夏目達は少し早く旅館についた。
旅館は大きくはないが、立派だった。
「ごめんくださーい」
声をかけるが、中から人が出てこず、中に入れば玄関に『いらっしゃいませ 一回突き当りの竹の間でお待ちください』と書かれた紙が置いてあった。
留守らしく、夏目達は勝手に中に入っていいのかと思いつつも靴を脱いで『竹の間』へと進もうとした。
すると夏目の耳に水音が聞こえ、小春のこともあって水音に少し敏感になっている夏目はその音の方へと向ける。
窓からは立派な庭が広がっており、大きな池があった。
「池…ここの庭にもあるんだ…」
「当然だ、この辺りは人魚伝説を残す土地であちこちに沼や池がある」
「へー…人魚…………―――ってうわっ!!」
旅館にはよく池などある場所があるが、先ほどの事もあって不意に思った事を口にした。
それに答えたのは…田沼達でも小春でもなく…―――置いてきたはずの斑だった。
ニョキッと夏目のカバンから顔を出した。
夏目が驚くのを見て小春は夏目に気付かれないようにこっそりとカバンに入ったんだなと驚く兄をよそに冷静に分析する。
勝手についてきた斑に夏目は驚きの声を上げる。
しかしその次の瞬間夏目の拳が斑の頭に振り下ろされた。
妖力が高い夏目のパンチは体や体力がもやしレベルなのだが、妖に対しては結構有効である。
それは斑が実証している。
「あ、夏目んちの猫」
「密航かよ」
もはや斑は夏目の友人たちにはお馴染みの猫らしく夏目に懐いているとしか見ていないためついてきたのに驚きはない。
田沼も『ポン太だ』とだけ呟き驚きはない。
音羽は基本田沼以外興味がないため斑の存在に気付いてもなんの反応もなく、小春は密かについてきて怒り狂い斑の頬を摘まんで伸ばす兄を『まあまあ』と慣れた手つきで宥めていた。
ただ唯一、片手で数えるくらいしか会っておらず斑に親しみがない奈々だけは驚いていた。
「あらあらごめんなさい…到着まで時間があると思って留守にしてしまったわ」
ぐにーん、と陶器なのにのびる頬を思いっきり伸ばしていると、旅館の人らしい年配の女性が帰ってきた。
まだ先に進んでおらず玄関からも夏目達の姿が見えるため女性は夏目達の姿を見て留守にしていた事を謝りる。
「お邪魔します」
「さあさあ、お部屋へ……」
女性は靴を脱ぎ夏目達を案内しようとしていた。
しかし不意に夏目と目と目があった女性が動きを止め、自分をじっと見てくる女性に夏目は首を傾げた。
「あの…なにか?」
「…いいえ……ああ、紹介が遅れてごめんなさいね…私は千津と申します…楽しんでいってくださいね」
自分を無言で見つめてくる女性に問うと女性はハッと我に返り笑って誤魔化し、名乗ってから夏目達を部屋へと案内する。
夏目達はまず勉強をしようと二年生と一年生で別れて席につく。
「あれ?これ、どういうことだ?」
「ああ、それ?俺も謎」
「俺も」
「じゃあ問い3は謎な」
2年組が早くも謎が生まれながらも、1年組は真面目に進めていた。
否、2年組だって不真面目ではないのだろうが…生憎ここには問い3が分かる者がいなかったための不運である。
小春も勉強が得意というわけではなく、2年組と同じく謎が出てきた。
うーん、と悩んだ末教えてもらうことにした。
「ね、奈々ちゃん…これ教えて…」
「あー…ごめん、それ私も分からない…」
「そっか…」
奈々も成績は悪くはないが良くもない至って普通の方である。
だから分からない部分もあり、その謎の部分は2年組に続き1年組も生まれたらしい。
のだが…
「どこよ」
「へ?」
「どこ分からないわけ」
音羽が声をかけてきた。
どこと言われて小春は次の問題に移ろうとしたとき音羽の言葉に顔を上げた。
音羽はむすっとしており機嫌が悪く見える。
小春の怖いものリストのトップに君臨している人物に不機嫌そうな顔を見せられ小春はビクリとなってしまう。
その反応に音羽は心外そうに更にむっとさせ『だからどこだって言ってんのよ』と声を低くする。
小春は『お、怒ってる…』と思いながらチラリと兄と田沼を見る。
音羽は田沼に対しては天使だから当然田沼にバレないよう小声で呟き田沼から見えないよう2年のテーブルに背を向けていた。
この時小春は理解した…田沼には天使対応するはずの彼女が田沼の姿が見えない場所に座ったのを見て『あれ、なんで田沼さんに背を向けるんだろう』と疑問に思っていたが、小春は理解した…彼女は本性を見せたくないからわざわざ背を向けたのだろうと。
『ぬ、ぬけめない…』と思いつつこれ以上怒らせると面倒なのでおずおずと『ここ…』と分からない問題を指さした。
小春の宿題を覗き込み指さされた問題を見て音羽は『これは…』と説明してくれた。
その説明を奈々と小春はふむふむと頷きながら聞く。
その問題は音羽のおかげで解くことが出来た。
「音羽さんって勉強できるんだね」
「……それって私あんたに馬鹿だと思われたってわけ?」
「えっ!あ、いや…そうじゃなくて…」
「あんたいつもツンケンしてるから腹が立つのが勝っちゃって勉強できるかできないかなんて考えた事なかったわ」
「な、奈々ちゃん…」
小春としては驚いた言葉だが、音羽としては嫌みに聞こえたらしい。
それを慌てて否定したが、音羽と折り合いの悪い奈々が本音をポツリと零した。
悪びれもない様子の奈々に小春は慌てたが、いつもなら鬱陶しそうな反応を見せたり徹底して無視をするのだが、この時は違い、音羽は鼻を鳴らす。
勿論田沼達に気付かれないように小さくだが。
「要と一緒にいるために必要だったのよ」
鼻で笑ったことに奈々は怒っていたが、音羽の言葉に奈々は呆気にとられた。
音羽が田沼に想いを寄せていると知っている小春は健気な音羽に微笑ましそうな表情を浮かべていたが、奈々は『要』という人物を知らず首をかしげていた。
田沼の名前を知らないため、田沼と要が一致しないのだろう。
「小春、先生借りるぞ」
「え?あ、うん…」
勉強もそこそこに切り上げ夕食が出来る間夏目達は談笑したり遊んだりしていた。
夏目は勉強道具を仕舞った後、斑を抱き上げ小春に一言言ってから部屋を出る。
ついて行こうと考えたが、『来い』とも言われていないため小春はなんとなくついて行こうかと問うのもやめ、奈々と楽しくお喋りをしていた。
しかし気になるのかチラチラと兄が出て行った扉を見ており、そんな小春を田沼の隣に戻った音羽は横目でただ見つめるだけだった。
****************
夏目は斑を腕に抱き上げて廊下に出た後小春がいる部屋から少し離れた場所に移る。
「どうした、夏目?」
呼び出されたも同然の斑は夏目に問う。
「先生…今日、ここに来る前に池があったんだが…その池に変なのがいてさ…」
「変なの?妖か?」
「多分…姿は頭しか見えなかったから分からないけど……その変なのに小春が連れて行かれそうになった」
「なに!?それは本当か!」
「ああ…催眠術みたいに心ここにあらずって感じで俺の声も奈々ちゃんの声も聞こえないみたいで無心であの池に飛び込もうとしていたから…多分…」
斑の問いに夏目は答え、今日あった事を話す。
それはここに来る途中にある池での事だった。
変なの…恐らく妖だろうそれに小春が連れて行かれそうになった。
催眠のように兄の声も奈々の声も聞こえない様子をまだ夏目は覚えていた。
あの時の恐怖も勿論覚えている。
あの時、音羽が止めなければきっと小春は夏目の制止も止めずあのまま池に飛び込み妖に連れていかれていただろう。
そう思うと今更ながらぞっとしてしまう。
「友人帳目的か…友樹と関係のある者なのか…それとも小春の妖力に惹かれた者か…」
「それは分からないけど…だからさ、先生…小春の傍にいてやってくれないか?田沼もいるって言っても西村や北本もいるから小春ばかり気にしてやれないと思うし…小春も俺ばっかじゃなくて友達の奈々ちゃんといたいだろうし…」
「馬鹿もの…私がなんのために密航してまでついてきたと思ってるんだ?」
「そりゃぁ…友人帳のためだろ?」
「愚か者!確かに友人帳もだが私がついてきたのは―――小春を守り将来妻にするためだろうが!!」
『このばかちんが!』、と零す斑に夏目はニッコリと笑いガシリと頭を鷲掴みしいつものように吊るす。
そのいつも通りの斑に夏目は不安が少しだけ拭われた気がした。
3 / 12
← | back | →
しおりを挟む