あれからあの妖は姿を現さなかった。
その代わり門柱の文字が『参』が『弐』になり、そして『壱』となっている。
そして門柱の文字が壱に変わったその日の夕方…―――その時は来た。
「ん?」
夏目は既にお風呂を終え、今は小春がお風呂に入っており、夕食も食べまったりしていた夏目の耳にコツンと何かの音が届いた。
ふと卵の方を見て見れば、新聞を見ている斑がしっぽでポンポンと宥めるように叩いている卵がゆらゆらと揺らいでいるのが見えた。
その卵に気付き横になっていた夏目は体を起こし座布団の上にいる卵を見降ろしそっと近づき耳を傾ける。
やはり激しく動いていた。
「先生!卵が…!」
「何!?ヒヨコヒヨコ!!」
コツコツと何かが中から突っつく音に夏目は顔を上げる。
あわあわとさせる夏目をよそに斑はワクワクしながら夏目の肩に移動しヒヨコが生まれるのを待つ。
「あ!小春…!!小春呼ばなきゃ…!」
「今小春は風呂に入ってるだろ」
「ああ!そうだった!!どうしよう…!!」
「ええい!落ち着かんか!!」
卵を見つけて、卵を一番気にしていたのは小春だった。
孵るのを楽しみにしていたのも小春だった。
その小春がいないこの時に限って卵が孵りそうになっていた。
あわあわと慌て部屋をあちこち歩き回る夏目に斑は一喝する。
一応距離感ほぼゼロ兄妹とはいえ男と女…流石に夏目が小春を呼びに行くのはどうかと思い斑が向かえに行った。
「私が言ってきてやるから卵が孵らぬよう見張っておけ!」
「わ、分かった!」
多分、斑も混乱していたのだろう。
無茶難題の類に入る斑の言葉に夏目は卵を監視するようにじっと見つめる。
するとペキ、とヒビが割れた。
『あ、割れた』と思ったその時、ドタドタと音を立て誰かがこちらに向かってくるのが分かった。
それに卵から顔を上げたその時――――体をタオルで巻いただけの小春が駆け込んできた。
「お兄ちゃん!!生まれた!?」
「大丈夫だ!まだ生まれてはいな…いいい!?」
小春は出ようとした時に斑から報告があったらしい。
そのままタオルを撒き一直線に部屋に来たらしい。
いくら肉親とはいえ妹の裸を見てはいけないと思い夏目は目を瞑って顔を手で覆った。
斑もいつもなら『眼福眼福』と夏目に殴られる事を思っていただろうが、雛が孵るかもしれない混乱から『こ、こら!小春!!ちゃんと服着なさい!!』と父親っぽい事を言っていた。
小春はよっぽど楽しみにしていたのかまだ髪も拭っておらずポタポタと垂れており結んでもいなかった。
「小春!?おま…!なにして…!?早く戻って着替えこい!」
「あ!殻が落ちた!」
「人の話を聞け!」
卵が産まれるかもしれないという事に夏目の言葉に聞く耳を立てていなかった。
濡れているのを気にもせず小春は卵の方へ駆け寄る。
注意しようとする夏目だったが、嬉しそうな妹の顔を見てしまっては注意できず、仕方なく自分のタオルで髪の水分を拭ってやる。
「がんばれ…!」
コツコツと自分の力で卵の殻から脱出しようとする雛に小春は声を掛ける。
驚かせないように小声で応援をする妹を夏目は微笑ましそうに見つめ、髪の毛を拭ってやった後夏目も隣で卵を見守り、その背に斑も乗って美味しいかもしれないという雛の誕生を待っていた。
するとピカーッと光りだし小春達は目を開けれず瞑ってしまう。
「……え?」
三者共に殻を破り出て来た雛を見て呆気に取られた。
殻から出て来たその雛は…
「へくちっ」
人の形をしていた。
小春も夏目も斑も…すっかり鳥の雛が孵ると思っていたため呆気に取られ三人とも固まっていた。
しかし雛のくしゃみに三人はハッと我に返り慌てだす。
「う、産湯!産湯!!」
「タオルタオル!!」
あわあわと産湯とタオルを用意するため三人は慌てて一階に降りる。
その際小春は着替えていなかった事を思い出した兄に脱衣所に戻らせ着替えさせる。
本当はもう一回お風呂に入って冷えた体を温めてほしいところだが、一番卵を気にかけていた小春がそれを素直に言う事を聞くわけもないのを知っているためとりあえず着替えさせた後で暖かい物でも飲ませようと思った。
着替えるように言われた小春は脱衣所に消え、その間に夏目と斑は産湯とタオルを用意した。
「こやつ、恐らく『辰巳』という妖の雛だ」
小春も着替え終え、雛も産湯も終え箱にタオルを敷いた簡易の巣のような場所にハンカチで体を包ませて雛を置く。
小春は指でちょいちょいと雛と遊び、夏目が机に向かい数枚のハンカチで着る物を作っていた。
すると小春と一緒に雛を見ていた斑がポツリと零す。
「たつみ?」
「鳥と龍に近い妖で自分達では子育ってをしない…だから数も少ない…雛は孵って最初に見た生物の形に変化するらしい…ある程度まで育ててもらったら本来の姿となり旅立っていくと聞いたことがある」
その雛はどうやら妖らしい。
まあ鳥の卵から出て来たのが小さな人間のような生き物、その頭には角のようなものが生えているので普通ではないのは分かっていたが、やはり妖だった。
辰巳と呼ばれたその雛は本当に人を人形サイズにしたような形をしており、それは最初に見たのが夏目と小春だったかららしい。
それを聞いて卵から人型の雛が生まれたことに納得した。
きっとあのまま親鳥が育てていれば、辰巳の雛は鳥の姿になっていたのだろう。
「へえ…じゃあ先生を先に見ていたら………お前、本当によかったな」
「どいう意味だおい!夏目!こら!!」
辰巳が小春と夏目を最初に見たから人型になった…が、もしも斑を最初に見ていたのなら……夏目は心底最初に見たのが自分たち人間でよかったと思った。
カチンと来た斑がプンスカと怒っているのも気にも留めず、夏目は出来た服を小春と遊んでいる辰巳に着させる。
夏目が作ったのは簡単にだが着物だった。
小春が着させたいというので渡し、包んでいたハンカチを脱がせて『お着替えしましょうね〜』と言いながら優しくゆっくりと着物に着替えさせるのを夏目は見守る。
最近妖との関係が修復の兆しを見せているが、どこか元気がないのを夏目は気づいていた。
恐らく小春も自分と同じく的場のような強引な祓い人に対して何か思う事があるのだろうと夏目は思う。
だからこうして久々に妹が楽しそうにしている姿を見るのは夏目としてもとても嬉しく思う。
「何日でぐらい育つんだろう」
「さあな…辰巳の成長は早いと聞くが詳しくは知らん」
「何食べるんだろう…ミルクとかで平気かな?」
「案外人肉かもしれんぞ〜?」
斑も『可愛い可愛い』とはしゃぎ辰巳の雛を可愛がる小春を暖かな目で見つめていた。
若干嫉妬しないでもないが、それよりも楽しそうにする小春を見ていると心が安らぐのだ。
両者共に小春と辰巳の雛を温かく見つめながら話していると、辰巳の雛が斑のしっぽに噛みつき斑が『にぎゃあ!』と痛みで声を上げ、夏目が『ああ、こら!腹壊すぞ!』と抱き上げた。
「何たる恩知らず!このマッチ棒より私の方が親のようなものだぞ!!」
温めたのは主に斑であり、まあ、それを言われれば親のようではある。
小春は『確かに』と、マッチ棒ではなく『親』という所で納得はしたのだが…
「マッチ棒とはどういうことだ、先生…」
夏目は親よりも『マッチ棒』という言葉に反応した。
手に余るほどしかない大きさの辰巳の雛を笑みを浮かべてそのまま小春に返した夏目だったが、小春が受け取り膝に座らせたその瞬間―――カーンとリングの音が鳴り響き、2人の取っ組み合いが始まった。
「マッチ棒だからマッチ棒と言っただろう!」
「よくも言ったな!!豚猫!」
「こら!マッチ棒!!」
「ああ!もう!お兄ちゃんもニャンコ先生もやめてよ!」
喧嘩はいつもの事だが、やはり止めるのもまたいつもの事である。
しかし今は膝の上に辰巳の雛がおり、その雛が小春の膝の上で二人の喧嘩を楽しそうに手を叩いて笑っていた。
それを見て小春は苦笑いを浮かべ、仕方ないので収まるまで待つことにする。
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