(4 / 11) *5話 (4)

「この陣どおりに書けよ?間違えると変なのがでるかもしれんからな。」


荷物を詰めるのを中止し、夏目は森へ出掛けた。
庭でやって戦いになれば家を破壊しかねないからだ。
斑が書いた陣をそのままに枝を使い陣を描いていく。
しかし斑の失敗したら変なのが出るという言葉に書いていた手を止めた。


「じゃあ…ここのこれ『西』って字でいいのか?」

「違う。『西』っぽいやつだ。」

「……アバウトすぎやしないか?」

「そうか?まあ準備できたなら白い布を羽織れ」

「白い布?」

「白い着物の代用だ。相手の名と顔を知らねば呼べぬからな…顔は覚えているな?」

「ああ…一瞬だが…」


小春が崖に落ちた時、影鬼も追いかけ一瞬素顔を見ることが出来た。
夏目の言葉に斑は『一瞬でも十分だ。』と答えた。


「陣の真ん中に鏡と友人帳を置いて血を落とせ」

「血?」

「本来なら爪1枚、歯の1本欲しいところだ…妖かし相手に代償なしで済むと思うなよ?」

「………」


斑の言葉に夏目はグッと拳を握り今もベットの中で苦しげに眠っているのを思い出し斑の言う通り指を噛み血を落とす。
そしてパシン、と胸元で手を合わせる。


「夏目」

「ああ……我を護りし者よ、我がもとへ来たれ…汝の名、『影鬼』」


斑に教えられた通りに言葉を呟く。
風が吹きパラパラと友人帳の紙が独りでにページが捲られていく。
夏目が影鬼の名を呟いた瞬間風が一気に吹き上げ夏目はつい目を瞑ってしまう。


「夏目!」

「…!」


斑に名を呼ばれ、風も弱くなり夏目は目を開けると目の前に現れたものに目を丸くさせた。


「あ……綾部さん…?」


夏目の目の前にいたのは小春の世話をしてくれているはずの綾部だった。
綾部はしゃがみ込んで俯いており、夏目の声に顔をあげゆっくりと立ち上がって夏目を見つめる。
その表情はいつもの優しげな表情ではなく無表情そのものだった。
夏目は何故綾部がここに、と思う余裕もなく綾部の表情に1歩2歩下がった。
そんな夏目をよそに綾部は先ほどまでの無表情を崩し不思議そうに首をかしげる。


「夏目君?」

「あ…」

「あら…ここって森じゃない?どうしてここに……さっきまで小春ちゃんと一緒にいたはずなのに…」

「それは…」


いつも通りの綾部に夏目は失敗したのかとホッとさせる。
失敗して妖かしではなく人間が出てくるなんて思ってもみなくて少し戸惑っていたが、固かった表情も和らげ綾部に近づこうとした。
だが、



猿芝居が上手くなったものだな、影鬼よ



斑の言葉に夏目は足を止める。
斑はいつの間にか夏目の前に立ち綾部を鋭い瞳で見つめていた。
綾部は不思議そうにしていたが斑の言葉に表情を無表情に戻し冷たい瞳で斑を見下ろす。
その瞳に夏目はビクリと肩を揺らし体を硬直させる。


「あ、綾部、さん…」

「…………」

「影鬼よ、お前は何の為に小春の命を吸い取る。今のお前が生命を吸い取っても力が得ることは出来ない」

「…………」


怯えた様子を見せる夏目など綾部は見もせずただ薄ら笑いを浮かべる斑をただ見下ろしているだけだった。
両者見つめているだけで何も言わなくなり森は静まり返る。
そんな中最初に口を開いたのは綾部だった。


「斑よ…お前がレイコの側にいるとは…どういう風の吹き回しだ?」

「…こいつはレイコではない。お前が世話をしている人の子も、友樹ではない。」

「………」

「こいつらは友樹とレイコの孫だ」

「…………」

「綾部さん…あなたが影鬼、なんですか?」

「…………」


斑の言葉に返ってきたのは綾部の声ではなかった。
綾部の、女の高い声とは反対の…いや、人でもない低い不気味な声だった。
その声に夏目はずっと違うと否定し続けていたが否定すら出来なくなりグッと拳を握る。
そして夏目はしっかりとゆっくりと綾部に問うと、綾部は冷たいその視線を斑から夏目へと変え、夏目はそれに臆しそうになるが地にグッと足を踏み堪えた。
真っ直ぐ見つめる夏目に綾部は…影鬼は目を細める。


「だったら、どうする」

「小春を…俺の妹を奪わないでくれ!!妹は友樹さんじゃないんだ!!妹は…」

「レイコ」

「…!」


小春は友樹ではないと説得していた夏目だったが綾部に祖母の名を呼ばれハッと息を飲んだ。
影鬼はゆっくりと夏目に近づきながら口を開く。


「レイコ、名は返さなくていい…」

「な…」

「名は返さなくていいから…友樹は返してくれ」

「友樹はって…だから友樹さんはもういないんだ!!」

「レイコ」

「お、俺も…俺もレイコさんじゃない!!」


ゆっくりと近づく影鬼に夏目は恐れ近づいてくる影鬼に合わせて後ろへ下がる。
斑は近づく影鬼に溜息をつき煙とともに本来の姿へと戻り夏目を守るよう囲む。
それでも影鬼は止まらず夏目に向かって歩いていた。


「止まれ!影鬼!!」

「…………」

「今のお前では私には勝てん!!!お前はもう…」

「黙れ斑!!!」

「!」


斑も出来れば影鬼を傷つけたくないのか必死で威嚇をするもそこら辺の妖かしならばその威嚇で去っていくも影鬼は衰えていても斑に怯える事なく逆に己も声をあげる。
影鬼は斑同様に煙と共に本来の姿…大猿へ姿を変え目の前を漂う煙を太い腕で一振りし散らせる。
そして今までにない鋭く憎悪に燃え上がる瞳で斑を見つめた。


「お前に何が分かる!!!友樹が来なくなり諦めたお前などに何が…!!!」

「友樹は…友樹はもう死んだ!!レイコもだ!!今この世に友樹とレイコという人間はいない!!!何度言えば分かるのだ!!」

「分からん!!分かってたまるものか!!友樹は我と共にいてくれると言ってくれた!!!1人だった我と共にいてくれると…!!!」

「それで小春を友樹だと思い込んでいるのか!!!つくづくお前は救えない奴だな!影鬼よ!!」

「貴様…ッ!!!」

「――ぐ、ッ!」

「先生…!」


口論していた2人だったが、斑の言葉に逆上した影鬼が太い腕で斑の首を掴み締め上げる。
それに声をもらす斑に夏目は慌てて斑に駆け寄ろうとしたが、斑はそのまま後ろへ投げられ、夏目も巻き込まれて吹き飛ばされてしまった。


「…せ、ん……、…!」

「影鬼…!!」


吹き飛ばされた夏目は木に衝突し、背中に激痛が走り一瞬息が止まる。
痛みで震える体で起き上がりながら斑を心配する夏目は顔を上げれると、影鬼の手にあるものに目を丸くさせる。
斑もそれに気付き慌てた様子で影鬼へ駆け寄ろうとしたが、影鬼は体型を感じさせない動きで斑を避けた。
影鬼に握られている物、それは友人帳だった。


「か、えせ…返してくれ!!影鬼!!それはレイコさんの大切な物なんだ…!!」

「…友樹は……あの子は絶対渡さない…」

「え……、…影鬼…っ!!」


影鬼の言葉が一瞬引っかかり夏目は目を丸くさせたが、その次の瞬間影鬼は素早い速さでその場から去っていく。
背後から襲おうとした斑はそのまま地面に着地し、影鬼を追いかけようと地面を蹴る。
2匹が居なくなったその場は嫌に静かで、木々が風に揺られてざわめく音だけが夏目の耳に届いていた。


「あの、子…?」


夏目は唖然と2匹が消えていった方向を見つめ、ただポツリと呟いた。

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