(4 / 8) 19話 (4)

朝。
小春と夏目は寒い中学校に行くため家を出た。
だからだろう…夏目と小春の『いってきます』という声とガラガラと玄関が閉められる音に猫がピキーンと目を光らせたことに二人は気づいていない。
気づいたことと言えば…


「あれ…」


小春はその日は兄と出会うでもなく一人で帰った。
家につき何気なく門柱を見ればまた門柱の文字が変わっていたのだ。
門柱の文字は以前は『肆』だったのが『参』になっていた。
妖の文字だから一日ごとに書き変えられるというのはおかしな話ではないが、だが意味の分からないものは正直はっきりせず気持ちが悪く感じる。


(今度は…『まいる』?この『参』って文字…『さん』とも読むよね………ん?『さん』?―――!、大字だ!)


一日ごとに変わるその文字を小春は何だろうと考える。
ただの落書きだったらそれはそれでいいが、妖が書いた文字と聞かれると少し気になってしまう。
それはもう性分としか言いようがなかった。
そして小春はやっと答えにたどり着いた。
『参』、とは大字…事典では『単純な字形の漢数字の代わりに用いる漢字である』と書かれており、その役目は主に他の漢数字や片仮名との混同、改竄による詐欺を防ぐためのものや、法的な文書(例えば戸籍や会計 、領収書や登記など)で用いられる。
小春のような若い人間や世代には少し無縁の物であったために気付くのが遅かった。
…いや、大字の数字を使わない小春が気づいただけすごいと言えよう。


(じゃあ最初見た『陸』は『6』で、『伍』は『5』…昨日の『肆』は『4』ってことで今日が『3』……これって…カウントダウン?なんのために?)


文字の意味は分かった。
だけどやはり妖が書いた文字だからか、カウントダウンしているその意味は分からない。


「小春?」

「お兄ちゃん…」


うんうんと悩んでいると兄が帰ってきた。
門柱の前で突っ立っている妹を不思議そうな顔で見つめ、『どうした?』と問う。
小春は先ほど分かった謎を兄に伝えた。


「カウントダウン、か…確かに言われてみればそうだな……でも…なんの意味があってこんな手間をかけた事をしてるんだ?」

「そこが私も分からないんだよね…最近は名前を返してもらいにくる妖もいないし…」


最近は静かな日常を過ごせている。
妖も頻繁に来るときは来るくせに、静かな時はぱったりと彼等の足取りは止まっていた。
夏目も妹と共にうんうんと考えていると…


「小僧、小娘」

「…!」


夏目と小春の傍に妖が突然現れた。
小春はその妖の声にビクリと肩を揺らし、夏目は小春を庇いながら弾かれたように振り向く。
そこには僧侶の姿をした男が立っていた。
小春はその妖に兄の制服をギュッと握ってしまう。
小春は妖に対して大分克服できたとは言ってもまだ恐怖はある。
それに突然現れたこの妖はいかにも怪しげで、夏目だって訝しみ怪しみ恐怖する。
怪訝とさせる夏目と小春に、妖は片目だけ露わにしているその目を2人に向けた。


「その文字が見えるのか…何者だ?」


その言葉に小春は恐怖よりも何かパズルのピースが合わさった感覚に襲われた。
それから少しだけ妖の彼への恐怖は和らぎ、小春は夏目の背中から顔を覗かせ、怪訝としながらも首を傾げる。


「これはあなたが書いたもの?」

「左様…お主達はこの家の者か?」


頷く妖に小春は『やはり』と思った。
カウントダウンをしていたのはこの妖だった。
多分最初の文字が掛かれた時、見たお客というのはこの妖だったのだろう。
だからよそ見していた隙に消えたのだ。
妖の問いに夏目が頷き、それを見て妖は2人から木へと目を移した。


「ならばそこの巣にあった卵を知らぬか?我が主があれの雛を御所望なのだ」

「御所望…って…」

「無論…―――食うのだ」

「…っ!」


木にあった巣の事は勿論知っているし、その中に残された卵も知ってる。
だけどなんだろうか…この妖に教えてはいけない気がした。
その勘は正しく、2人の耳に『食べる』という単語が入ってきた。
それを聞いて小春は兄の制服を掴んでいる手の力を入れる。
それに気づいた夏目はポンポンと妹の体に触れて一先ず安心させ、そんな2人に気付かず妖は説明を続ける。


「何でもその肉は類なきほど美味…絞った血は不老の効能があるという……ついにこの地に見出し、孵る日を量っていたのだが…あるべき場所に見当たらぬ……よもや卑しき人の身でありながら横取りしたのではあるまいな?」

「ま、まさか…」

「……その言葉、信じてよかろうな」


疑いの目が夏目と小春を射抜くように見つめる。
妖の言葉に夏目も小春も心臓の鼓動が早くなるが、夏目は悟られればあの卵は奪われ食べられてしまうと思い平然と装った。
装えたかは分からないが、この場は納得してくれたようで、妖は頷いた夏目をジッと見つめていたが『…妙な気を起こさぬことだ』と2人に言い残し風と共に去っていった。
夏目と小春は強い風に思わず目を瞑り、風が止み目を開けるとそこにはすでに妖の男は消えていた。
妖が消え、夏目は小春の手を引いて慌てて斑の元へと向かう。


「せ、先生!!今外に変な妖怪が…」


障子を開ければ本来いるはずの斑はおらず、タオルに巻かれている卵と、その傍には『限界だ、ちょっと呑んでくる』と書かれた紙が置かれていた。
しかも可愛らしい肉球の押印付きである。
最初その手紙を手に取ったのは小春だった。
小春は『もう…先生ったら…』と苦笑いを浮かべるだけだったが、夏目は顔を引きつらせていた。


「あの根性なしが…!」


小春から受け取ったその紙を夏目はぐしゃぐしゃにして部屋の隅へ投げ捨てた。
この場に斑がいればもやしの鉄槌が下っていただろう。


(渡したら…生まれたばかりで食べられてしまうのかな…)


小春は怒る兄を横目にそっと卵を手に取って耳にあてる。
すると中からトクントクン、と鼓動の音が聞こえ、まだこの卵が死んでいないのが分かった。
中にいる雛の鼓動を聞いて小春はこの子は本当に生きているのだと感じた。
生きようとしているのだ、と。
目を瞑り卵の鼓動を聞いていると小春の心は暖かい気持ちになった。


(ねえ…もう少し、生きてみる?)


そう心で問いても卵の雛から返事が返ってくることはない。
だけどそれでも、小春は卵が返事をしたように思えた。
小春はこの卵が愛おしくて堪らなかった。
まるで親鳥のように卵を守ろうと思った。


「卵は大丈夫か?」

「うん…生きてるよ」

「そうか…ならいいが…全く…先生め…帰ったら拳骨一発じゃすまさないぞ」

「でも先生にしては長く持った方じゃない?今日くらい許してあげようよ」


卵を守る様に抱く小春を見つめ、夏目は少しだけ落ち着きを取り戻し微笑ましく見守っていた。
小春に卵の無事を聞けば生きていると聞き夏目はホッとさせ、ポツリと斑への恨み言を呟き、それを小春がフォローした。
正直小春はここまで斑が持つとは思っていなかった。
案外世話好きなのか、それとも夏目のもやしパンチが怖いのか…斑は今日にいたるまで投げ出さずにいてくれた。
妹のフォローに夏目は負け、『まあ…そうだな…』と怒りを治める。


「た〜だいま〜」


その時、斑が帰ってきた。
斑は呑んできたというのもありベロンベロンに酔っぱらっており『天丼のブルース〜』と歌いながら千鳥足で夏目が投げ捨てた丸まった紙を抱きかかえて眠りについた。
恐らく酔っぱらっているため卵と間違えたのだろう。
それを見て夏目と小春はお互い顔を見合わせた後、吹き出して笑った。

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