(8 / 12) 20話 (8)

斑は小春が他の猫と戯れているのを見て嫉妬したらしく、小春が構うのを条件に立て籠もっていた押入れから出てきた。
黒猫は夏目が相手をすることにし、猫じゃらしを持ってじゃれてくる黒猫と遊んでいた。
小春も兄の傍で構え構えと膝の上に乗る斑の背を優しくゆっくりと撫で、夏目は小春と離れていた時の事を話した。
人魚の事や千津の事。
そして千津が昔人魚に会い血を貰いそれを人に与えてしまった事を話した。
人の事を話していいのか分からなかったが、小春なら問題はないと思ったのだ。
それを聞いて小春は確証もないのに『千津の言っていた血を分けた人魚=昨日の夜来た人魚』と考えてしまい、小春の考えに夏目も『やっぱそう思うよな?』と苦笑いを浮かべた。


「……人魚…捕まえてみようかなぁ…」

「なに!?」

「何か知ってるかもしれないだろ?」

「まったくお前はまた下らんことを…!私は絶対に手伝わないぞ!?」


黒猫と遊んでいた夏目がポツリと呟く。
その呟きに膝にブサネコを乗せていた小春が顔を上げ兄を見つめ、斑も夏目の呟かれた呟きにまったりとしていたがギョッとさせる。
また夏目が暴走し始めたか!?と思った斑は今日こそ手伝うもんかとそっぽを向く。
しかし…


「帰りに七辻屋の饅頭買ってやるよ」

捕まえるだけだぞ!


その見かけだけの堅い意志は食べ物によって砕かれた。
さっきまで自分の膝の上に乗っていた斑が軽々とした足取りで自分の膝から降り夏目に近寄り急かすのを見て小春は思わず苦笑いを浮かべた。
その様子を黒猫はまん丸とした目で三人のやり取りを見つめていた。



****************



今度は小春も連れて人魚がいた池へと向かった。
正直夏目はその池に小春を連れていくのを躊躇した。
それは最初に小春が人魚に連れて行かれそうになったからなのだが、経験上小春が引かないのを知っているため夏目は小春も連れ出すことにする。
何かあれば頼まれなくても斑が小春を助けるだろうと思い。


「おーい!人魚ー!話があるんだ!出てきてくれ!」

「人魚さーん!出てきてくださーい!」

「夏目、小春、もう日が暮れるぞ」


電車を乗り継いで来たため、日も落ちはじめ人気はあまりない。
小春も夏目も池をぐるぐると回って何回も呼び出そうとするが人魚は中々姿を現してはくれなかった。
数時間とはいかないまでも数十分以上も池を回っており、斑はすっかり飽きていた。
斑の言葉に切り上げ時かと夏目は溜息をつく。


「駄目か…今日はもう帰ろう」


夏目がそう言い、小春が頷き、二人が池に背を向けたその時…池の水が夏目の顔にかかった。
夏目と池の距離は遠くはないが短くもなく、しかし魚が跳ねただけで夏目のところまで水がかかるわけではない。
と、なると…夏目と小春が振り返ればぽちゃんと丸い水波が出来ていた。
それはあの人魚がいたという証拠でもある。
夏目はその波紋にふと笑みを浮かべる。


「人間は嫌いかい?独りぼっちで寂しくないかい?」

「…ひとりでない時もあったさ……何の用だ小僧ども」


チャプンと頭を水面から出す人魚に、夏目は無意識に妹を背に庇う。
それは一度小春を連れ込もうとしたからだろう。
何の用だと言う人魚に夏目はバッと池に飛び込み人魚を捕まえる。


「お、お兄ちゃん!?」

「夏目!?」


それには流石に小春も斑も驚き、お互い目を見張る。
人魚もまさか飛び込んで抱き着いて捕まえようとするとは思っていなかったようで、逃げる間もなく捕まってしまった。
しかし逃げようと抵抗をし、それでも夏目はギュッと人魚を逃さんばかりに抱き着いて離れない。


「は、放せ!!」

「話がある!!答えてくれるまで放さない!!」

「馬鹿め…!水中で私に勝てるものか!!無力なくせに人間ごときがでしゃばるんじゃない!」

「やることもやらないで航海するのは嫌なんだ!!―――教えてくれ!女の子に血をやったことがあるのか!?」

「……」

「彼女はそれを大切な人に飲ませたことで苦しんでいるんだ!」

「…何?」

「不死を戻す方法か何かを知っているなら―――、っ!」


『女の子』、『血』という言葉に人魚は抗うのを止めた。
その隙に夏目は千津の苦しみを人魚に訴えた。
人魚のせいではないのは分かっている。
人魚は女の子の願いを叶えてくれたのだ。
だから人魚を責めるつもりはなかった。
しかし…人魚の顔が険しくなっていくのが分かった。
その瞬間、夏目の首に人魚の手がかけられる。


「どいつもこいつも不死だ血肉だと…!!」

「…ッ!!」

「お兄ちゃん…!!」


池の中の事だったから小春は池に入るタイミングを逃し、おろおろと兄と人魚のやりとりを見ていた。
だが人魚が兄の首に手をかけ首を絞めているのを見てタイミングを見る暇はなくなった。
小春もジャブジャブと池に入る。
服が汚れようが濡れようがどうでもよかった。
妖への恐怖が無くなった今、あの時のように苦しむ兄を見るだけではいられない。
体が勝手に動いているし、脳も兄の危機に動き出す。


「やめて!!」


池に入る小春を斑が後ろから止めにはいるが、今、小春の耳にはその声は届かない。
小春は兄を助ける事しか頭になく、兄や人魚しか見ていなかった。
小春は泥に足を取られ転びそうになりながらも人魚と兄の傍に駆け寄り、人魚を押し返す。
愛らしい姿をしているとはいえ人魚も妖である。
華奢な手には想像つかないほどの力で首を絞められた夏目はせき込み、そんな兄を抱きしめ人魚と少し距離を置く。
人魚が襲ってくるかと警戒したが、意外にも人魚は襲ってくる気配はなかった。


「……確かにあの子はよくここに来ていたよ…フナの姿の私が人魚だと気づかず遊んでくれた……だから久しぶりに現れた彼女にこの姿を見せてやったら血が欲しいというので特別に分けてやったのさ…」


やはり夏目と小春の読み通り、目の前の人魚は千津との繋がりがあった。
『遊んでくれた』という言葉から多少なりとも好意はあったようで、人魚はその時の光景を思い出しているのか懐かしそうに目を細めていた。
しかしその表情もゾクリと寒気がするような笑みへと変わる。


「…そうか…他人に飲ませたのか……それを悔んで痛めているのか…老い先短い心を……―――可哀想に…ならばもう苦しまないよう私が食ってやろう」

「な…っ!!」


小春もその笑みに何か怖さを感じ、兄を抱きしめてる力を強くする。
妹が怯えているのに気づいた夏目は体勢を整え妹の体を腕で包み安心させようとする。
人魚は綺麗な笑みを浮かべた後飛んで千津の下へと向かった。
人魚が飛んだのもだが、人魚が千津を食べに向かったのに焦りを見せる。
小春の肩を抱きながら藻だらけの池から上がる。


「逃げたか」

「くそ…!先生!小春を頼む!!」

「は!?おいこら夏目!どこへ行く!?」


まだ夏とは言え日も暮れかけており池の水は少し冷たい。
抱き寄せた時妹の体が冷たいのに気付き夏目は妹を斑に任せ千津を食べるために向かった人魚の後を追う。


「お、お兄ちゃん…っ!」

「小春もか!?やっぱり小春もか!!」


その後を小春も追いかけ、斑は予想外だが予想していた二人の暴走に声を挙げながらそれに続く。



****************



息を上げて小春は兄を追いかけた。
兄は千津を助けようと必死で小春に気付いていても構ってやれず、土手あたりで座り込みへばっている千津を見つけた。
しかしそこにはすでに人魚が千津の背後に立っており、今にも襲い掛かりそうだった。
しかし…


「可哀想に…疲れたのかい?」

「…その、声…人魚さん…?」

「…!」


伸ばされそうになった人魚の手が千津の声で止まった。
人魚はその声に一瞬動きを止め、その隙に夏目が人魚に飛びかかり千津から遠ざけた。


「お兄ちゃん…!」


二人は土手から川岸へと転がっていき小春は千津に駆け寄り大事ないと判断した後二人の下へと駆け寄ろうとする。


「待ってくれ!人魚!千津さんは子供だったんだ!!お前の孤独や傷を知らないただの子供だったんだ!!お前の事優しい目をそた人魚だって…!!」


夏目は人は人なりに人魚から千津を守ろうとしていた。
必死なその声が届いたかは分からないが、人魚は夏目を振りほどこうとはしない。
ギュッと抱き着き止めようとする夏目はふと気配を感じ、その気配の方へと目をやる。
そこには落ちた際転がっているカバンから出てきた友人帳だった。
友人帳は一人でにパラパラとページが捲られていた。
それを見て夏目は友人帳から人魚へと目をやる。


「友人帳が反応している……お前…友人帳に名があるのか…だから友人帳を欲しがっていたのか…」

「…そうだよ…暇つぶしさ…友人帳を狙ったのも、レイコと勝負したのも……あの子に血をやったのも…みんな暇つぶしだったのさ……―――レイコの孫か…美味そうだ」


友人帳が勝手にパラパラとめくられているということはその妖の名前が書かれている紙があるという事。
それは何度も見てきた光景だったからすぐに分かった。
手を伸ばそうにも人魚がまた夏目の首に手をかけ絞めはじめる。
やはり華奢とは言え妖は妖…抵抗仕様にも力では勝てなかった。
苦し気に顔を歪める夏目の耳に慣れた音が聞こえた。
そう思った瞬間に夏目の視界一杯に写っていた人魚の姿が離れていた。
上から引っ張られているような感覚にハッとなり夏目は上へと目線を上げる。
そこには本来の姿へと戻った斑がいた。
斑は夏目の後ろ襟を口で加え人魚から放してくれたらしい。
それを理解した瞬間、夏目の耳にパン、と何か叩かれる音が聞こえ、音の方へと目をやる。
そこにいたのは妹である小春だった。
小春は斑に兄を頼んだ後、川岸まで駆け寄り転がっている友人帳を走りながら取り、名前を発見しピンと立っている紙を取り口に加え手と手を叩いていた。
その脇には友人帳が挟まれているのを夏目を見た。


「――――見つけた!『笹船』…!あなたに返します!あなたの名前を…!受け取ってください!!」


兄の代わりに小春が人魚に…笹船に名前を返した。
祖父の血が強いが祖母の血も受け継いでいる小春も友人帳に書かれている名前を帰すことができる。
縦二つに降りそれを加えた小春はフッと息を吹きかける。
するとその紙から名前が現れ、元の持ち主である笹船へと返っていった。

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