑は次第に落ち着きを取り戻し、ドロンと煙と共に仮の姿へと戻る。
「命拾いしたな、的場とやら」
仕方ない、と言わんばかりの言葉に的場は大物である斑の殺気を一身に受けながら『なんだ、つまらないですね』と肩をすくめただけだった。
それほど腕に自信があるのだろう。
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