(5 / 13) 7話 (5)

学校がないある日、井上は小学校の弟が夕食の時間になっても帰ってこないと母に頼まれ公園まで迎えに行く事になった。
こういう時姉は面倒だ、と思いながら弟とはそんなに仲が悪い間柄ではないため井上は2つ返事で迎えに行くことになり、無事公園につく。
公園に着くとやはり弟達は遊び呆け、井上が迎えに来たことでもう帰る頃と気付きまた遊ぶ約束を交わした後それぞれ家に帰っていった。


「そうだ!姉ちゃん!知ってる?あの幽霊病院にすっげー美人がいたって言う噂!!」

「すごい美人?」

「そう!すっげー美人!!」


幽霊病院とは昭和に作られた木造の病院で、誰が見てもボロボロの病院だった。
小学生の間ではいかにも何か出そうに見えるため幽霊病院と言われている。
井上は美人、と聞き一瞬小春を思い出したが『いやいや、そんな訳あるわけがないし…体が悪いなんて噂聞いてないし…』と即首を振り否定する。


「俺その美人見たんだぜ!」

「え…噂じゃなかったの?」

「ああ!噂じゃないけど噂なんだ!」

「へぇ…」


小学生は分からん…、と数年前は自分も小学生だったのを棚にあげ、井上は心の中で思いながら適当に返事を返す。


「その美人ってさ!全部なかったっていうんだ!」

「全部なかった?何が?」

「んー、そこんとこは曖昧なんだけどさ、確か…目が見えなくて、喋れなくて、耳も聞こえなくて、足も使えないって言ってた気がした。」

「馬鹿ね、そんな人間そうそういてたまるものですか。」


目や耳の2つが聞こえないというのは分かる。
しかし手以外の全てが機能停止など見た事がない…井上はそう思い弟の言葉を切って捨てた。
姉に気って捨てられ弟は『えーー!!だってそう言ってたもん!!』と声を上げた。


「誰が言ってたの?」

「地味な看護婦さん!!」

「…………」


地味というのは少々気になるが看護婦が言ったというのなら信用できるのだろうか…、と井上は黙り込んでしまう。
すると、弟は突然前を向き『あーーっ!!』と声をあげ、井上はその大きさに両耳を塞いだ。


「なに!煩いわね!」

「ね、姉ちゃん!!あいつ!!あいつがあの噂の美人だよ!!」

「え?」


もう!!、と弟を叱るように声を上げれば弟は気にする余裕はないのか姉の服を引っ張り必死に前を指差していた。
そんな弟に怪訝そうにしながらも井上は前に目をやれば井上は目を丸くし硬直してしまう。


「夏目、さん…?」


井上姉弟の前にいたのは井上が怖いと思っている小春だった。
小春は『先生ー、ニャンコ先生?』と辺りを見渡し何かを探しているようだった。
すると小春は固まったまま自分を凝視する井上達に気付き、井上は小春と目と目があいビクッと肩を揺らす。
そんな井上の気も知らず弟は『すっげー!すっげー美人!!』と何故か感激していた。


「あの…」

「うぇ!?は、はい!!」

「このくらいの饅頭みたいな猫ちゃん見ませんでした?」

「ま、饅頭みたいな…猫?」


どうやら小春は井上がクラスメイトだとは気付いていないようで、何事もないように井上に声をかけてくる。
その表情は困ったように眉を下げ、その様子は誰もが無償で手を差し出したくなるほどでだった。


「い、いえ…知りませんけど…」

「そうですか…ありがとうございます…」

「なあなあ!!猫を探してるのか?だったら俺達も探すの手伝うよ!!」

「え?」

「ちょ…ば…ッ!」


『なんて事を言うの!?この馬鹿!!』と井上は言葉に出ない言葉を弟に投げかける。
しかし残念ながら弟はそんな姉に気付かず目の前の美少女に目を奪われていた。
美少女こと小春はきょとんとしていたが、困ったように小さく笑う。


「ありがとう…でもあなた達はもう帰らなきゃいけないんでしょ?遅くなったらお母さんに怒られるわ」

「いいんだよ!本当の母さんじゃないし!それにあの人そんなことで怒らないし!」

「え…」


ニカー、っとなんでもないように言う弟の言葉に小春は目を見張った。
微妙な空気が流れるその空間に井上は慌てて弟の口を塞ぎ小春に笑って誤魔化した。
そんな井上に小春も空気を読んだのか苦笑いを小さく浮かべる。


「ぷはっ!姉ちゃん何すんだ!」

「馬鹿!そんなこと人様に言うもんじゃないって何度言えば分かるの!」

「いーじゃん!俺気にしてねえしあっちだって別にそんなの気にもしてねえよ!それよりさ!俺達も手伝おうってば!」

「あーもー!アンタってばなんでそう美人に目がないの!!この面食い小僧!!」


不満顔する弟の頬を抓り、言ったら言うことを聞かない弟に溜息をつきながら小春に目を移した。
小春は見つめてくる井上に首をかしげ見返し、その愛らしい表情に更に学校の時と違い井上は一瞬言葉を詰まらせる。


「ごめんなさい…この子言ったら聞かない子で…あの、手伝わせてもらえませんか?」

「え…でも…」

「お母さんのことなら大丈夫です。遅くなるの分かっているので…」

「そ、そうですか…」


弟がいつも道草を食い、それに付き合わせれているのを母は十分に分かっている。
だから遅くなって怒られると言ってもすぐに『しょうがないわね、もう』と苦笑いを浮かべて許してくれるのだ。
手伝ってもいいかと聞く井上に小春は小さく苦笑いを浮かべながら『じゃあ…お願いします』と頷き、その頷きに弟は嬉しそうに声を上げて喜んだ。
そんな弟が凄く恥ずかしくて井上は溜息をつきながら顔半分を片手で隠す。





がさがさと井上は弟と小春と共に草むらを探していた。
井上はチラチラと側で探す小春を気にしていたが、すぐに探すのをやめ、しかしまた小春をチラ見するというのを繰り返していた。
最初猫の名前を聞いた時『猫に先生って…』とちょっと顔を引きつらせていたが、名付けなど人それぞれなためそれに文句は言えない。
しかし良くも悪くも素直すぎる弟は『変な名前!猫に先生だってよ!』と言いかけ、長年姉をしている井上は慌てて言いたい事を察知し弟の口を塞いでやはり笑って誤魔化した。


「あの…猫ちゃん出て行っちゃったんですか?」

「え?」


井上は気まずい空気に耐えかね、ついポロッとどうでもいい事を口にする。
口に出した時後悔したがもう撤回は出来ない。
キョトンとさせる小春に『あー』やら『うー』やらどう言い訳しようか目を逸らし考えていた。
そんな井上に小春は言っている意味を理解したのか少し悲しげな表情を浮かべながら笑みを浮かべ、小さく首を振った。


「いいえ…ご飯だから迎えに来ただけです」

「そ、そうですか…でも猫って勝手に帰ってくるんじゃ…」

「いつもニャンコ先生も一緒にご飯食べるんで…」


『あれ?意外と親馬鹿?』と井上はちょっと親近感を覚えた。
恐怖感を覚えていたが柔らかく優しい笑みを見たからだろうか、普段なら聞けないような事を口にしてしまう。


「あの…弟に聞いたんですけど…あの病院で入院してたって本当ですか?」

「え…まあ…はい、してました。」

「それで目も耳も口も足も機能しなかったって聞いたんですけど…まさかそんなわけないですよね?だって今はこんなに普通の人と同じように動けるんだし…」

「…………」


冗談のように笑って言う井上に小春は黙ってしまう。
半信半疑だった井上だったが、黙り込む小春に『え、まさか…え?』と小春を凝視し、小春はそんな井上をよそに悲しげに目を伏せた後重い口を開いた。


「本当でした…」

「え…ええ!?で、でもそんなようには見えない…」

「治ったんです、いつの間にか…」

「…治った……」


井上は頷いた小春に目を丸くしてしまう。
小春は悲しそうな表情から苦笑いへと変え、『もうなんでもないですけどね』と笑う。
その笑みに井上は自分がどんな事を聞いたのかを気付き慌て謝るが、小春は気にしないで下さいとまた笑う。
小春が笑えば笑うほど井上の罪悪感は深まる一方だが、悲しくしても怒鳴っても泣いても井上の罪悪感は拭うことはないだろう。
それから暫く何も喋らず(弟は早速飽きて遊んでいた)探していたのだが…


「ねえ、あなた達ニャンコ先生知らない?」

「え?」


小春の声に井上は顔を上げ、後ろにいた小春を振り返った。


「そう…ありがとう……」

「あの…」

「?」

「そこに、何かあるんですか?」

「え…」


振り返った先には当然小春がいた。
しかし小春以外人は見つからなかったのだ。
井上には何もない草むらに小春が独り言をしているようにしか見えず、小春は井上の首をかしげながらの問いに一瞬キョトンとさせていたがサーッと顔を青くさせる。
それに井上は慌てて小春に駆け寄りどうしたのかと問おうと近づいた時…


「なーう」

「うわ!タヌキ!?」

「あ…ニャンコ先生…」

「へ?これが?このタヌキが?」

「にゃ。」


草むらからタヌキ…もとい、猫が顔を出し井上は驚きの声を上げた。
しかし小春の言葉に『ええ!?』と別の意味で驚きの声を上げる。
驚く井上をよそに小春は青い顔を笑みへと変え足元に近寄ってきた猫を抱き上げ優しく猫の頭を撫でてやる。
すると猫は気持ち良さそうに目を細め大人しくしていた。


「あの…」

「え?」

「手伝ってくれてありがとうございます……付き合せてしまってすみませんでした…」

「え、いや…いいえ…」


猫のブサ加減に唖然としていた井上に小春が猫から井上とその弟に顔をあげ、深々と頭を下げてきた。
それに井上は慌てて首を振って気にしないでと笑う。
その笑みに釣られたのか小春も小さく笑みを返した後もう一度お礼を言って井上達の側から去っていった。


「あの子…何かが見えていたんだ…私達の見えない、何かが…」


井上は小春の背を見送りながらそう呟き、拳を握った。

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