憶測だが、友人帳狙いということは夏目だけではなく小春も危ないという事である。
家ならば兄妹くっついて寝るなどして備えれるが、タイミング悪く今は合宿。
男部屋と女部屋と別れて取っていたため当然夏目と小春は別部屋となる。
寝る前に小春に気を付けるよう言い、そして小春にお兄ちゃんもね、とも言われながら夏目と小春は別々で寝ることになった。
勿論、斑は小春の方へと行って貰ている。
(小春とは別で寝るのはいつぶりだろうか…)
枕が変わったら眠れない、という訳ではないが初めての友達と旅行という事で中々寝付けなかった。
天井を見ているとふと小春と別々に寝る事について考えた。
小春と別々に寝るのは久々ではない。
小春と別々に寝るのは巳弥の時以来だろう。
(あまり…小春と別で寝るのにいい思い出はないんだよなぁ…)
いい加減寝ないと明日起きれないと思い目だけつぶる。
目を瞑っていればいつか眠れるだろうと思っての事だが、考えるのはやはり小春の事。
小春離れて眠るのは懐かしいなぁ、とか久々だなぁ、とか懐かしむ思い出は一切ない。
小さい頃から仲の良かった夏目と小春は両親が死ぬまでずっと一緒に寝ていた。
まだ両親が健在の時に小春の全ては影鬼に奪われていたが、両親はベットに縛り付けるなんてしなかった。
だけど両親が亡くなれば小春は親戚に病院に軟禁され、夏目はたらい回しと…血の繋がった兄妹なのに一緒にいられる時間は皆無だった。
そして、最後に別々で眠っていたのは…少し前の時。
フリーマーケットで小春がある一枚の絵を貰ったあの時。
妖の巳弥が絵に描かれた小さな人物を当時姿を隠しながらも仲を深めていた人間の矢坂だと思い込み連れ歩いているにつれて妖力を持ったその絵に小春の妖力を吸われ体調を崩したときがあった。
藤原夫妻には風邪だと言って誤魔化したために小春と夏目は並んで寝ることはできなかった。
小春も夏目も…久々の一人寝に随分と寂しかった記憶があった。
だから夏目はあまり一人で寝るのは好きじゃなかった。
隣に友人たちがいるが、その隣が妹でなければ意味がないのだ。
それを話せば『シスコンだな〜』と笑われそうである。
(…いや…笑われるのはまだいい方か…下手したら誤解されそうだな…)
今でも兄と妹の距離が異常だと思われているのに、これ以上の誤解は勘弁してほしいと思った。
自分はいい。
自分は何を言われても我慢は出来るが、小春にはそんな思いをさせたくはなかった。
小春には楽しく幸せで暖かな世界で生きてほしいのだ。
――……せ
ゆくゆくは安定した職に就いている男性と結婚し幸せになってほしい…とまるで父親のような事を思っていると…外から窓を叩く音がした。
夏目は瞑っていた目を開けて窓へと顔を向ける。
窓には黒い影が浮かんでいた。
それに驚くことなく夏目はげっそりとさせる。
――よこせ
「…何を」
――『友人帳』
前触れはいくつもあったため心構えをしていたおかげか驚くことはなかった。
『よこせ』と零す影に夏目は問うと、予想通りその答えは祖母の遺品だった。
祖母は…否、祖母だけではなく祖父も妖力が強かったらしく、祖父は影鬼以外の妖を見る事が出来なかったが、祖母は見る事が出来るし触れることもできる…そして喧嘩も出来た。
人にも妖にも愛されていたらしい祖父とは真逆に、人からは疎まれ妖からは懐かれもしたが多くに恐れられた祖母はストレス発散と称して妖に喧嘩を売っては勝利を治め名前を書かせた。
それを集めた物が『友人帳』である。
祖母の血を強く継いでいる夏目はその祖母の遺品である友人帳を引き継ぎ、祖母に代わって奪っていった名前を妖たちに返している。
大池で見たこの妖もそれ目的だったのだろう。
夏目は祖母の血を強く継いでいるが、その妹は祖父の血を強く継いでいる。
だが小春も祖母の血が流れているから小春でも友人帳に乗っている名前を返すことはできる。
だから小春を狙うのは間違いではないが…夏目は極力小春にはそんな危険な真似させたくはないと思っているのだ。
自分の方へ来て安心しながらも友人達が寝ているとはいえ妖との接触に不安な部分もあった。
「ちょっと待ってく―――」
小春のところに行かなくてよかったと思いながら友人たちを起こさないよう気をつけながら夏目は枕元に置いているバックから友人帳を取ろうとした。
しかし…その仕草で押さえていた興奮を抑えきれなかったのか妖が窓を開け夏目の胸倉をつかみ外に放り投げた。
「―――っ」
「さあ…友人帳を―――」
影は月の光で姿を現す。
だがそれを確認する暇はなかった。
影は夏目を地面へ放り投げ、素早く上に乗り夏目の首に手をかけた。
グググと力を入れられ叫ぶこともできない夏目に影はニヤリと笑い友人帳を渡せと言いかける。
だがその途中―――チクリとした何かが下半身に走り、影はゆっくりと後ろへ振り返る。
そこにいたのは―――
「き、きゃああ〜〜〜!!!タヌキが…!タヌキが〜〜!!」
「タヌキとはなんだ!!」
―――斑だった。
夏目は斑に驚き手を放す影から少し離れその影の姿を認識することができた。
(人魚…)
その影は上半身は人だが、下半身は魚…いわゆる人魚というものだった。
斑にもこの辺りは人魚伝説が残るとも聞いたためすぐの人魚だと考えつく。
その人魚の下半身…魚の尾の部分を斑が噛みついていたのだ。
「せ、先生!どうしてここに…」
「物音がしたのでな…ちょっと気になって見て見ればお前が襲われているところだったのだ」
跳ねて噛みついているブサ猫を追い払おうとする人魚に斑は自分から口を放し華麗に着地する。
小春と一緒にいるはずの斑の姿に夏目は怪訝とさせると、納得いく答えを貰い夏目はなるほどと頷く。
タヌキ(仮)に噛まれた人魚は、落ち着いたのかギロリと夏目を睨む。
「おのれ騙し討ちか!これだから人間は信用ならんのだ!…いや…だからこそいたぶり甲斐があるというものか!――およこし!人の子!それは人が持っていていいものではないのだ!!」
「…!」
人間は嫌いらしくぶつくさ言っていたが、不吉な方向へと向かっていくのに気づく。
だがそれに気づいた瞬間人魚がバッと手を広げ夏目を襲おうとしたとき…
「だめー!」
人魚の背後から誰かが現れ、ガバリと人魚に後ろから抱き着いたのだ。
突然のことに人魚も夏目も驚愕しお互い固まる。
「小春!?」
「お兄ちゃんから離れて!」
ハッと我に返った夏目の目の前には可愛い妹が可愛い人魚に抱き着いている場面だった。
「は、離れろ!人間!」
「そっちこそお兄ちゃんから離れて!」
「〜〜〜ッわ、分かった!分かったから私に触れるな〜!!」
可愛い妹と、可愛い見た目の妖の争いは夏目からしたらきゃっきゃしているようにしか見えず、ほのぼのとしてしまいそうになるが、一応可愛くても妖である。
夏目は小春を止めようとするも妖が根を上げるほうが早かった。
夏目と少し離れたのを見て小春も妖から離れ、兄の傍に駆け寄る。
「小春!危ないだろ!!」
「ご、ごめんなさい…お兄ちゃんが襲われてるの見て居ても立っても居られなくて…」
「ゔっ……ま、まあ…危ないところを助けてもらったんだし…怒鳴ってごめんな…で?なんでここに?」
シスコンよろしく、小春に悲し気な顔をされるのに夏目は弱い。
今日もしょんぼりとさせる妹にすぐに許してしまい、逆に夏目が謝ってしまう。
「私、寝付けなくて眠ってるニャンコ先生を撫でて時間潰してたら物音がして…先生が見てきてくれるって言ってたから待ってたけど気になって覗いてみたらお兄ちゃんが襲われてて…」
小春も夏目と同じく寝付けなかったようである。
自分だけじゃなかったのだというのと、兄がいなくて寂しかったという妹の言葉にちょっぴり…いや、大分嬉しかった夏目は簡単に許してしまい、気づけば妹の頭を撫でていた。
ハッと我に返るも兄に頭を撫でられている小春が嬉しそうに笑みを浮かべているのを見て夏目は手を止めれなかった。
「夏目くん?」
人魚と斑を放置しほのぼのとしていると夏目の背後に誰かが声をかけた。
その声に夏目も小春もハッとさせ我に返り、夏目が振り返ればこの旅館の持ち主である千津がいた。
千津は夏目の背しか見えていなかったのか、夏目が振り返り小春に気付く。
「どうしたの?二人共…こんな夜中に…」
もう寝ついていたと思っていた夏目と小春の姿に千津は首をかしげていた。
まあ、当然と言えば当然だろう。
高校生と言えどまだ子供であり、今は大人でも寝ている時間である。
そんな夜中に夏目と小春を見つけ、千津は声をかけたのだろう。
夏目は寝付けなくてと誤魔化し、それを信じた千津は小春と夏目に『何か温かい物でも作りましょうか?』と言ってくれたが、断った。
『大丈夫です』と断る夏目に気を悪くしたそぶりを見せず、千津は夏目の顔を見てふふ、と笑う。
「何ですか?」
「ごめんなさい…雰囲気が探している人に少し似ていたから」
顔を見られて笑われた夏目は千津に首を傾げた。
千津は笑った事を謝りながら、笑った理由を零す。
「探している人?」
「そう…償っても償いきれない人…」
「償い…ですか…」
探している人に似ている、と聞かされた夏目は、そういえば、と出会ったとき千津にじっと見つめられた事を思い出す。
どうやら似ているその人に千津は償いをしなくてはならない事をしたらしく、それを聞いた夏目は聞いたら不味かったかなと気まずげに思った。
千津は夏目の呟きに『ええ』と少し落とした声で呟き、縁側に座ると夏目と小春も静かに千津の隣に座る。
「あなた達、『人魚』の伝説って知っている?」
「「え!?」」
「人魚の肉や血を食べた人間は不老不死になるって話」
「え…はい…」
少し間を置いた千津の言葉に夏目と小春はドキリとさせ、思わず声を大きくしてしまう。
先ほどまで一緒にいました、とは言えず何とか頷くことが出来た二人に千津は『今からの話、秘密よ?』と呟いた後続ける。
「私ね…小さい頃一度だけこの先の大池で人魚を見たことがあるの…子供だったからそれは夢かもしれないけれど……私はその人魚の血を貰って…飲ませてしまった人がいるの……私はその人を探しているの…」
夏目と小春は千津の言葉に目を見張る。
妖が見えない人でも人魚の存在は有名だ。
そしてその血肉を食せば不老不死を得ることができるというのも有名である。
そもそも人魚を信じる人はそういない。
正直見える人でもある夏目と小春も実物を見なかったら『そういう架空の存在いるよね』程度しか認識していなかった。
しかしだからと言って頭ごなしに信じないというわけではない。
見えるからこそ、納得することもある。
しかし…
千津の横顔はとても辛そうで…悲しそうだった。
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