(5 / 10) 8話 (5)

ザア、と外から風で木々が揺れる音が篭もって響く。
お互い会話もなく気まずい空気が流れ、二人が歩くたびにギシギシという音が葉の音と重なりあい響いていた。


「や、家鳴りがひどいね…」

「え、は、はい…」

「壊されると思うと少し寂しいな…」

「そうですね…私は転校してきたばかりだから全然思い出なんてないですけど…古いものには歴史があるし、何より木の作りは好きですから私も少し残念です。」


今まで無言のままだった2人だったが女子が呟いたのを切っ掛けに小春も話をするようになった。
小春は木で出来た薄暗い校舎を見渡し呟くが、嘘ではなかった。
木の作りの建物には確かに思い出がある。
それは影鬼との、綾部との思い出でしかなくて当時は目が見えず耳も聞こえない為みんなの言う思い出とは少し違うが、小春からしたら立派な思い出だった。
もう影鬼がいないのも、小春の大切な思い出になる要因でもあった。
小春は首から下げている達磨男から貰ったお守りを服の上から握る。


「でも、何だか不思議」

「…?」


お守りを握っていると女子がふふ、と笑みをこぼし、小春は突然笑い出した女子に首をかしげ女子を見る。
不思議そうな顔をする小春に女子は『ごめんね』と謝るもまだ笑みを浮かべていた。


「ごめん、本当に不思議だなって思って…」

「不思議って…なんですか?」

「だって、夏目さんとこうして話すのって想像つかなかったの」


想像つかなかった、と言われ小春は更に首をかしげる。
小春は自分が避けられつつも気にされているのは気付いてはいたが、その原因がまったく分からなかったので女子との会話は疑問に思うことばかりだった。
そんな小春の思いを知って知らずか、女子は笑みを深める。


「夏目さんって、もっとこう…なんていうのかな?なんていうか…もっとクールな人かと思った」

「くーる?」

「そう、クール。いつも教室にいても表情ないし、休み時間でもずっと1人だったし…少し近寄りがたいなぁって思ったの。」

「………」

「でも、今日話しかけた時の夏目さんの笑顔見てちょっと驚いちゃった…夏目さんって、本当に美少女なんだね。」

「えっと…」


小春は美少女と言われどう返したらいいのか分からず、とりあえず苦笑いを浮かべる事にした。
別に自分を不細工とも普通とも思っておらず、兄も自分も少なからず顔は整っている方だとは思う。
だが、自分が生き写しだという祖父、そして兄が生き写しだという祖母の姿を見て、そして容姿を見てしまえば『うん』とも『違うよ!』とも言えなかった。
影鬼が逝ってしまった時に見た2人は本当に美女2人だった。
…1人は男だが、妖かしが2人の事を好きになるのが良く分かると小春はその夢を見た後思ったとか。
否定も肯定もしない小春に女子は嫌味ではなく『うん、やっぱり美人だ。』と笑みを深めた。


「あれ?誰かいるの?」


暫く話しながら歩いていると廊下に誰かが立っているのが見えた。
女子は少しビクッとさせたがそれが自分達の制服を着ている少女だと分かりホッとしたらしく、その少女に声をかける。
出発する前に実行委員達の会話を聞いていた女子はその少女に『早く戻れって言ってたよ?』と言おうとその時、影で見えなかった顔に突然一つ目が浮き上がった。


「きっ…きゃあああ!!!」

「きゃ…!」


片目だけを開けているにしては大きすぎ、真ん中すぎ、そしてはっきりしすぎるその少女に女子は悲鳴をあげ、驚いて後ろに下がる。
しかしその後ろにいた小春にぶつかり、小春の後ろには運悪く先ほど上ってきた階段があり小春はその階段に踏み外し、女子とともに下に落下していく。


「い…ったぁ…」


落ちた時にどこかを撃ったのか小春は痛む体をゆっくり起こし、側で倒れているであろう女子を振り返ろうとした。


「だいじょう……」


女子は確かにいた。
倒れており気を失っているのかビクともしないのだが小春の目線は女子ではなく、女子と自分の間にいるその人物に目を奪われていた。


「目覚めてしまったか…」


その人物は何故か番傘を被り片方の目のところだけが開いていて着物を着ていた。
その人物は若い声色をしており、目を覚まし自分を見上げる小春に気付く。


「ここからは1人も出してやらんぞ人の子。我々の住処を奪おうなどと…」

「―――!!」


そう呟きながらその人物は小春に手を伸ばす。
小春は怖がる事もなくただその人物を見上げていたが、手を伸ばしてくるのを見てハッとし目を瞑った。



「夏目さん!?どうしたの!?」

「…!」



下からの井上の声が小春とその人物の耳に届く。
井上の声を聞いた瞬間その人物はピタリと動きを止め、小春はゆっくりと目を開ける。


「大丈夫!?誰かいるの!?」


上がってくる井上の声と足音にその人物は舌打ちをした後煙と共に姿を消した。


「あ!待って…!!」

「夏目さん?どうしたの?誰もいないわよ?…あれ?薫は?」

「え…?」


消えた人物に気を取られてしまっていたためか、一緒に居た女子も消えたことに小春は気付かなかった。
井上に言われ始めて気付き女子がいた場所へと目を向けるもそこには誰もおらず、小春は慌てて周りを見渡す。
しかしやはり女子は見当たらなかった。


(い、いない…もしかして連れて行かれた!?そっか…戻って来てなかった人達もあの人に……一体どうしたら…)

「……夏目さん…夏目さんって見えるの?」

「―――!!」


姿が行き成り消えたことを見るとその人物は妖かしらしいことが窺える。
小春は妖かしの仕業にどう対処していいのか分からず戸惑っていると井上が小春を見つめながらポツリと呟いた。
その呟きに小春はそのまま硬直し息を飲んだ。
ゆっくりと井上へ振り返ると井上は小春の反応に『やっぱり…』と目を細め小さく笑う。


「夏目さんって、何か見えているんでしょ?時々変な行動取るわよね?猫を探しているときも何もないところに話しかけたり、それに私、見たの……この前何もないところにお茶をこぼしながらブツブツと何か話してたでしょ?それって…見えてたんだよね?私達に見えない何かが…」

「……っ」

「…もし、そうなら……皆には黙っていてあげる…だから私に協力して!」

「え…?」


小春は兄や自分が人に言えない秘密を井上に気付かれ心臓の音が煩いほど鳴り、息もずっと止まっているかのように苦しかった。
しかし彼女の協力してほしいという言葉に小春は我に返ったように心臓の音も鳴り止み、体も軽くなった気がした。
井上の言っている事は憶測で、脅しにはならないと小春は安堵の息をつきながら首を振る。


「……ごめんなさい…何のことか分からない…」

「!、い、いいの!?皆に言いふらすわよ!?」

「…中傷めいた噂が立っても私は構いません…慣れてますし………だけど…それでもし塔子さんや滋さんやお兄ちゃんに迷惑が掛かったら私はあなたを許さない。」

「…っ」


見ただけで確かな証拠もなく憶測なら誤魔化しが効くかもしれない、と小春は惚けた。
惚ける小春に井上は声を上げて言いふらすと言うが、小春は小さい頃の中傷に比べたら陰口には慣れているので気にしない風を装う。
しかし、それで藤原夫婦や兄に心配はかけさせたくなく、強気で睨むように見つめれば井上は自分が言いふらし迷惑がかかる人達が居ることを気付き申し訳なさそうに目線を落とす。


「ご、ごめんなさい…でも……でも本当は見えるんでしょ!?ええい!!白状なさい!!」

「ええ!?」


しゅんとさせ分かってくれた事にホッとしていた小春だったが、突然逆切れしたように問い詰める井上にビクッと肩を揺らし目を丸くさせる。
しかしその瞬間井上は横から突進してきた何かに勢い良くぶつかり気を失ってしまった。


「に、ニャンコ先生!?」

「む、こいつ妖怪ではないのか?」

「ち、違います…人間です…」


その何かとは探検という名の調べをしていた斑だった。
斑は丁度小春の元に戻ろうと思い小春を探している途中、迫る井上を見て咄嗟に突進したという。
小春は妖かしと間違える斑に気持ちは分からなくはない、と乾いた笑いを浮かべた。
倒れる井上をそのまま放置、というのも出来ず小春は井上を引きずりながら適当な部屋に入る。


「小春、厄介な事になったぞ。」

「え?」

「窓を開けてみろ」

「窓?」


斑は人間にタックルをして気絶させたことなど気にもせず小春の足元に近寄り抱き上げて欲しいと要求する。
その要求に小春は素直に従い小春は斑の体を抱き上げるのだが、斑の言葉に首をかしげながら窓に近づく。
斑は小春の肩に乗り、小春は両手を窓に伸ばし窓を開けようとするも窓はビクともせず押しても引いても開かない。


「あれ?開かない…」

「校舎全体に結界が張ってあって出られないようになっているのだ。」

「あ…そういえば…私妖怪見たんだけど…ニャンコ先生も見た?その人皆を攫おうとしていてもう数人は連れて行かれているの。それにちょっと前に一つ目の女の子の姿が一緒にいた女の子にも見えてたみたいだし…」

「ああ、その妖力でピリピリしておる。多分結界の作用で時々常人にも妖かしの姿が目に映っているのかもしれんな。」

「ええ…そんな……」


斑の言葉に不安気に眉を下げる小春に斑は肩から小春の腕の中に滑るように戻り、斑は不安気に表情を浮かべる小春を見上げ小春の頬にペチリと手を伸ばし『安心しろ』と呟いた。


「もしもの時は私がいる。それに友人帳を使って三篠を呼び出せばよい。」


『まあ、あれはお前ならば友人帳がなくとも来るだろうがな』と呟く斑に小春は『え?』と目を見張り斑を見つめる。
斑はなんでもないように言葉を口にしたが、小春は聞き覚えのある単語に耳を疑った。


「ゆ、友人帳って?私持ってないけど…あれはお兄ちゃんの物じゃ…」

「フン、私が入れておいたのだ。夜にこういう場に集まれば何が起こるか分からんだろ…実際低級の妖かしが結界を張りお前を閉じ込めたではないか。」

「そうだけど…勝手に持ってったらお兄ちゃんが怒るんじゃ…」


斑の言葉に小春は斜めに掛かっているカバンを片手で探る。
するとそこにはあからさまに固く大きい物が小春の手に触れ、小春はその物を持ち上げる。
すると斑の言う通り友人帳が小春のカバンの中から出てきたのだ。
小春は『いつの間に…』と斑の手際の速さに唖然としていた。
そして同時にそのせいで斑が怒られる想像が頭の上に浮かべる。


「何を言うんだ。友人帳は確かにあいつの所持品だが、元を辿ればレイコの物なのだぞ?同じ孫ならばお前も持っても可笑しくはないだろう?それにお前にもレイコの血が流れているのだ…友人帳を使えない事はない。」

「…………」


もう何度も兄が名前を返すところを見たことはあるが、小春自身が使ったことはない。
不思議と夏目も小春に使わそうとも小春も使いたいとは思わなかった。
斑の言葉に小春は黙り込み、胸を張る斑に小春は小さく笑った。


「小春、この結界を張ったのがどんな目的でお前達を閉じ込めたのかは知らんがもしかしたら達磨男のようにお前が友人帳を持っていると思っている者かもしれない。」

「そんな…」

「もしもの時は私か三篠の名を呼べ。…まあ、百歩譲ってヒノエでもいい。誰でもいいから呼べ。いいな?」

「う、うん…」

「それと名を奪われた者かもしれんから方法を教えてやる」

「ゔ…自信ない…」


今までやった事がないことだからちゃんとできるか不安だったが、今は夏目もおらず、もし返して欲しくて生徒を奪ったものならば小春が返さなければ一生この中から出られないだろう。
斑は珍しく小春を一喝し、小春は斑から名前を返す方法を教えてもらった。


「では私は出れる場所を探してくるから大人しくしておれよ?」

「うん。」


小春は1人っきりにされることに少し不安に思うがここで我が儘を言っても出れるものも出れないので渋々斑を見送り、斑は器用に扉を開けて教室から出る。

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