(2 / 12) 20話 (2)

目的地にはバスと電車で向かう予定だった。
駅までのバス停に集合する事になっており、小春と夏目はまだ時間に余裕があるが楽しみというのもあって小走りになっていく。


「夏目ー!小春ちゃん!」


バス停に行くと西村達がすでについていた。
どうやら自分たちが最後のようで、それを謝りながら西村達に駆け寄る。
小春は友人である奈々の下へと駆け寄るも、奈々は機嫌があまりよろしくなかった。


「えっと…どうしたの、奈々ちゃん」

「どうしたもこうしたも…なんでこいつがいるわけ?」


奈々の機嫌の悪さに小春が困惑気味に問えば奈々は先輩達に聞こえないように小声で答えながらある人物へと指さす。
それは今も田沼の横をキープしている音羽だった。
音羽は田沼の前だからか猫かぶりをしており、ニコニコと笑顔を浮かべ、美女に弱い西村と北本(特に西村)がデレデレとしていた。
奈々の言葉に『相変わらずだな〜』と苦笑いを浮かべ音羽が参加する経緯を話しながら、宥めた。


「ま、まあまあ…せっかくの合宿なんだからそんな怒っちゃ楽しいことも楽しくないよ?」

「…まあ…そうだけどさ…」


小春の説得も何とか届いたが、ブスッとした顔はそのままだった。
とりあえず納得してくれたのは確かで、それにホッとしながら小春は苦笑いを浮かべる。
音羽は音羽で田沼しか見ておらず、ギリギリ夏目兄妹を視界に収めており、田沼と一緒にいられるのに上機嫌だった。
チラリと音羽の手を見るとまだ包帯が張られていた。
あれから結構の日にちが経っているが、やはり爪を剥いだとなると中々治るのも難しいのだろうと思う。
そうこうしているとバスが到着し、7人はそれに乗り込む。


バスを乗り継ぎ、ついた先には大きな池があった。
その池の中央には長い橋がかけられ、それを抜けて少し歩いた先に予約を入れた旅館に着くはずである。
いつもの三人に田沼も加え、男性陣は楽しそうに会話を広げていたのだが…


「…………」

「…………」

「…………」


女性陣は無言だった。
それもこれも一人も友達のいない音羽を気遣い田沼が『いつも俺とばっかりいるから友達ができないんだぞ?これもいい機会だ…小春ちゃんのお友達とも仲良くなれるかもしれないな』と音羽からしたらありがた迷惑な事を言ったからである。
それは田沼が音羽を追い払うために言葉ではない。
田沼は田沼で音羽を心配していたのだ。
それが分かっているから音羽は言い返せず、むすっと膨れていた。
口をへの字にさせ男性陣と小春と奈々の間で歩く音羽を小春は困ったように見つめた。
すると音羽が不意に立ち止まり右へと顔を向け池を見た。


「…ちょっと…止まらないでくれる?」

「音羽さん、どうしたの?」


以前は音羽を苗字で呼んでいたが、以前田沼に怪しまれないようにと名前で呼べと言われてから小春と夏目は音羽を名前で呼ぶようになった。
最初こそ慣れずに小野寺と呼びかけたがその度に鬼ですら怯む威力を持つ鋭い目で睨まれ続け、今ではすらりと呼び間違えることはなくなった。
そんな音羽は今、じっと藻の多い池を見つめていた。
奈々は音羽の全てが気に入らないため苛立ちを隠さず注意し、小春は音羽の視線の先になにかあるのかと思い音羽の視線を伝って池を見た。


「…!!」


そこには黒い影が映っていた。
人のような、魚のような……不気味な影が小春が見た時丁度夏目や小春達がいる橋の下を通った。


「うわぁ!!」

「ぎゃあ!夏目!?」


それは夏目も見たのか小春は音羽のおかげで気づいたときは驚くも声を大にして驚くことはなかったが、夏目は心の準備もなく自分たちの足元を通る黒い影を見たため驚きのあまり西村にぶつかってしまった。
ぶつかった拍子に西村は柵も何もない橋から落ちそうになり、それに慌てて田沼が手を引っ張って救出する。


「夏目?どうした?」

「…人が泳いでる…」

「人?どこだ?」


夏目の驚きように問いかける田沼だったが、夏目の言葉に池を見る。
その池は藻が繁殖しているのもあって綺麗とは言い難いが、汚くもない。
入りたくはないが、入ってしまっても『濡れちゃった』と思うだけの池だった。
汚さはないがいくら真冬ではないとはいえ池に入る人間はそういないだろう。
そう思って夏目を見たが、夏目の顔色が蒼くなっているのを見て田沼はピンと来た。


「…妖か?」

「…多分」


こそりと北本と西村、そして奈々に気付かれないよう小声で問うと、やはり夏目は頷いた。
夏目の頷きに『じゃあここから早く立ち去った方がいいな』と零し、不思議がる北本と西村を誤魔化し先を急がせた。
田沼の誤魔化しを見破る事なく北本と西村は旅館へと歩き出した。
田沼の後を夏目も続こうとするも妹が心配で振り返る。
小春も池を見ており、同じものを見たのだと思ったがどうも様子がおかしかった。
音羽はもう興味を失ったのか田沼が離れるのを察したのか夏目を追い越し田沼達を追うが、小春はじっと池を見る。
奈々も夏目と同じく小春の様子に気付いたのか小春に声をかけるも小春は奈々の声など聞こえていないようにじっと池を見つめていた。


「小春?どうした?」

「……………」


その池を見ている小春の様子が気になって夏目も妹の下へと歩み寄って声をかけるも小春の反応は変わらない。
池になにかあるのかと妹の目線を伝っていけば―――


「…!!」


池の水面に顔が覗かせていた。
顔と言っても見えるのは顔半分も見えないが、それでもそれが異形だと夏目はすぐに分かり、そしてその異形に小春が惹かれているのも分かった。
夏目はその異形から小春へ目を向けた。
だが小春はまだ池を…あの異形を見ていたがふと足が一歩踏み出した。
夏目はそれを見て咄嗟に妹の手を取った。
それでも小春は夏目を見ようともせずまた一歩足を踏み出した。


「小春!?どうしたの!?」


まるで池に飛び込もうとしている友人の姿に奈々は戸惑う。
夏目のように咄嗟に手を取るもやはり小春は夏目も奈々も見ようとしなかった。
一種の催眠状態であろう妹に夏目は小春の手を握り無理矢理体を自分の方へと向けさせようとした。
その時…


「いい加減にしなさい、私を怒らせたいの」

『…………』


先に行っていたはずの音羽がその顔を覗かせる異形に声をかけた。
不機嫌な声に異形はチャプンと音を立て池の中に戻っていき、その瞬間小春も返ってきた。


「あ、あれ…お兄ちゃん…奈々ちゃん?」

「!、小春…っ!気が付いたの!?」

「小春…おれが分かるか?」

「?、うん…お兄ちゃんはお兄ちゃんでしょ?」

「…そうだな…よかった…」

「??」


異形の者が池に戻った瞬間、小春の意識も戻り前方を歩いていた兄がいつの間にか目の前にいて手を握っているのを見てキョトンとなった。
あの無反応の妹からいつもの様子の小春を見て夏目はホッとさせ、妖が見えない奈々からしたらよくわからない展開だが、どうやら池に飛び込むのを防げたとホッとさせる。
夏目は音羽にお礼を言おうと振り返り、『ありがとう』とお礼を口にすれば池を見ていた音羽はチラリと夏目と小春を見て手を挙げるそぶりを見せただけで何も返さず田沼を追って歩き出した。


「おーい!夏目ー!小春ちゃーん!奈々ー!!おいてくぞ〜!」

「今行く!」


その返しがなんとも音羽らしくて夏目は苦笑いを浮かべていると、夏目達がついてきて来ていないのに気付いた西村が手を振って待っていてくれた。
奈々だけが呼び捨てなのは、西村と奈々がはとこだからである。
西村の祖父の妹の孫が奈々で、奈々と西村の家は隣だった。
因みに言えばその反対側の西村の隣はリンである。
西村とリンと奈々は所謂幼馴染と言ってもいい付き合いの長さで、幼いころから三人は仲が良かった。
大きくなって昔みたいに一緒に遊ぶことも少なくなったが、会えば親しく会話したり休日に一緒に買い物をしたりとまだまだその仲の良さは衰えてはいない。
夏目は西村の声に手を振って返し繋いでいる妹の手をそのままに歩き出す。
小春は記憶が一瞬ポッカリと無くなっているような気がし、そして奈々と夏目の様子にまた何かあったのだろうと心配させた事にしょんぼりとさせる。
そして何となく池の方へと振り返るが……そこには何もなかった。

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