(9 / 12) 20話 (9)

名前を返した瞬間…小春の脳裏に笹船の記憶が入り込んでいく。


その日は風が強く雨も強く、大荒れだった。
人魚は池にいるから平気だが、小さな友人が心配だった。
最近来てくれなくなった友が。

人間の住処は色々と脆い。
ちょっとの事で崩れ、その中に人がいたのなら命さえ散ってしまう。
そう…人間もまた脆い生き物なのだ。
だから人魚は小さな友人が心配だった。
だから奥に入り込まずゆらゆら揺らいでいる水面近くを泳いでいた。
自分は人魚だから人の前には姿は出せない。
だけど友の事が心配だった。
もしかしたら来てくれるんじゃないかという願いもあったかもしれない。
無駄だと思いつつもまた友が来てくれるんじゃないかと思って住処から出てきた。
そして…その願いは叶えられた。
友である少女がこんな大雨で強い風の中来てくれたのだ。
少し様子が可笑しかったが、人魚は嬉しいあまり気づかなかった。


―――ああ…―――


と人魚は声を零す。


―――ああ…こんな嵐の夜に突然何か月も来なくなってたのに…

―――あの子が来てくれた…!

―――きっと遊びにきてくれたのだ!


人魚は友が来て嬉しくてグルグルと円を描くように泳ぐ。
人魚には友がいない。
同族も妖の友人もいない。
みんな不老不死という戯言で狩られてしまいいなくなってしまった。
ずっと一人だった人魚の下に、この少女が来たのだ。
人魚だと名乗るのが怖くてフナに扮して遊んでもらっていた。
言葉を交わさずとも、水の境界線を決して超えれなかったとしても…人魚にとってこの友は掛け替えのない友人だった。


――友達になってと言ってみようかな…

――怖がらせないよう優しく私は笑えるだろうか…


友と呼べる存在に出会えたのはどれくらい振りだろうか…
もう数えるのが嫌になるほど人魚は一人だった。
だから数か月も来てくれなかった友が嵐の中来てくれたこのチャンスを逃したくなくて名乗り出ようとした。
人魚でも妖は妖である。
小さな友人を怖がらせないようできるだろうかと不安がっていながらも心はもう決まっていた。
しかし…


『人魚さん…!!人魚さん!!お願い…!!―――あなたの血をちょうだい!!』


その言葉で人魚の心は閉ざしていく。
人魚は少女の言葉に目を見張ったが、すぐに表情を消した。


―――ああ…何だ……君もか…君も…やっぱりそれが目的だったのか……


人魚の中で何かが壊れる音がした。


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