次の日、夏目の体調も戻り森へ再び向かった。
今度は妖かしではないから田沼も参加し、全員で切り株を探すことになる。
「ないなー…どこだろう…」
小春は夏目がこれでもかというくらい着込ませた上着を脱ぎ腕をまくってやる気満々だった。
そんな妹を夏目は無理をしないか心配そうにチラチラ見ていたが、真面目に探さない夏目にアカガネが叱り、渋々探すのに集中する。
田沼は怒られグチグチ文句を言いながらも小春との距離をそんなに開けない夏目に苦笑いを浮かべ、小春は自分も探すのに参加できることが嬉しくて夢中になり兄には気付いていない。
「全然見つかんない…本当にあるのかな…」
―― 何かお探しか ――
「うん、そうなの…竹のはえた切り株をちょっと…」
―― それならほれ、その藪の中にあるぞ ――
「え…あ、本当だ!」
「
教えてやったぞ、教えてやったぞ。代償にお前の腸をもらおう。」
「――!」
切り株探しを楽しんでいた小春だったがそれが一時間、二時間と続けば流石に飽きてきて疲れも出始めクタクタになってしまう。
兄…というよりもこの場の誰よりも体力がない小春はゼェゼェ言っている兄と田沼より更に息を切らしボロボロだった。
そんなポツリと呟いた弱気を吐く小春に誰かが背後から声をかけてきた。
その声はとても低く夏目でも田沼でもアカガネでも斑でもない声で、小春はそれに気付かず答えてしまう。
声の言う通り藪の中を見るとそこには竹の子が生えている切り株あった。
そこで小春はようやく自分が4人以外の声だと気付き慌てて振り返る。
しかしそこには誰も居なかった。
(き、気のせい?……じゃ、ないよね……どうしよう…なんかヤバイ妖かしと口きいちゃったような…)
いくら妖かしと昔遊んだからと言っても流石に危機感くらいある。
小春は妖かしの言葉を思い出しゾクッと背筋を凍らせ季節感ではない寒さに腕を擦った。
「どうした?小春……ってあっ!!」
うう…、と寒さが収まらない腕を擦っていると立ち尽くす小春に気付いたアカガネが歩み寄り、切り株に気付く。
『でかしたぞ!小春!!』と小春を胴上げするアカガネに小春は驚いて小さな悲鳴を上げた。
シャッシャ、と切り株から胴を作るアカガネの後ろには小春がぐったりと横になっていた。
「大丈夫か?小春…」
「うう…大丈夫じゃないかも…熱い…だるい…」
その側で夏目は小春の側に座り、ぐったりする妹に声を掛ける。
小春は夏目の冷たい手が額に当てられ気持ち良さそうに目を閉じ、そんな妹に夏目は目を細め小さく笑う。
田沼もぐったりとする小春を心配そうに見つめるも夏目と小春を見つめふと笑みをこぼし『暖めた方がいいな』と言って湯たんぽ代わりとして斑を小春の腕の中に収めさせる。
突然湯たんぽ代わりにされた斑は田沼に声を上げるが田沼の『でもこの中で一番体温があるのは猫のポン太だろ?』という言葉と小春の『あったかい…』という言葉に負けて渋々小春の腕の中に収まった。
この時夏目は『天然コンビすげぇ…』と素直に思ったとか…
(…気分が悪くなってきた…)
『小春様大丈夫ですか?申し訳ありません…私のせいで……』
風邪に似た症状に小春は気分が悪くなり更にぐったりとさせる。
そんな小春に中にいるアサギが心配そうな声で小春に謝り、小春はこの熱とダルさはアサギのものなのかと気付く。
(そういえば…確認していなかったけど……)
『はい、なんでしょう』
(アサギさんは…アサギさんも琴を弾きたいの?)
『………』
こんなに弱っていて演奏はできるのだろうか、と考えているとふと疑問に思ったことをアサギに呟く。
その呟きにアサギは少しの間口を閉じる。
『…はい…もし…もう一度…もう一度でもその機会があるのであれば私は―――…』
(…………)
切ないその声に小春は閉じていた瞳を開け、ただ何を見ることもなく目の前の草を見つめる。
(私は……私は器用じゃないし指も固い…琴なんて弾いたこともないし触った事だってないよ?…上手く弾けないかもしれない…それでもいい?)
『――はい…はい、小春様…』
小春は声には出さずそう呟く。
アサギはその呟きにクスリと笑い嬉しそうに頷いて小春の奥へと静かに消える。
小春はアサギが奥に引っ込み、兄が自分の髪を撫でる手を感じながら再び目を閉じた。
アサギさん…
ねぇアサギさん、知ってる?
アカガネさんはずっと、
ずっとあなたの事をが――――…
目を閉じ浅い眠りにつく小春はアサギに聞こえないよう小さく心の中で呟く。
その先は小春自身も聞こえなくて、小春は完全に眠りについた。
「出来た!!」
アカガネの声に小春は起きる。
目をパチリと開け、体を起こすと少し眠ったお陰かダルさも収まりつつあった。
まだ熱っぽさは完全には引いていないが体が軽くなった気がする。
「小春!行くぞ!!」
「え…」
「おい…!」
「小春ちゃん!?」
「良かった!まだ間に合うぞ!!」
アカガネは出来上がった琴を布で包み琴を持っていない手で小春の腕を引っ張る。
突然引っ張られる小春は斑を落としそうになったがあいている手で慌てて抱き直し、抵抗する暇もなくアカガネに手を引っ張られは知る事になった。
妹の手を引っ張りどこかへ急ぐアカガネに慌てて夏目は追いかけ、そんな2人に田沼は目を見張り夏目に続く。
『アカガネ?どうしたのです?一体なんの…』
「アサギ、行っておいで!壬生様の所へ!」
『アカガネ…?』
「今ならまだ磯月の森への道が開いている!!」
小春が突然走りだし戸惑っているのを感じ取りアサギが起きてしまった。
アカガネはアサギが起きたのに気付き嬉しそうにアサギに振り返るがアサギはまだ理解できていないのか『え?』と困惑気味だった。
「行っておいで、アサギ!そして壬生様にもう一度―――…」
「
…たぞ……見つけたぞ!!」
「「「―――ッ!!」」」
アカガネに引っ張られ走っていた小春だったが草むらから黒い塊の妖かしが襲い掛かってきた。
その声は切り株を教えてくれた妖かしで、小春は呆気にとられているのか襲われそうになるその妖かしをただ見上げるだけで悲鳴を上げることも慌てることもなかった。
「約束だ!約束だ!腸をもらいに来たぞ!人の子!!!」
「―――小春…!!!」
兄が小春の名を呼び叫ぶも小春はただその妖かしをジッと見つめるだけ。
アカガネも小春とアサギを守ろうと庇う為前にでようとしたその瞬間――――…
「ギャアアア…ッ!!!」
「え……」
黒い妖かしを掴む大きな手が小春の目の前に現れた。
(手…?…猿の…手?)
小春の目には斑のような手足ではなく、人間のような手ではなく、どう見ても猿特有の手が映っていた。
しかしその手は普通の動物園や野生にいる猿とは比べ物にならないくらい大きく、小春の目の前でギリギリと襲い掛かろうとした妖かしを締め上げる。
夏目達は突然現れた手に立ち止まり唖然としていた。
「グルルル…!」
「ギ…!ギ、ィ…!!」
妖かしの苦しそうな声の他に獣のような呻き声が小春の耳に届き、小春はゆっくりと猿の大きな手を伝い視線を草むらや木々が生い茂っている方へ向けると小春は目を丸くし息を呑んだ。
「―――っっ!!」
木々の葉から覗くそれはとても普通の猿とは思えない大きさの大猿がいた。
獣の唸り声がその威嚇するように歯茎が見えるまで上げられる口から漏れ、白い息も吐き出されている。
木々の陰ではっきりと見えないがその姿は猿にしか見えず、その大きさは本来の姿の斑といい勝負だろう。
「ギャ…!!」
「…!!」
ブシュ、と黒い妖かしが大猿の妖かしに潰され声を上げて命尽きる。
それに小春は我に返り握り締めていた大猿の手へ目を向けるがその場には黒い妖かしはなく、ボトボトと黒い塊が落ちているだけだった。
それを見ても小春は悲鳴を上げず怖がる様子もなくただ唖然とその黒い塊を見ていた。
「小春!!!」
「…!」
ただ立ち尽くし黒い塊を見つめていた小春は兄の声にハッとし顔を兄へ向けると兄は顔色を真っ青にさせ慌てた様子でこちらに向かってきていた。
それを不思議に思っていると兄が自分の前に駆け寄り大猿から小春を守るよう両腕を大きく開ける。
「おに…」
「小春に手を出すな!!!」
「ウ…ゥウ……レ…イコ…」
「―――!!!」
「レイ、コ…!レイコ!!!」
妹を背に守る夏目に小春は目を見張り、大猿が自分に手を伸ばしていたことに気付いた。
それでもやはり小春は怖いとは思わずただ淡々と大猿を見上げる。
しかし大猿は木々が邪魔で姿は見えなかったが自分を睨みつける夏目に目を微かに見張ったと思うと次第に憎悪を滲ませる瞳で夏目を見つめ今まで聞いたことのない低い声で唸り始めた。
大猿の憎悪が深い瞳で見つめられ夏目はビクリと肩を揺らしレイコと呼ばれ目を見張る。
「レイ、コ!!レイコ!!!!」
「レ、レイコ…?レイコさんはもう…」
「レイコ!!!ドコ、ダ!!!ドコニカクシタ!!!!!レイコ!!!!!」
「隠した?なんのことだ…!俺はレイコさんじゃない!!俺は……、―――ッ!!」
「お兄ちゃん…!!!」
夏目を見た瞬間取り乱す大猿の妖かしに夏目は自分はレイコではなく孫だと伝えようとしたが、興奮しているのか大猿は聞く耳持たず小春ではなく夏目に手を伸ばそうとし、夏目が衝撃に耐えるよう目を瞑ったその時―――…
「やれやれ…相変わらずだな、影鬼よ」
ふわり、と白い物が夏目と小春を囲む。
小春は自分の腕が急に軽くなったのを感じ腕を見ると斑はおらず、顔を上げると最初に出会った本来の姿の斑が2人を守るよう囲み薄ら笑いを浮かべ大猿を見つめているのが見えた。
影鬼、と呼ばれた大猿は伸ばしていた手を引っ込めグルル、と唸り声を上げ斑を睨みつける。
「…………」
「こいつはレイコではない。こいつらはレイコと友樹の孫だ。」
「ト、モキ……」
「そうだ、友樹とレイコはもうすでに…」
「トモキヲカエセ……トモキヲカエセ!!!トモキヲカエセ!!!!」
「!――――ぐ…ッ!!」
「ニャンコ先生…!!」
夏目は目の前の大猿が前に聞いた影鬼だと知り目を丸くする。
名前からして鬼だとばかり思っていたのか猿だったのかと呟く。
小春は影鬼と言われても分からずただ口も出せず斑と影鬼のやり取りを見守るしかなかった。
しかし影鬼は斑が説得しようとしてもただ『トモキヲカエセ』と言うばかりで聞く耳持たず、行き成り斑の顔を大きな拳で殴る。
不意打ちなのとその影鬼の強い力に斑は吹き飛び、吹き飛ばされた斑に駆け寄ろうと夏目は小春の手を掴み走ろうとしたのだが、それに気付いた影鬼に吹き飛ばされしまう。
「お兄ちゃん!!!」
斑さえ吹き飛ばされ口から血を吐き出すほどの威力なのだから人間である夏目が食らったら死ぬかもしれないと小春は顔を青ざめ動かない兄に駆け寄ろうとしていた。
だが、兄に駆け寄る前に小春の目の前に影鬼の大きな手に阻まれてしまい、小春は立ち止まってその手から一歩二歩と離れながら影鬼へ顔を上げる。
前は怖がることもなくただ淡々と影鬼を見ていたが、兄や斑を吹き飛ばしたのを見て小春は怯えた様子で影鬼を見上げる。
「小春ちゃん…!!」
「!!」
再び小春へ手を伸ばそうとした影鬼を逃げることさえ出来ずただ見上げていた小春の腕を田沼が掴み、影鬼から離れさせた。
田沼から小春に伸ばされる腕や影鬼は薄っすらとした影としか見えない。
しかし夏目を吹き飛ばし小春の怯えている様子にあまりいい妖かしではないと判断し慌てて小春の腕を掴んだのだが、それに影鬼は再び怒りの表情を見せ田沼を睨む。
見えなくとも自分を睨みつける妖かしを感じ、田沼は立ち眩みに似たものが襲うが今ここで倒れたら小春を守る者が居ないとしっかりと足を地につけ自分も妖かしをキッと睨み上げる。
人間に怯えるほど低級ではない影鬼は田沼に拳を叩きつけようと腕を振り下ろし、田沼が目を瞑ったその時―…
「この…!」
「!、アカガネさん!!」
ぼやけている程度だが大きな手のようなものが自分に振り下ろされ衝撃に備えて目を瞑っていた田沼だったが、いくら待っても痛みも衝撃もこないのでゆっくり目を開ける。
するともう1人いるように薄っすらとした人影が田沼の目に映る。
後ろに居た小春が名を呼び、自分達を庇う人影がアカガネだと気付く。
アカガネは閉じている番傘で拳を受け止め、田沼と小春を庇うよう前に出る。
影鬼は弾かれた腕を気にすることなくもう片方の手でアカガネへまた腕を振る。
「!――しま…!」
再び影鬼の腕を弾き返そうとしたその時、アカガネの腕の中に収まっていた琴が零れ落ち、低い崖へ落ちてしまう。
「小春ちゃん…!!?」
「小春!!!」
それを見た小春は考えるよりも体が勝手に動き、田沼とアカガネが止めようとするのも気付かず琴を追いかけるように崖へ飛び込んだ。
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