(8 / 13) 7話 (8)

「うわ…今度は玄関前…」


夏目は玄関の前にいる黒い影のような物にゲッと顔を歪めた。
この奇妙な物は学校の帰り道、友達である西村と北本と別れた後に見つけたカエルを蜘蛛の巣から助けてから始まった。
カエルを助けた時、封印されていた妖かしに呪いをかけられたようで腕に変なものが刻まれてしまった。
見えない塔子と滋だけなら包帯はなくてもいいだろうが生憎自分と同じく人間と妖かしの見分けがつかないほど妖かしの類が見える妹が家にいるので包帯を巻くしかない。
それが逆に心配した妹に夏目は怪我をしたと誤魔化すが、その誤魔化しを信じていないのは気付いている。
しかし妹を巻き込みたくないという気持ちで夏目は小春を避けに避けて過ごしている。
それがどんなに辛いことか…夏目は当分妹の頭を撫でていない日々に正直堪えていた。


(五日印と関係があるのか?どうしよう…)

「チッ…レイコと同じ顔でしけたツラをお見せでないよ!」

「!、ヒノエ…」


妹を避けているためここのところ毎日が1人での登校の夏目の背後から女性の声がし、夏目はビクリと肩を揺らした。
後ろを振り返ればそこには着物を着た女性が煙管を咥え煙を吐き出していた。
女性は友人帳で呼び出した三篠を通じて知り合った妖かしで、呪いに詳しいヒノエに色々と助けてもらっていた。


「印主の正体が分かったよ。」

「え!本当か!?」

「ああ、どっかの大杉に封印されている強力な邪鬼だ……長年かけて印を使いどうやら後1人喰えば封印が解けるようだ…お前がその1人ってわけさ。力も戻りつつあり、待ちきれず影だけを飛ばしてきたんだろう」

「………」

「お前、あの影に捕まったらその時点で喰われるよ。」


ヒノエは人事のように可笑しく笑う。
実際人事で、男嫌いだから仕方ないというものだろう。
夏目はクスクスと笑うヒノエに黙ったまま見つめ、笑っていたヒノエは目を細め薄く笑いながら続ける。


「その印から生気を吸い取って奴はどんどん早くなる。今はまだ鈍間で、やっと家を探り当てただけだけどね…とにかく、あの影に触れられたらアウトだ。」

「…………」


夏目はヒノエの言葉にグッと包帯の下にある呪いの印が付けられた腕を握る。


「…む?――ぬおっ!?」

「せ、先生!?」


滋、塔子、そして小春の事を思いながら夏目は腕を握っていると、夏目の胸のポケットにすっぽり入っていた小さい斑が突然体が大きくなり、その大きさは通常の大きさの倍である。
咄嗟に飛び降りた為夏目の服がビリビリに破られることはなかたが、目の前で突然斑が大きくなり夏目は唖然としてしまう。


「くそー!!呪いの余波のせいで妖力が安定せん!!くそ!!」

「わ!ば、馬鹿!止めろ!」


「貴志君?小春ちゃん?」


「…っ!!」


イライラした斑が地面に八つ当たりするように叩くが、巨大化したためその叩く力が半端なくドシンドシンと音を立ててしまう。
その音に塔子は小春か夏目が帰ってきたのかと思ったのか玄関を開けようとした。



「貴志君?小春ちゃん?帰ったの?おかえ……あら…可笑しいわね…声がしたと思ったのに…」



玄関を開けた塔子だったが目の前には誰もおらず、物音や声を聞いたのにと首をかしげる。
その頃、夏目は家の物陰に隠れ息を殺していた。


「よかった…バレなかった…」

「あの影、私がばくっと喰ってしまおうか」

「印のない奴は触れられず邪気にやられるだけだ…まあ、良かったじゃないか…あと四日間逃げ切れればいいんだ。」

「四日?」

「ああ、そうさ…影を飛ばしたのに印に追いつけなかったら記し主はまた深く眠ることになる」

「逃げ切ればいいんだな?あと四日…」

「……ああ…」


夏目はヒノエの言葉に不思議そうに首をかしげながら家の中に戻っていく塔子を目で追いながらグッと拳を握る。
その瞳には強い意志が感じられ、ヒノエはそんな夏目をただ見つめながら煙管を吸い、口の中の煙を吐き出した。



「あれ、まだいる…」


「―――!!」



優しい夫婦に引き取られそして短命だと思っていた妹が治りこれからだという時に邪魔するかのように呪いの印を付けられた夏目。
帰る場所があり、自分を受け入れてくれてる人がいるからこそ絶対逃げ切り帰ってきてやると思えるのだ。
そう夏目が長い戦いを決意していたその時、愛らしい声が3人の耳に届く。
ハッとし顔を上げればそこには長い間避け続けていた妹の姿があった。
小春は黒い影のような物があまりいい物には見えず本気で嫌そうな表情を浮かべて見ていた。
『まだ』と言っていたため、小春もこの黒いモノが見えていたらしい。
それを思いながら夏目は『当たり前、か…』と自分で言った言葉に目を細めた。
小春も自分と同じ妖かしが見えて触れれる強い妖力の持ち主。
自分が見えるものを小春が見えても可笑しくはない。
小春は『やだなぁ…』と呟きながら避けるように玄関に手を伸ばしたその時――…



「と…と、と…友樹ーー!!!」

「えっ…きゃああ!!!」

「うわ!ヒ、ヒノエ!!?」



――ヒノエが小春に抱きついたのだ。
小春は突然知らない人に抱きつかれ悲鳴をあげ、夏目は妹に突然抱きしめるヒノエに驚きの声を上げる。
しかし大きくなった斑は『やはり…』とヒノエに呆れ返って溜息をついた。


「友樹!!友樹じゃないか!どうしたんだい!?そんな格好して…!ああ!そうか!ついに私の嫁に来てくれるんだね!!いいだろう!亡きレイコの代わりに幸せにしてやるさ!!」

「い、いやー!変なところ触らないでーー!な、なに!?何このひとーー!!」

「ヒ、ヒノエ!!放せ!!小春は友樹さんじゃない!小春は俺の妹でレイコさんと友樹さんの孫だ!!!」

「な、なんだって!?」


ヒノエは小春を友樹だと勘違いし、抱きつき押し倒した挙句胸やらお尻やらに手を伸ばしセクハラをしていく。
胸やお尻を触れられ小春はゾゾッと背筋が寒くなり鳥肌も出てくる始末。
愛しい妹にセクハラする妖怪に夏目は慌ててヒノエを小春から引き離そうとするもヒノエは放さん!とばかりに抱きつく力を強める。
しかし夏目の『妹』という言葉にバッと顔を挙げ、押し倒し自分の下に居る小春をマジマジと見つめた。


「そうか…そうだな…レイコが死んでいるのなら友樹も…それにこんなに若いわけがない、か……」


マジマジと見つめると友樹に似ていても瓜二つといえどやはり違う。
ヒノエの寂しそうな言葉に夏目は安堵の息をついたのだが…


「そうか……そうか!!女か!友樹とレイコの孫は男だけではなく女も生まれていたのか!!女ならばますますいい!!さあ私と共に婚礼の儀を行おうではないか!!」

「えーー!?ちょ、放してー!」

「ばっ!こ、こ…婚礼だと!?絶対許さないからな!!っていうかおいー!小春をどこに連れて行く気だーー!!」


ゴン、と鈍い音がその場に鳴り響いた。
ヒノエは小春が友樹ではないと知り悲しみを見せていたのだが、夏目のように男じゃないと知り切り替えが早いのか小春を横抱きに抱き上げどこかへ連れて行こうとしていた。
しかし夏目のパンチによってヒノエは地面に沈み、小春はいつのまにか近づいていた大きくなった斑に襟を銜えられ怪我はない。


「た、助かった…ありがとう、ニャンコ先生…ってデカッ!」


怪我はなかったのだが、銜えられ地面に降ろされた。
――が、その斑の大きさに数歩後ろに下がってしまい、小春は斑を指差しながら兄へ振り返る。


「な、なんでニャンコ先生がこんなに大きいの!?なんで!?」

「お、落ち着いて!な?」

「落ち着けって…昨日までこんなんだったニャンコ先生を見てたのに落ち着けって言うの!?それにこの人誰!?お兄ちゃんの彼女!?」

「ちょ、ちが…」

「ふん!こんなもやしの彼女なんてどんなに金を持ってこられても嫌だね!!私はレイコと友樹という愛しい〜人がいるんだ!!勿論お前も入っているから安心しておくれ!」

別に入れなくていいです。むしろ入れないで下さい。

「ああっ!この蔑んだ目!!見た目は友樹だが目元はレイコだねえ!!いい!やっぱりいい!!」


蔑んだ目で見つめたつもりはないが、ヒノエには蔑んでいるように見えているらしく『ゾクゾクするよ!』と自分を抱きしめる。
短い人生の中で会ったことのない変態に小春は寒気が襲い兄の背中に隠れた。
そんな妹に夏目はつい苦笑いを浮かべていた…のだが。


「ほのぼのしてるつもりだろうがお前のその拳で台無しだな、夏目。」


そう斑に言われほのぼのとした空気は一気に崩れ去る。
危険人物を警戒し自分の背中に隠れる妹が今まで避けていたのもありいつも以上に可愛くて仕方ない夏目だったが、体は正直なもので小春にセクハラした挙句結婚しようとするヒノエを殴りたくて仕方ないと拳を握っていた。
それを突っ込んだ斑に夏目は微笑み拳を見せながら『ん?先生、なんか言った?』と斑に振り返るが笑顔なのに目が笑っていない。
目の笑っていない夏目に斑はソッと目を逸らす。

8 / 13
| back |

しおりを挟む