「軽率、だったのかな…」
朝、小春と一緒に登校していると隣を歩いていた小春がぽつりとつぶやいた。
その言葉に夏目は小春へ目をやり、小春はしょんぼりとさせとぼとぼと歩いていた足を止めた。
俯く小春に振り返り夏目も立ち止まる。
「何がだ?」
「…気紛れで拾うなんて…」
小春が悩んでいたのは辰巳の雛の事だった。
小春は妖でも何でも、雛が生きようとして孵ってくれた事に嬉しく思った。
あの子がどんな形であれどんな種族であれ、自ら生きようとしてくれたことには間違いはない。
あのままならきっと雛は死んでいた。
だけど小春が雛を拾ったのは所謂気紛れというもの。
雛が一匹捨てられたからただ拾っただけの事。
雛が可愛いのは確かだが、それでもたかが人間が気紛れで命を拾った事に小春は少し軽率だったかもしれないと思った。
「小春…」
「龍の事なんて人には分からない…でも人の事も龍には分からない…そんなの分かっているはずだったのに…」
妹のその言葉に夏目も何か言わなければと思ったが何も言えなかった。
夏目は兄ではあるが、妹のその言葉にすぐに答えられるほど出来た人間ではない。
だけど放ってもおけなかった。
しょんぼりとさせる小春の頭に夏目は手袋を外しそっと手を伸ばす。
軽くポンポンと叩かれ小春は俯いていた顔を上げて兄を首を傾げて見る。
「俺もその答えなんて分からないけど…だけど、卵は孵ったじゃないか…雛は小春の想いに答えてくれた…だったら、小春もその雛に答えなきゃ駄目じゃないか?」
「…答える…」
「そう…生きようとしなきゃ雛は卵の殻を割って出てこなかっただろ?なら生きようとしてる雛を守るのが俺達の役目だと思うよ」
「お兄ちゃん…」
夏目は小春が悩んでいる事に対しての答えは分からない。
だけど小春も夏目も…気紛れでも何でも、必死に生きようとしている雛に手を差し伸べた。
だから雛は小春や夏目、そして斑を親として好いてくれている。
だったら雛が一人前になれるよう見守る親になるのが当たり前だと夏目は思う。
考えすぎて目の前が真っ暗になりかけた小春は兄のその言葉にパッと開けたような気がした。
『そうだね…』と零し笑みを浮かべる小春に夏目はホッと胸を撫で下ろす。
****************
小春は途中で夏目と会い一緒に帰宅する。
家の玄関を開ければふわりと甘いいい匂いがした。
「おかえりなさい、貴志君、小春ちゃん!丁度いいところに帰ってきたわ!」
匂いが気になって台所へ向かうと塔子が机に皿を置いていた。
小春と夏目の姿を見ると嬉しそうに笑みを浮かべ、小春も夏目もその笑みに釣られて笑う。
丁度いいところに、という塔子の言葉に二人は顔を見合わせ首を傾げる。
そんな小春達をよそに塔子は先ほど置いた皿をもう一度手に取り二人に差し出す。
その差し出された皿を見るとその皿にはたい焼きが乗っていた。
「わっ…美味しそうなたい焼き…」
「本当?ね、じゃあ、食べてみくれる?」
塔子の言葉に少し引っかかるものがあるものの、小春と夏目は期待した目で見つめてくる塔子に少し気恥ずかしさや緊張に似たものを感じながらそっとそれぞれたい焼きを一つ持って口に入れる。
頭から食べる二人だが、まだ頭ではあんこには届かない。
だけどすぐにあんこが見え、2人はまた一口齧った。
するとあんこの丁度いい甘さが口に広がり、周りの生地も硬すぎず柔らかすぎず粉っぽくもなく美味しかった。
「美味しいです」
「あんこの甘さはどう?」
「あんこも丁度いいです…甘すぎなくて飽きないかも…」
2人の感想に塔子は『本当?うれしい!』と喜んで種明かしをする。
塔子は嬉しそうな笑みを浮かべコンロへと指差す。
「あれ、頂いたからちょっと頑張ってみたの!」
そういう塔子の指差す方には、二匹ずつ作れるたい焼き機があった。
手作りだと思わせない出来のいいたい焼きを食べていた小春と夏目は驚いた。
でも確かに先ほどの塔子の言葉は買って来たものとは違った言葉をしていた。
手作りと知り二人がもう一度口に含み美味しいと感想をするとやっぱり塔子は嬉しそうに笑った。
「もう一つ貰ってもいいですか?」
夏目は雛の分も、と机に置いてあった出来のいいたい焼きが乗っている皿の傍にある、布が被さっている皿へと手を伸ばす。
それに塔子は慌てるも時すでに遅く…布を剥がせばあんこが飛び出ているいびつなたい焼きが何個も皿に乗っていた。
それを見て塔子は恥ずかしそうに『失敗しちゃって』と笑う。
だから、と出来のいい皿を塔子は差し出した。
やはり親心から綺麗な方を食べてほしいらしく、夏目も小春もそれを無下には出来ずお礼を言ってたい焼きを受け取り、小春が飲み物を持って二階に上がる。
皿ごと受け取ったので皿にはあと三枚乗ってあり、出来立てなのかまだ暖かかった。
早く雛にも食べさせてあげたくて小春の足は少しだけ早く、それに夏目は笑みを浮かべた。
しかし、部屋の障子を開けたその時―――目の前に広がる光景に二人はギョッとさせる。
「わっ!なにこれ…!」
「散らかり放題だな…」
目の前にはいつも整頓されている部屋ではなく、千切られた紙が散らばっていた。
学校に行く前は綺麗だった床が一面紙だらけ二人は驚く。
中に入りまず確認したのは雛の姿。
しかし隅に置いていた簡易の巣には雛の姿がなく、小春は慌てて部屋を探す。
「どこいったの?出ておいでー」
「ひなー?どこだ?」
夏目も一緒になって探すが、正直ちょっと『まさか先生に食われたんじゃ…』と懸念していたが、あえて言わないでおくことにする。
確証もないし、斑も小春が雛を可愛がっているのを知っているので無闇矢鱈に食う事はないだろうと思い、そしてあえて妹の不安を仰ぐこともないだろう。
すると小春のスカートをクイクイと引っ張る小さな影を見つけた。
「あ…もう、どこに行ってたの?心配したんだよ?」
服を引っ張られ小春も気づいたのか振り返り、コツンと指で軽く突っついて咎める。
それを遊んでいると勘違いしているのか、雛は楽しそうな笑いを零しながら笑顔を浮かべていた。
その笑みを見ていると小春も釣られて笑みを零す。
雛はきゃっきゃ言いながらまた小春のスカートを引っ張る。
「どうしたの?」
そう問いても雛は喋れないから何も伝えられない。
雛はまた小春のスカートを引っ張り、今度はどこかを指を差しトトトとその方へ走る。
走っては止まって小春と夏目に手招きをし、また走っては止まって二人に手招きをするのを繰り返し、それに小春と夏目はお互い顔を見合わせる。
「なんだろう…」
「さあ…何か見つけたのか?」
どうやらついてきてほしいらしく、それを察した小春はコップを、夏目はたい焼きの皿を置いて小さな雛について行く。
ついた先は遠くはなく、部屋の隅だった。
そこには壺のような形をした紙の塊があった。
「なんだ、これ…ひょっとして巣か?」
「巣?…もしかしてこの散らかってるの…この子が巣を作るために?」
それは恐らく雛の巣。
そして床一面に広がる紙くずは巣を作る時に出たゴミなのだろう。
雛はその巣によじ登り中に入りひょこりと顔を覗かせる。
それが可愛くて小春と夏目は思わず和んでしまうが、雛はまだ手招きをしていた。
どうやら夏目と小春をその巣の中に招待したいらしい。
自分で作った巣を親である小春と夏目を最初に招待したいらしい雛に小春は純粋に『可愛い』と思った。
しかし、残念ながら二人は中に入る事は出来ない。
「ごめんね…せっかく作ってくれたのに私達は一緒に入ってあげられないの…でも、よく出来たね」
小春達の大きさではその巣に入るどころかつま先を入れれば壊してしまう。
申し訳なさそうに小春は断り、しかし一人で巣を作った事を褒めて撫でてあげれば雛は小春に撫でられ喜んでいた。
小春に撫でられた後、夏目も謝ったあと褒めて撫でてあげれば小春と同じく雛は喜んだ。
雛がただ笑ってくれるだけで二人もまた嬉しくなっていく。
気紛れで拾った命だが、それでも純粋に慕って笑みを向けてくれるその存在は小春にとっても、そして夏目にとっても大切な物になっていた。
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