小春は妖かしの…時雨の記憶を見て涙を溜める。
時雨は小春が自分の記憶を見ているとは知らず名を返され諦めたような息をつきながら呟いた。
「すまなかったね、人の子よ…最後にここに住む者達と思い出詰まるこの場所くらいは守れやしないかと思っただけさ…」
「時雨…様…」
時雨の記憶に涙を溜める小春に時雨は目を細め笑う。
「夏目、名を返してくれてありがとう…しかし私はもう逝くよ…潮時だ……ありがとう、夏目―…」
「時雨様…!井上さんは言ってました!!時雨様は不浄などではないって!救ってもらえたんだって!!人の言葉なんか信じなくてもいい!だからどうか!!井上さんの言葉だけは―――…!!」
小春は涙を流すのを我慢しながらグッと手に持っていた友人帳を握った。
握る力が強いのか小春の白く細い指は真っ白に変っており、時雨を見上げながら必死で井上の言っていた言葉を時雨に伝えようとする。
段々と消える時雨に小春は焦っていたその時、
「夏目さん!だいじょう…」
時雨の前に小春を追いかけてきた井上が扉を開けてやってきた。
時雨は井上の姿を見て目を丸くさせ、井上もまるで時雨が見えているように目を丸くし言葉を詰まらせる。
その瞬間暖かい光りが漏れ、小春と井上はその強い光りに目を瞑った。
さらば
花びらと共に時雨は体を消していく。
小春の目に井上の頭を撫でるように触れる時雨の腕が見えた。
さらばだ、人の子…
光りがやむとそこには時雨の姿はなかった――…
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