(8 / 10) 8話 (8)

小春は走っていた。
暗闇でも不思議と屋上に続く道を走る。
まるで時雨のいる屋上が何処にあるかが分かっているかのように。







バン、と小春は勢い良く屋上の扉を開いた。
そこに広がる光景に小春は言葉を失う。


「おや、ちょこまかとどこへ行ったかと思えばそちらから来るとは…」


扉が開かれる音に背を向けていた時雨がゆっくりと振り返りながらまるで小春が来るのを分かっていたかのように驚きもせず目を細め見つめる。
小春も走って荒れた息を整えながら目線を時雨に向け、時雨を見返した。
時雨と小春の足元の床には怪我もなくただ眠っているだけの人間…小春のクラスメイト達が転がっていた。
時雨は真っ直ぐ見つめてくる小春から目を逸らさず小さく呟く。


「…人間は嫌いだ……私をこんな卑しい妖かしにして…その上我々の住処さえ奪おうなど…けして許さぬ」

「し、ぐれさま…もう…こんなこと止めてください…名前なら…返します…だから…この人達を帰してあげてください…」

「………」


時雨は小さく呟く小春の言葉に黙ったままだった。
外だというのに、風が吹き上げているというのに、2人の間には音がないように静まり返り小春の小さな声は時雨には届いていた。
しかし時雨はただ見つめるだけで友人帳を取り出す小春を見つめてるだけ。


「女の子が…あなたに、助けられた子が会いたがっています……校内に残っているあと1人の子が…とても、とても……何故会ってあげないんですか?」

「…人間の君には分からんよ…………『友人帳』を持っているということは君はレイコの縁者か…その友人帳を使って従わせればいいものを…君はレイコとは違いお人よしだね。」

「はい…だから名前は返します!だから…!」

いらぬ!!

「――っ!!」


友樹とは会ったことはないのか時雨は小春の顔を見ても何も反応がなかった。
友人帳を持っているということでようやくレイコと血が繋がっている者であるというのは気付いたようである。
小春は名前を返し、出来れば井上にも会ってほしいと懇願しようとしたのだが、時雨が声をあげ小春はビクッと肩を揺らし目を丸くさせ息を飲んだ。
そんな小春に時雨は傘の隙間から小春を睨みつける。


「いらぬ!!解放などいらぬ!!!もはや穢れた名など煮るなり焼くなりさっさと処分してくれれば良かったものを!!!」


声をあげた時雨は小春に向かって襲い掛かろうとしたのだが、小春の足元から招き猫の姿に戻っていた斑が現れ妖かしを追い払う光りを放つ。
時雨はその光りで被っていた傘が消えて行き、目を瞑っていた瞳を薄っすらと開ける。
光りは収まっていたが時雨は小春を見て目を丸くする。




「『時雨』様、名を返します…1人の女の子の心を支えた者の名前です…!」




小春は時雨が怯んだその間に時雨の名前の紙を探り当て、兄がしていたように2つに折り口に銜えていた。
そしてパシン、と胸元で手と手を合わせそう呟いた後フッと息を吹きかける。
すると紙に書かれていた名が小春の息に紙から剥がれ時雨の額へと戻っていった。


それと同時に小春の脳裏に時雨の記憶が入り込む。





暗い…暗い…

悲しい…悲しい……


人なんか大嫌いだ…


どうせまた裏切るんだ―――…



「おーい!どこー?」

「出てきて!お願い!」




ああ…

また来た…

煩い奴が、また……




神から妖かしになった妖かしがいた。
彼は人間を憎み、人間を嫌っていた。


しかし、ある人間の女の子が暗い校内にいるのに従えている妖かしに聞き見に行った。


彼女は何かを探しているようで妖かしはいつまで経っても去らない彼女に苛立ち姿を見せてしまう。
彼女は大事なものをなくしたから帰れないと言った。
それに妖かしは舌打ちを打ち彼女から去りながらもその大事なものだという物を見つけだし早く帰らせようと思いその大事な物を渡した。


「お礼が言いたいの!どうしても!!出てきて!お願い!!」


それからだった。
彼女が毎日妖かしに会いに来るようになったのは。


― たった…たった一度……さっさと追い出したくて手伝ってやっただけだというのに…毎日、毎日…飽きもせず…なんとけったいな生き物か ―


妖かしは傘の隙間から彼女の姿を目で追う。
彼女は妖かしに見られているのに気付かず、そして側にいるのにも気付かずずっと妖かしを呼び続けた。
その姿を妖かしは追い出そうとせず、ただ見つめているだけだった。

するとふと妖かしは自分の手を彼女に伸ばす。


― …不浄の私が触れたらば……やはり穢れてしまうだろうか… ―


毎日来る彼女に触れてみたい、と妖かしは思うようになり手を伸ばしたのだが―…


「一度だけでいいから出てきて!!」


その言葉に妖かしはハッと我に返り彼女に伸ばしていた手を引っ込める。


ああ…

そうか……

もう一度会ってしまったら…



――――君はもう…来なくなる……



妖かしは静かに彼女の側から姿を消した。


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