「小春…!!小春なんだろ!?待て…!!」
はあはあ、とお互い息を上げながらも森の中を走っていた。
小春が木の陰から覗き込んでいた時はそう短くない距離だったが長い間車椅子とベット生活によって小春と夏目の距離は縮まっていく。
だが夏目も夏目であまり運動は得意ではないため手の届く範囲には中々入らない。
『小春様、何故お逃げに?』
(だ…だって!面倒な事に巻き込まれたの知られると怒られる…!!)
『では陰で盗み見するような事をなさらなかったらよろしいのに…』
不思議そうな声色のアサギに構っている余裕は小春にはない。
後ろから段々と近づいてくる兄の足音に焦っていたからだ。
しかし――…
「止まれ!!」
「むぐ…っ!」
白い物が降って落ちてきたと思ったその瞬間、目の前が真っ白に包まれ小春の顔は柔らかく暖かい物に覆われる。
ぽふん、と効果音が出るほどのソレに顔を埋めた小春は何が何だか分からずそのまま固まっていた。
「にゃ、にゃん、こ…先生…!」
「だらしないぞ、夏目。ただ走るだけでこうも息が上がるとは…」
「う…」
顔は白い物に覆われていたため誰が誰だか分からない。
兄だと思われる声と誰だか分からない声に小春は固まったまま『え?だれ?だれ??』と混乱していた。
その白い物は肩で息する夏目に呆れたように溜息をつき、自分の体に顔を埋める小春に目を移した。
「匂いは小春だが所々妖かしの匂いが混じっている…」
「え…じゃあ小春じゃないのか?……だよな…小春が歩けるわけがないし…」
「どこの誰にせよ…少々事情を聞かねばならんな……小春の姿を借りた理由を、な。」
怒っているのか…白い物は口で小春の襟を銜え、自分の体から離れさせる。
しかし2人は口で銜えられながら地面に降ろされた小春を見て目を丸くさせた。
「小春!?」
「……化けている…にしては似すぎているな…こんなに完璧に化けれる者ここいらにいたか?」
「…………」
気まずい…小春は4つの目に見つめられながらそう思った。
小春の目の前には夏目と大きな白い犬のような妖怪、斑が立っていた。
小春は気まずそうに目線を泳がせていたが申し訳なさそうに上目遣いで夏目を見上げる。
「……おに…」
「アサギ!小春…!!」
「―――!!」
兄の名を呼ぼうとしたその時…アカガネが小春の目の前に降り立ち傘を斑と夏目に向けて睨みつける。
突然現れたアカガネに斑は夏目を庇い、夏目はアカガネに目を丸くさせた。
「ア、アカガネさん!!」
「怪我はないか!?」
「大丈夫ですけど…あの…」
「小春…?」
「!」
前の夏目達を警戒しながらもアカガネはアサギと小春が無事なのを確認するよう横目で小春を振り向く。
すぐに夏目達へ目を戻したが、夏目はアカガネの口からでた妹の名に斑を押しのけアカガネの前に出てくるのだが、夏目の目は小春に集中しておりアカガネは映っていないようだった。
斑が名を呼んでも夏目は下がらずアカガネに庇われている小春を見つめる。
「小春なのか?…本当に…」
「う…うん…」
頷いた小春に夏目は信じられないと目を丸くさせる。
それはそうだろう。
小春は目も見えず耳も聞こえず口も利けず足も動かせないのだから。
しかし目の前の少女は戸惑いはしたがはっきりと頷き、夏目は疑いの目を消して小春に手を伸ばしたのだが…
「待て。」
「…!!」
「お前小春のなんだ。小春に何の用がある。何故小春を追っていた?」
小春に手が届く前に2人に向けられた傘が自分に向けられ、夏目は止まる。
後ろにいた斑もそれに警戒するも夏目に止められ下がるしかなかった。
小春は兄を睨みつけるアカガネを不安気に見上げていたが夏目も負けじとアカガネを睨みつけている。
「小春は俺の妹だ…あなたこそ小春のなんですか?」
「い、妹!?」
「は、はい…私の兄です……」
「…………」
睨みつける夏目は怖くないが、夏目の言葉にアカガネは目を丸くさせ後ろにいた小春を振り返る。
突然振り返られた小春はビクリと肩を揺らすが怖ず怖ずと頷き、その頷きにアカガネはハア、と溜息をつく。
「妹ならなんで追いかける必要がある?」
「それは…」
「こいつはお前の質問に答えた…今度はお前の番じゃないのか?何故小春を庇う?お前は妖かしだろう?小春を友樹の孫として知り喰うんじゃないだろうな?」
「友樹?…友樹とはお姫のことか?」
「??」
夏目がアカガネの問いに答えようとしたその時斑が割って入って来た。
その斑の言葉にアカガネは再び目を見張り小春に振り返る。
だが小春は祖父や祖母の事など知らず首をかしげだけだった。
夏目はアカガネが祖父を知っていた事に小さく目を見張る。
「友樹さんを知っているんですか?」
「…噂だけだ…磯月の郷にもお姫の話は届いていたからな…そうか…どうりでいい香りがすると思ったら……お前お姫の孫だったのか…」
「お、おひい?」
お姫って誰のこと?、と更に首をかしげる小春にアカガネは目を細め頭を撫でる。
突然頭を撫でられ小春は『わっ!』と声を上げたが、止めようとはしない。
乱暴だがどこか優しいアカガネの手に小春はくすぐったそうに声をもらす。
「磯月?……なるほど…そういうことか…」
「は?どういうことだよ、先生…」
自分の妹なのにどこかアカガネに取られたような気がして面白くない夏目は後ろで1人納得していた斑に不機嫌そうに振り返る。
斑は不機嫌そうにする夏目など気にも留めず説明してやる。
「磯月の郷というのは高貴な妖が集う幻の郷と言われている。その磯月の郷にアサギという美しき蒼琴弾きがいると聞いたことがあるんだが…そのアサギという蒼琴弾きは突然仕えていた神の前から姿を消したと聞いた事がある。」
「へぇ…それで…それがどうしたんだ?」
「まったく、お前は阿呆だな…さきほどこの者は小春のほかにアサギと言う名も言っていたことを覚えておらんのか。」
「…いや、全く……小春のことで頭が一杯だったからな…」
「シスコンめ…」
「先生はトモコンだろ?」
「トモコン?」
「友樹コンプレックス…略してトモコン」
ポツリと斑が忌々しく呟くが夏目は負けじと嫌味を呟いた。
夏目の言葉に斑は目を細めご機嫌そうに『それはいいな』と笑い、夏目は嫌味のつもりだったんだが…、と呆れ返る。
『あの…』
「…!」
斑に呆れた目線を送っていると妹以外の女性の声に夏目はハッとし斑から目線を外し声がした方へ向けた。
『小春様のお兄様でございますね…小春様のお体を勝手に使ってしまい申し訳ありません…』
「え……えっ!?なん…小春の髪が…!」
声は小春の方からし、夏目は小春へ目線を送ったが小春の髪と瞳が青く、小春の声ではない声が小春の口から発せられていた。
目を丸くする夏目にその女性は申し訳なさそうに小春の眉を下げる。
「ど、どういう事なんだ!?お前…小春じゃないのか!?」
『はい…私はアサギと申します…』
「アサギ?…小春に妖かしの匂いの正体はお前か」
『はい……小春様のお体をしばしお借りしているのです…』
声を上げて取り乱す夏目を放って斑はくんくんと鼻を動かし小春の匂いを嗅ぐ。
小春の匂いはやはり他の人間の女にはないいい香りがしたが微かに妖かしの匂いも混じっていた。
それに斑は無意識に眉をひそめる。
「借りてるって…どうして…」
『それは……』
「アサギ、ここからは俺が…」
『アカガネ…すみません…』
「いや…お前にはまだ辛いだろう…小春の中で休ませてもらえ」
『アカガネ…』
自分を気遣ってくれるアカガネにアサギはアカガネを見上げ微笑んだ。
その微笑に釣られアカガネも微笑み、アサギの頬に掛かった髪を優しく払ってやる。
「
ストップ!!俺の妹の体でイチャイチャしないでくれないか?」
『あっ…申し訳ありません!』
「べ…別にイチャイチャなぞしておらん!」
夏目はどんなに髪が青くなろうと妹と知らない男がいちゃついているように見えるため機嫌は降下していく。
夏目が止めるとアサギは素直に謝り、アカガネは明後日の方向を向いていた。
多分アサギは意識はしておらず小春の体を勝手に使っていることを謝っているようだが、夏目はそれでも妹が知らない男と触れ合うのはいい気はしない。
アサギは後をアカガネに任せ小春の奥へ下がっていった。
その瞬間小春の髪は青から黒へ変わり、アカガネはアサギが休んだのを見て夏目と斑に小春と同じように説明した。
「小春…」
「ご、ごめんなさい…」
アカガネの説明で夏目は自分の体とはいえ寝ている間に体を乗っ取られすぐ許す妹に半目で見つめた。
睨むほどではないが、その非難するような目線に小春は耐えられずそっと目線を兄から外す。
そんな小春の腕の中にはニャンコになった斑が収まっており小春に撫でられて気持ちよさそうに喉を鳴らしている。
小春も大きな白い妖怪がいつも膝の上に乗っていた斑だと知り驚きの声を上げたのは言うまでもないだろう。
「小春のことは俺が守る。お前は気にするな。」
「小春は俺の妹だ!勝手に小春の体を使うな!さっさと小春からアサギって奴を外せ!」
『あ、あの…夏目様…』
「!、アサギ…起きていたのか?」
『はい…小春様の中にいると何だか妖力が戻った気がして…眠らなくてもいいのです』
「ちょ、それって小春の妖力を吸ってるってこと!?」
ぎゃあぎゃあ外野で喧嘩していると小春ではない声が夏目の耳に届き、嫌な予感がして小春に目を移すとやはり髪が青くなりその声はアサギの物だった。
それにやっぱりか!、と夏目は溜息をつくが、アサギが無意識とは言え小春の妖力を吸っているのに慌て出す。
『夏目様…お許しください…私にも小春様のお体から出て行く方法は知らないのです…』
「…………」
「断る。」
「………………」
小春の顔で申し訳なさそうにされてしまうと夏目はどうしても強く出れず、唯一強く出れるアカガネへ目を移す。
しかしアカガネには一秒で断れ、夏目は大きな深い溜息をついた。
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