「…………」
リーン、リーン、と鈴虫の羽音が鳴り響くなか、小春は目をゆっくりと開ける。
小春の瞳は白く濁っていて、じっと天井を見つめるように動くことはなかった。
ゆっくりと上半身を起き上がらせ手の感覚だけで情報を得ようと布団や畳などに手を伸ばす。
そこでここが藤原家の自分の部屋なのだと分かり、ポスン、と再び布団に横になる。
「…………」
小春は目を開けていたが静かに目蓋を落としいつものように瞳を閉じた。
白く濁っているのは知っている。
綾部に教えてもらったのだ。
それに自分の体だから感じ取っていたのかもしれない。
でもだから何だと小春は口の中で呟いた。
白く濁っているのを嘆いたところで目は見えない。
白く濁っているのを悔やんだところで誰を責めればいい?
小春は責める相手もおらず諦めていた。
するとふと急に兄の事を思い出し、小春は体を起こす。
(お兄ちゃん、どこ…?)
声にならない言葉を呟いた小春だが、声が失われている為その場に誰か居たとしても気付かないだろう。
しかし…
――あっちだよ
女の人とも男の人とも取れる声が小春の聞こえない耳に届く。
それについ辺りを見渡すように首を動かすが目も見えない上に耳も聞こえない為誰かいるのか分からない。
―――こっち、こっちだよ、小春
目が見えない視界から突然白く細い手が現れ小春は首をかしげる。
目が見えないし耳も聞こえないのにどうして?と疑問に思うものの、小春は恐怖感もなくその手招きしている手の方へ足を引きずりながら腕だけで進む。
―――そう、いい子、いい子
動き出した小春を褒めるようにその声は呟き、手は2つになりまるで襖を開けるように左右に別れた。
その瞬間―――…
「小春!?」
肩を誰かが掴む感覚に小春は襲われた。
ビクリと肩を揺らせばその人物は『あ…ごめん…』と呟き小春の手の平にその人物の名前を書き始めた。
「『俺だよ、お兄ちゃんだ』」
(お兄ちゃん…)
その人物とは小春が探していた兄、夏目だった。
すでに謎の声は消えており、白い手ももういない。
小春は残念と思いながら兄の手に自分の手を重ねる。
そこで初めて兄の存在を認識し、小春は長い安堵の息をつく。
「『どうした?眠れないのか?』」
-コク-
「『気分はどうだ?気持ち悪いとか頭が痛いとかないか?体もどこか痛いところとかないか?』」
心配性な兄の言葉に小春はついクスクスと笑ってしまう。
その妹の笑みに夏目はどこも悪くないのだと小春に釣られて笑った。
「夏目殿?」
「え?ああ、ごめん、名前を返す途中だったな…」
兄妹で笑い合っていると夏目の後ろから誰かが声をかけ、夏目は後ろへ振り返る。
声をかけた者は人ではなかった。
その姿は様々だが人の姿ではなかった。
人型は人型でも人間にくくられるほどの人型ではなく、仮面を被っていたり顔が大きかったりと様々だった。
それは、そう…その者達は妖だった。
名前を返してもらおうと昼間に行ったダムの村からやって来た者達で、皆干上がった隙に名前を返して静かに暮らそうと夏目の所に押し掛けてきたのだ。
夏目の体で小春の姿は見えず、動物のような顔の妖、垂申が声をかけると夏目は妹の登場で忘れかけていたのか謝った。
しかし名前を返そうと立ち上がろうとしたその瞬間…
「友樹!?」
「友樹だ…!!」
妖達の視界に小春が収まった瞬間に妖達は声を上げて目を丸くさせ驚愕の表情を浮かべた。
決して多くない妖だが、そのざわめきが大きくて夏目は耳を塞ぐ。
ただ、斑だけは静かに小春を見つめていただけだった。
妖達は『友樹が帰ってきた!』『友樹が我々のところに帰ってきたぞ!!』、と騒ぐのだが、どの妖も友樹友樹と誰かの名前を口にしていた。
「友樹?」
「夏目殿、この方は……」
「俺の妹だ。」
「いもうと?…ということはレイコの…」
その中で冷静な垂申がざわめきの中で夏目に声をかけ小春を指差す。
しかし夏目の言葉に垂申はどこか納得したように頷いた。
「なるほど……」
「お、おい…何1人で納得してるんだ?」
「…友樹、という名に聞き覚えはないか、夏目。」
「え?」
顎らへんに指をやり頷く垂申に戸惑っていると、背後から斑が現れ、夏目は斑の言葉に首をかしげる。
友樹、友樹…とブツブツとその名前を呟きながら奥の方に仕舞いこんでいる記憶を探っていると思い出したのかハッと顔を上げた。
「友樹………、…あっ!!」
「思い出したか…やれやれ人というものは馬鹿でかなわ、に゙ゃ!!」
ゴン、と鈍い音が夏目の部屋に鳴り響く。
「祖父だ!友樹って言ったら祖父の名だ!!」
シュ〜、と斑の頭に大きなたんこぶが出来上がり、煙があがっている。
それにちょっと妖達は引いているが今の夏目には関係ないことだった。
「そ、そうだ…友樹はお前の祖父だろう。」
「あれ?ニャンコ先生なんで祖父のこと知ってるんだ?祖父も妖が見えていたのか?」
「いや…友樹は妖を見ることも感じ取ることも出来ない普通の人間だった。」
「え?じゃあ…なんで…」
「しかし例外がいた。」
「!」
妖を見る事も感じ取る事も出来ないのなら斑やこの目の前にいる妖達が知る事もないだろう。
…いや、一方的に知っているのなら話は繋がるが夏目は妙に好意的なのが引っかかっていた。
首をかしげていた夏目だったが斑の呟きに目を丸くさせる。
暫く斑と夏目は見詰め合う形となり、妖達の興奮も冷めたのか、はたまた夏目の耳に妖達の声が届いていないのか、その部屋は静まり返っていた。
「その妖の名は"影鬼"」
「かげおに…?」
「生きとし生けるものの生気を吸い取る妖だ。」
「生気を…吸い取る…妖……」
「友樹は影鬼だけ見ることができたのだ。」
夏目は斑の言葉をオウム返しのように繰り返すことしかできず、影鬼という名を斑が呟いた瞬間その場に居た妖全てが凍りついた。
そんな妖達をよそに斑はそっと夏目から小春へ目線を移す。
「小春は友樹によく似ている…瓜二つと言ってもいいほどにな。」
斑の言葉に夏目は後ろにいる小春を振り返り、斑はトテトテと小春の膝へ前足を乗せる。
小春は斑が来たことに気付き小さく笑い斑の頭を撫で始めた。
斑は気持ち良さそうに目を細め、小春の膝の上に乗り丸くなってそれ以上喋ることはなかった。
「…………」
夏目も喋ろうとしない斑にこれ以上聞く事も出来ず小さく息をつき友人帳を開き始める。
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