(12 / 13) 18話 (12)

小春も夏目もいつもの斑に戻りホッとさせる。
しかし仮の姿の背には傷が残っており、そこから血が滲んでいるのが見えた。


「先生…血が出てる…!」

「血の一滴や二滴で騒ぐな…こんなの舐めときゃ…ぐ、ぬぬ…なめ、ときゃ……と、届かん…!」


毎日酒浸り、人間の食べ物を好んで食し、満足に運動もせずぐうたらしていた結果なのか、普通の猫ならば届くはずの場所に傷があるのに伸ばしている舌は届いていなかった。
見兼ねた小春がスカートの裾でちょんちょんと痛くないように血を拭ってあげた。
すると突然地面に落ちていた斑の血がうねうねと動き出し、独りでにどこかへ向かって動き出した。
それを見た小春達三人は同時に凍り付く。


「なんだこれは…」

「血が…動いてる…」

「やっぱり先生…妖怪だったんだな…」

「阿呆!流石の私でもあんなにハッスルした動きのモノが体の中を流れていたら怖ろしいわ!!」


小春は動く血を見てびくっと肩を揺らし、即兄の傍にぴったりくっついた。
血が独りでに動くのを見て名取と小春は唖然となり、夏目はこんな見た目でも妖怪なんだとぽつりと呟いたが…それは斑本人も驚きである。
しかし夏目の耳に呪文のような物が聞こえ、夏目はその呪文の声へと振り向いた。
そこには女がおり、女は小春の血を諦め斑の血を代用に使う気でいるようだった。


「見ろ!壺の中の血も…!」


名取の声にハッとさせ壺を見た。
壺の中に溜めてあった妖たちの血も斑の血のようにうねうねと動いていた。
その血を追っていけば、その血達は封印されている妖の口へと運ばれていた。
女の呪文で一滴残らず妖の口に血が入ると、妖は突然動き出し岩盤を壊し動き出す。
その際崩れた天井が地面に落ち、夏目は咄嗟に隣にいた小春を抱きしめ岩や砂埃から妹を守る。


「しまった…!猫ちゃんの血は妖力が強い!目覚めてしまったんだ!」


あれだけでも足りないと妖力の強い小春を狙っていたのだから、同じく妖力の強い斑の血でも十分代用は出来たようで、ついに大物の妖が復活してしまった。
名取の言葉に夏目はハッとさせる。


「もしかして、さっきの矢…最初から先生を狙って…この妖怪を試したくて…わざと!?」


あの矢。
斑を狙った矢。
的場は『妖怪がごちゃごちゃいたのでどれがどれやら』と言っていたがそれは嘘だった。
恐らく夏目が斑を庇うのは予想外ではあるだろうが、的場的には夏目が怪我をしようが小春が怪我をしようが名取が怪我をしようがどうでもいいのだろう。
今、彼の興味はあの大物の妖に注がれているのだ。
的場を睨んでいると顔を岩盤から抜けた衝撃で倒れた体を起こす妖に小春は夏目の腕を引っ張り距離を置く。
顔を上げた妖の口から黒い霧のようなものが吐き出されていた。


「離れろ!夏目!小春!これはマズイ!酷い毒気を放っている!!」


その黒い霧のようなものは毒気が含んでいるもののようで、夏目はそれを聞いて小春を庇いながら少し後ろに下がる。
しかし女は毒気を吐き出す妖など気にも留めず復活した事を嬉しそうに笑みを浮かべる。


「聞きなさい!お前のために血を集め陣を描いたのは私だ!!私のためにあの男を食べなさい!!」


血を集め、陣を描き、呪文を唱え、復活させたのは女である。
本来なら妖は女の言う事を聞かなければならないのだが…妖は力が強くても知能はないのか、女を大きな手で払い、そして暴れはじめる。
その手は女だけではなく夏目や小春、名取、的場と全員に向かって攻撃をしはじめた。
攻撃というよりは純粋に暴れているだけだが、狭い洞窟の中巨体に暴れられると手も付けられない。


「夏目!小春ちゃん!逃げるぞ!!」


目を覚ましても女の言う事を聞いているだけならまだいいが、暴走気味なのは危険だと判断し名取は小春と夏目に逃げるよう言う。
小春を庇いながら妖から逃げていた夏目はそれに頷き、小春が斑を抱き上げ避難しようとした。


「大丈夫ですか!?」

「意識ありますか!?」


だが、小春と夏目は倒れている女に駆け付けた。
それを見て名取は『相変わらずだな、君たちは』と苦笑いをし、名取も女へ駆けつけ肩を貸し、夏目も名取に手伝う。


「どうする…流石にアレが地上に出るのはマズイぞ…」


少し離れた入り口付近に移動し、女の人をゆっくりと寝かせ、斑も降ろしてあげる。
先ほどまで元気だったが今では大人しく、小春は心配そうに斑を撫でる。
あの暴れる妖をどうしようかと相談していると…


「無様ですね」


的場の声が三人の耳に届く。
振り返れば的場は寝かされている女を冷たく見下ろしていた。


「祓い屋をやっていながらいをやっていながら妖怪に情を移して思慮に欠けた行いに走るとは…あげくにこれか」

「的場…ッ」


的場の棘のある言い方に女は悔し気に顔を歪ませ低く唸る様に的場の名を零す。
小春はその表情、そしてその憎しみの籠った声に思わず『しー…動いたら駄目です』と宥めるように女へ手を伸ばす。
小春の手が女の髪に触れ撫でると、不思議と女の高まった感情が抑えられた気がした。
悔しがるのは変わらないが、何も言い返さず顔を逸らす女に的場は女から小春へと目をやった。
的場が自分を見ているとは気付いていない小春は女の髪を宥めるように撫でていた。
しかしずっと見つめるわけでもなく、その視線はすぐに逸らされ的場は名取と夏目を見る。


「あの妖怪は使えない、うちは撤退する」

「!―――おい!あんた…!!」

「構うな夏目!ここは危険だから外に出なさい」


この騒動の原因は的場が仕えていた人間の妖を餌に使ったからであり、的場本人は関与していないとしても、頭首としてこの騒動を納める責任はあるはずである。
だが的場は責任感を感じさせず、更には危険な妖が外に出るかもしれないというのも気にも留めず、出口へ向かって歩き出した。
そんな的場に夏目は珍しく怒りを露わにするが、構うなと名取に宥められてしまった。
小春も兄の怒りに驚いているのか女を撫でていたその手を夏目に向けて手を握る。
祖父の友樹の血を継いでいる小春に触れられると落ち着きを取り戻せる気がし、夏目はまだ怒りを覚えてはいるが冷静になろうと思える余裕は出来た。
グッと妹の手を握る夏目と、兄の傍に寄り添う小春を見つめていた名取は立ち上がり後ろの暴れる妖へと振り返る。


「名取さん?」

「封印してみる…夏目は小春ちゃん達を連れて外に出てくれ」


立ち上がった名取に夏目と小春は見上げ首を傾げたが、名取の言葉に目を丸くする。
夏目は一人で封印しようとする名取に立ち上がる。


「そんな…!俺も手伝います…!!」

「何を…!」

「一人よりも二人でしょう!?」


名取は夏目と小春に危険な事をさせたくはなかった。
だけど夏目と小春も名取一人だけ危険な事をさせるのは嫌だった。
名乗り出た夏目に名取は断ろうとしたが、夏目の強い目に負けて手伝う事を承諾した。


「小春は先生とその女の人についててやって…」

「お兄ちゃん…」

「ごめん、小春…でも危険だから…」


留守番を任された小春は何か言いかけたが口を噤む。
兄である夏目は妹が何が言いたいのか分かっていたが、それでも頷くことはできない。
小春は自分も手伝うと言いたかったのだろう。
だけど小春も兄が決して頷かないのが分かっていたから言う前に口を噤んだのだ。
何も言わないでくれる小春に夏目は女と斑を頼み、名取と奥にいる妖の元へと向かう。
その後ろ姿を小春は見送るだけしかできなかった。

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