―――小春……スマナイ…小春…スマナイ……スマナイ…
小春は完全に気を失う前、悲し気に泣く声が聞こえた。
「――!小春!」
「小春ちゃん!!」
「ぅ…」
小春は自分の名を呼ぶ声に導かれ深い眠りの中から目を覚ます。
目を開けるとアカガネと田沼が小春を囲み心配そうに顔を覗きこんでいた。
「小春…」
「お、にいちゃ…」
田沼の後ろからのろのろと傷だらけの兄が小春の元に歩み寄り、何故か斑は居なかった。
小春は顔を横にずらし兄が起き上がっている姿に安堵の笑みを浮かべる。
「あの、妖怪は…」
「今ニャンコ先生が追ってる…小春、何もされてないか?」
「なにも…?」
「お前は琴を追ってあの崖から落ちていったんだが…だがあの妖かしがお前を庇うよう一緒に崖に落ちていった。」
「え…」
崖に落ちていった琴を守ることで精一杯で小春は影鬼の事など覚えていなかった。
アカガネから聞けば影鬼は崖に落ちていった小春を追いかけ小春を抱きしめて木々から小春を守り姿を消したという。
小春が危ないと気を失っていた夏目と斑も気付き4人は慌てて崖の下に向かえば気を失っている小春を腕に抱いて泣いていた影鬼がいた。
夏目達が現れすぐに小春を床に置き姿を消した。
その後を斑が追いかけたという。
それを聞き小春は戸惑いの色を見せる。
「………琴は…」
「ああ、無事だ…お前が守ってくれたからな…」
小春は戸惑いつつも琴の事が気になりアカガネを見上げる。
アカガネの言葉に小春は『よかった』と小さく笑った。
「小春、立てそうか?急げばまだ道に間に合う」
「……」
「無理なら俺が抱えていく…行こう、小春…行こう…」
アカガネの言葉に小春はゆっくり目を閉じた。
しかし目を開けたその時黒い髪は青く染まり、黒かった瞳も青く変った。
「――!」
黒い髪と瞳を青く変えた小春の笑みは優しく、その笑みにアカガネは目を見張る。
『叶うなら…もう一度だけでも弾きたいと思った…ずっと、ずっと…あの方の為にだけ弾いてきた…』
小春の口から出た声は小春ではなくアサギの声だった。
アカガネは起き上がろうとするアサギに手を貸し座らせる。
そんなアカガネにアサギは笑みを深め続けた。
『だから…もし、もう一度弾く琴が叶うなら優しくて大切な友人の為に……あなたの為に弾きたいと思っていた…』
「アサギ…」
『アカガネ…聴いてくれますか?』
微笑むアサギをアカガネは見つめていた。
何も言わないアカガネにアサギは側にあった琴を手に持ち弾き始めた。
その音色は夏目達が聞いたどの音色よりも優しく暖かく心を安らかにする。
夏目達はアサギの奏でる音色に耳を澄まし聞き惚れていた。
それはアカガネも同じだった。
(小春……俺は…お前があんなにも表情豊かだとは知らなかった…)
生きてきた中で聴いたことがないほど美しい音色を奏でるアサギの…小春の姿を夏目は見つめながらそう思う。
アサギが引っ込んでいる時の、本来の小春の姿はとても表情豊かで贔屓目を除いても愛らしい。
そんな妹の側にいたのに気付かなかった自分がとても憎らしく思う。
(俺は…やっぱりお前と別れるのは割り切れない……)
もうすぐ死ぬかもしれない、と医者に言われてから夏目は表面上は仕方ないと割り切っていた。
人の数だけの寿命があり、それは神でも変えられない。
人間の夏目にも変えられず妖かしの斑にも変えられないこと。
だから夏目は自分に言い聞かせていた。
もうすぐ死ぬのだからせめて色々な空気を吸わせてやりたい。
もうすぐ死ぬのだからせめて色々な事を感じさせてやりたい。
妹を思う言葉なのだが、それ以上に自分自身に言い聞かせる言葉だった。
夏目は微笑みを浮かべながら1人の友人に琴を奏でる小春の姿を見つめ、グッと拳を握った。
アサギは、まるで空へ落ちるように小春からはがれていった。
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