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「塔子さん、いってきます!」


トントン、と靴をしっかりと履き、小春は見送ってくれる塔子へ振り返る。
塔子は靴を履き、杖を手に取る小春に『気をつけていってらっしゃい』と微笑んだ。
その笑みに小春も釣られるように微笑みを浮かべ、塔子から斜め掛けカバンを受け取り肩に掛ける。


「ニャンキチ君、小春ちゃんをよろしくね?」

「なーう」


カバンを肩に掛ける小春を見た塔子は小春の足元にいる斑へ目線を落とししゃがむ。
塔子の言葉に斑は猫の声マネで返事を返し、塔子はそのまるで返事を返したような斑に優しく微笑む。


「塔子さん…私ちゃんとお兄ちゃんの所にいけますよ?」

「あら、でも心配だもの…いい?変な男の人とかには絶対ついてっちゃ駄目よ?もしも無理矢理連れて行かれそうになったら大声を出すこと!いいわね?」

「は、はーい…」


自分を何歳だと思っているのだろうか…小春はそう思った。
しかし心配してくれるのが嬉しくて引きつった表情を消し嬉しそうに笑う。
その笑みに塔子は釣られるように笑みを深め『いってらっしゃい』と手を振り、小春も『いってきます!』と手を振り返した。
小春が玄関を開け外に出るのを見て斑も小春に続き短い手足を動かし外へと出かける。
塔子は玄関を出て小春の姿が見えなくなるまで見送った。





小春は杖を使いながらでないとまだ真っ直ぐ歩けない時がある。
もうそろそろ杖を外してもいい頃なのだが、少し不安もあるため出来る限り使わないようにしながら歩いていた。
河川敷につくと小春はゆっくりと滑らないように気をつけながら草の上で座り、カバンを漁る。
その間斑はのそりと小春の膝の上に乗り、目を瞑る。


「今日はこれにしようかな。」


斑が自分の膝上に乗ってくるのは体が治る前でも当たり前になっていたため、なんの疑問も持たず小春は斑を優しく撫で、カバンから一冊の絵本を取り出した。
すこし分厚いそれは子供の読むものより少し上の年代が読むような本で、小春は只今お勉強中である。
兄である夏目が学校から帰ってくる間の僅かな時間に、小春は毎日ここで文字の勉強をしながら兄の帰りを待ち、一緒に帰る…というのが最近の日課だった。


「お兄ちゃん、遅いね…」

「大方友達とやらと長話しておるのだろう…気にすることはない。」

「そうかな…」


小春は本を読み終わり飽きたのかぷうぷう寝息を立てながら寝ていた斑の頭を撫で川の流れをただ見つめてぼうっとしていた。
早くに本を読み終わったからか、いつもより兄の帰りが遅く感じてしまう。
暇だなぁ、と兄の姿がないか覗き込みように学校の方向を見据える小春に斑は気にするなと呟く。
斑の言葉に小春は納得したのか寒そうに膝の上にいる斑を抱きしめ膝を立てて体を丸める。
斑は小春に抱きしめられても文句も言わずただ自分の毛皮に頬擦りする小春に目を細めジッとしていた。



― みつけた! ―

「え?」



斑の、猫の体温をカイロ変わりにしていると小春の耳に小さな声が届く。
顔を上げその声の主を探すが、この河川敷には自分と斑しかおらず人っ子一人いなかった。
小春はもう一度辺りを見渡した後、ゆっくりと突然顔をあげ周りを見渡した小春を不思議そうに見上げている斑に目線を落とす。


「ニャンコ先生…何か言った?」

「?いいや、私は何も言ってないが…」


首を振る斑に小春は『そっか…』と呟くも小春の表情はどうにも納得できてないようで、斑は周りを見渡した後『どうかしたか?』と再び小春へ顔を上げたその瞬間――…



「見つけたぞ!!!友樹の孫よ!!!」

「「―――!!」」



突然突風と共に前方から腹に響くような低い声が小春だけではなく斑の耳にも届いた。
突風で舞い上がった砂と冷たい風に目を瞑っていた小春は風が止みゆっくりと目を開ける。
そして、小春と斑の目の前に現れた物を見て小春は…


「ちっさ!」


余りにも声とその目の前の者とのギャップについ素直に隠す事なく声に出してしまった。


「失礼な小娘よ!わしが態々人間如きの前に現れてやったというのにその言い方はなかろう!」


『小さいのはわしも分かっておるがお主のような人間に言われたくはないわ!』と跳ねながらプリプリ怒るのはよく願いが叶ったら目玉を描かれている赤い達磨だった。
その大きさは普通に売っているサイズよりも小さく、人間の手の平に乗せれる程の大きさで、先ほどの低い声とは違い甲高い声を出していた。
そんな小さな達磨が喋って怒ってぴょんぴょん跳ねて動くその姿に小春は口を開けて呆気にとられている。


「な、なんだ…達磨男ではないか…」

「だ、だるまおとこ…」


同じく呆気に取られていた斑も甲高い声で文句をグチグチ言っている声に我に返ったのか、斑はその小さく跳ねる達磨の名前を口にする。
斑から出たその見たまんまの名前に小春はついプッと噴出す。
それに達磨男がムッと凛々しい眉を寄せ『笑うとは益々失礼な娘よ!』と小春の顔に向かって高く飛び上がり、見事にヒットし小春は後ろに倒れてしまう。


「いったぁ…」

「ふん!お主が笑うからであろう!年寄りを笑うとは最近の若者は全く躾けがなっておらんわ!」


どうやらお年寄りの妖かしのようだが、跳ねているその様子は年寄りとは思えない。
小春は達磨男の迫力?に『ご、ごめんなさい…』と謝ってしまう。


「――って斑!?お主斑なのか!?」

「おそ!」

「なぜ今気付く…」

「ど、どうしたのだ!!お主ともあろう者がそんなブサ猫に成り下がりあまつさえ人間の小娘に飼い猫として暮らしておるなど…!!そこまでして友樹の尻を追いかけ楽しいか!?気色悪っ!!」

「ええい!!相変わらず煩い男だ!!!噂も聞かなかったから死んだかやっと自分の煩さに気付いたかと思えば変っておらんな!!少しはその先走った思考はどうにかならんのか!!!」


小春にプリプリ怒っていたと思っていたら今度は斑に気付き軽く(いや、大分?)引いていた。
蔑んだ目で見てくる達磨男に斑は負けじと声をあげ、そんな2匹を小春は先ほど達磨男が体当たりし少し赤くなっている額を撫でながら『なんか…忙しい人だなぁ…』と思う。
暫く言い合いが収まるまで待っていた小春だったがいつまで経っても言い合いは終わらず逆に益々ヒートアップし、ついには手足まで手で来る始末。
舞台は草から小石だらけのステージへと移り小春は手足のない達磨男がネコパンチを出す斑にどのような反撃をするのか興味津々で見ていたが達磨男は器用に斑のネコパンチを避け小春にしたように体当たりで反撃していた。
まだ本当の姿だったなら避けることが出来ただろう斑だったが、ゴン、と鈍い音を立て達磨男の体当たりが顔面に命中し、情けなくも一発KOとなってしまった。
それに小春は慌てて斑に駆け寄り抱き上げ、赤くなっている顔を擦ってやる。
心配してくれる小春をいいことに斑は小春の腕の中で『うう…』と痛そうに唸り小春に甘えていた。
その姿に『ふん!』と鼻息を荒くし勝利を噛み締めていた達磨男は半目で斑を見上げる。


「なんともまあ…情けない姿だの、斑よ。」

「ふん、枯れたジジイに言われてもカチンともこんわ。」

「失敬な!!枯れてはおらん!!わしはまだ現役バリバリじゃぞ!!」

「枯れておるだろうが!!小春を見ても何も思わんのがその証拠だろう!?」


小春の腕の中からシャッシャッ、と短い手を振って威嚇し、達磨男も同じくピョンピョン跳ねて声を上げる。
そんな2匹に小春は困ったように笑い、お約束に斑を撫で大人しくさせ、次に達磨男の小さな頭も撫でてやる。
すると怒りで赤い体を更に赤くしていた達磨男だったが小春に撫でられさきほどの怒りが嘘だったように怒りが静まり大人しくなった。
大人しくなった達磨男を見て斑は『人の事を言えないではないか!』と鼻を鳴らす。
それにまた喧嘩が勃発しそうになったが小春に『こら!めっ!』と怒られ2匹は言いたい事を飲み込み渋々大人しくなる。


「それで…あの…なんの用ですか?」

「ふん!大方小春を喰らい力を得ようと考えておるんだろうがそうはいかんぞ!達磨男!」

「フン!わしはこの形でも力が有り余っておるわ!!誰が友樹の孫などを食べて力を得ようとするか!名を返してもらおうと思っただけじゃ!!」

「名って…名前?」

「それ以外何がある?さあ返してもらおう!お主レイコの孫でもあるのだろう?だったら友人帳を持っておるじゃろ!!返してもらおう!あれは妖かしにとって命と同じく大事なものなんじゃ!」

「………」


達磨男の用というのが分からず小春は首をかしげる。
斑は小春を食べる為に来たと早とちりというか決め付け、ぴょん、と隙をつき小春の腕から飛び降りてシャー!と達磨男に毛を逆立て威嚇する。
それに小春は『ああ!もう!こら!駄目でしょ!』と再び斑を抱き上げ腕の中に閉じ込めた。
達磨男は鼻を鳴らし声を上げたが、その達磨男の"名を返してほしい"という言葉に斑の頭を優しく撫で落ち着かせていた小春は再び首をかしげ、斑から達磨男へと目を映す。
達磨男は小春が首をかしげ惚けているとでも思っているのか必死に飛び跳ね名前を返してほしいと願う。
そんな達磨男の言葉に小春は『返してほしいと言われても…』と困ったように眉を下げ、斑は口を閉じ睨むように達磨男を見つめた。

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