(4 / 8) 2話 (4)

夏目は一人一人名前の返還を望む者に名前を返す。
名を返すのは簡単で、名前を返すのに必要なのは名前が書かれている友人帳と夏目レイコの唾液と息。
レイコの血縁である夏目がその妖の名前が書かれている紙を噛み、フッと息を吐くだけで紙から名前が解放されるものだった。
しかし、名前を返すと夏目の霊力を奪っていくため、体力が奪われる感覚に襲われ結構疲れるものである。
夏目が全ての妖の名を返したのは深夜3時だった。
その間、小春は名前を返してもらい消えていく妖を目を前にしても見えないため動じず、眠る事もなくただジッと夏目が声をかけてくるのを待ち斑を撫でていた。


「つ、つかれた……」

「馬鹿者!素直に返しよって!!また友人帳が薄くなったではないかッ!!」


4匹連続で名前を返した夏目はぐったりと床に横になり、名前を返す度に友人帳の厚さが減っていくのに斑は怒っていたが、正直美少女の膝に本当の猫のように丸くなって居座り体を撫でてもらっている姿では恐れる人よりも癒される人の方が多いだろう。


「夏目殿、ありがとうございました。お礼に私の魔鏡でお見せ致しましょうか?」

「?、何を…」

「小春殿に何か取り憑いておりますよ。」

「え…取りつ……」


垂申は取り出した手鏡を小春に向け、夏目はその手鏡を覗き込む。


「――――――――っっ!!!」

「む?何だ、憑いていたのか…友樹の匂いが強すぎて気付かなかったわ。」

(あ、あの時か!!ダムのあの時に憑いたのか…!!!)


鏡を見た瞬間夏目は声に出ない悲鳴を上げた。
鏡には小春と鏡を顔を上げて覗き込んでいる斑と…妖怪が映っていた。
妖怪は小春の肩に手を置きこちらを見つめにやりと笑っている。


「ど、どうしよう!!小春が…!!」

「ふむ、友樹の孫である小春に手を出すとは命知らずな者だな……よし、私が払ってやろう!」

「!、本当か!?ニャンコ先生!!」

「ああ、小春!歯ぁ食いしばれよ!」

「は…?」


混乱状態に陥っている夏目をよそに斑は至って冷静で、夏目は払ってくれるという斑の言葉に青くさせていた顔色を晴らしたのだが、次の言葉に呆気に取られる。
その瞬間ゴッ!と鈍い音が響き夏目は完全に唖然とした。
斑は膝の上で撫でてもらい先ほどまでゴロゴロと喉を鳴らしていたのに突然飛び上がって小春の顔面目掛けて頭突きを食らわした。
小春は突然のことで頭突きを食らいその勢いに畳みに後頭部を打ってしまう。


「お見事!放れましたな。」

「わーー!!小春!!ちょ…ニャンコ先生何を…」

「うう…おの、れ…!」

「…!!」


小春が倒れてしまったことで夏目は再び混乱し騒いでいたが、小春に憑いていた妖が小春から放れたのか体を震わせながら起き上がる。
それにハッと我に返り夏目は小春を背に隠し、妖と対峙する。


「おのれ…放さん…!放さんぞ人の子!!!」


ゴンッ、と再び鈍い音が部屋に響く。
夏目が再び小春に憑こうとした妖の顔面をグーで殴った音である。


「ま、まあ!落ち着こう!」

「お前が落ち着け。」

「…………」


顔面を殴られ妖は体を震わせ痛みに耐える。
突然向かってくる妖に夏目はつい反射条件に殴ってしまい、心臓がドキドキと煩かった。
ちょっと夏目も切羽詰まっていたようである。
そんな夏目に斑は突っ込み、小春は額を手で押さえながら何が何だか分からず首をかしげている。
ふと妖の横に目をやるとお面が夏目が殴ったせいで割れてしまっていた。


「あ…ご、ごめん…割れてしま……」


やっと我に返った夏目はハッとさせ申し訳なさそうに謝ろうとしたが妖が顔を上げるとお面の下には紙で顔をかくしていたので驚いてしまう。
お面が割れると妖は何故か大人しくなり、夏目達に頭を下げて謝る。


「あの…失礼致しました…」

「へ…」

「私は自力ではあのダム底から放れられないので通りすがりのその方に取り憑いたのです…」

「ほう…こやつが友樹とレイコの孫だと知って取り憑いたとはな…下級にしては中々度胸はあるのだな。」

「え…友樹とレイコの…孫…?……………ともき、と…れいこの…まご………ともきとれいこの………、…!!!……!?…え…ええええええええええええ!!!!!?」

「「気付くの遅っ!!」」


頭を下げる妖に夏目は戸惑うが、斑はいそいそと小春の膝の上の位置に戻り小春に撫でてもらっていた。
妖は気持ちよさげに目を細める斑の言葉に数秒かけて理解し、やっと小春が誰の孫かと分かり顔を青くさせる。
それについ夏目と斑は突っ込みを入れてしまう。


「な、なんということだ!!!友樹様の孫だったとは…!!そんな…!わ、私殺されてしまう!!」

「まあ、大丈夫だろ…レイコはもうこの世を去り影鬼は姿をくらましているのだ。」

「だが影鬼様が戻られた時にこの事が知られれば…!ああ!願いが叶う前に死んでしまうだなんて!!」

「落ち着け!…まったく…影鬼はもう戻らんよ。安心しろ。」

「え…戻らない…?」

「影鬼は友樹が居なくなった数日後に行方をくらましている…多分どこぞの山奥で1人衰弱しているか当の昔に死んでおるだろう。あやつは友樹命だったからな。」

「…………」


斑の言葉にようやく落ち着いた妖はゆっくりと座りなおす。
静かになった妖に溜息をつきながら斑は顎を小春の膝に乗せてリラックスしていた。


「すみません…取り乱して…」

「い、いや…」

「無理もない、レイコと影鬼殿は友樹にメロメロの骨抜きだった故…」

「へ、へえ…」


垂申の言葉に夏目はレイコ像が新しく変った。
今ではまだ見ぬ祖父に骨抜きな最凶最悪おばあちゃんである。
妖は申し訳なさそうにしながら口を開く。


「友樹様のお孫様に取り憑いたのは…どうしても逢いたい人間がいるのです…遠目から一目でも、と思う人間が…」

「…逢いたい人間……?」

「はい…人の子である友樹様のお孫様に取り憑いていれば万が一にも逢えるのではと思ったのです…ですからどうか数日間だけでいいのです!取り憑かせてください!」

「「断る。」」

「な…ッ!お前達に頼んでおらぬ!ただの人の子と古狸は黙っておれ!!」

「俺も友樹さんとレイコさんの孫だけど?」

申し訳ありません!!!

「早ッ!」


夏目の後ろで斑を撫でている小春に話しかけていたのか、夏目と斑が即答で断りをいれると敬語がなくなり上から目線で怒る。
だが斑はともかく夏目がレイコと友樹の孫だと知ると妖は即行で畳みに額をつけて土下座して謝った。
古狸と言われて怒り心頭だが小春にも撫でられたくて声を上げるしかない斑を放って夏目は戸惑いもなく土下座した妖に突っ込みを入れた。
『レイコさんどんだけ怖がられているんだ!?』と心の中で叫ぶ。


「…ですが…すでにその方の了承は得ております……」

「な…なんだって?」

「ダムで取り憑いた時、その方がこの体を使ってよいと申してくださったのです……お願いします…どうか取り憑かせてください…」


怖ず怖ずと顔を上げる妖に夏目と斑は目を丸くさせた。
目も見えず耳も聞こえず足も声も機能しない人間がどうやって自分の意思を伝えたのか、夏目は小春を振り返るも小春は耳が聞こえず目も見えないため夏目が振り返ったことには気付いていない。
嬉しそうに夏目と同じく顔を上げて自分を見上げる斑を撫でていただけだった。
夏目はそんな妹を見たあとゆっくりと妖へ顔を戻す。


「本当に小春が言ったのか…」

「え?あ、はい…」

「嘘ではないな?嘘を言っているのならお前を喰うぞ」

「なぜ古狸に嘘をつかねばならん。私は本当の事を言った。」

「…………」

「…………」


この妖は小春が喋れないことを知らないのだ…夏目はそう思ったが嘘をついているようにも見えずその妖を信じることにした。


「わかった…それは信じる…」

「おい夏目…」

「相手を探すのも手伝ってやるからはやく小春の中から出て行けよ?」

「!、は、はい!ありがとうございます!!夏目様!!」


夏目は溜息をつけながら了承し、夏目の言葉に妖はパア、と嬉しそうに笑った。
何度も何度もお礼を言う妖に苦笑いを浮かべ、今日は夜遅いから、と探すのは明日となる。
垂申もお礼を言って去っていき、どうやら妖と斑は気が合わないらしくよく喧嘩していた。
それを呆れた目で見ながら夏目は小春を部屋に戻そうとしたのだが…小春は横抱きにされ隣の自分の部屋に戻り布団に下ろされてようやく自分の部屋に戻った事に気付きギュッ、と夏目のパジャマを掴む。


「『どうした?』」

「…………」


小春を見ると小春は何か言いたそうに夏目を見上げていた。
それに首を傾げていると小春はそっと夏目の頬へ手を伸ばし、小春の小さな両手が夏目の両頬を包み込んだ。


「…!!」


その瞬間ドッと襲っていた疲れが回復していくのが感じた。
夏目の体中に暖かい物が流れ込んでいるような感覚に夏目は目を見張る。
暖かく優しいその不思議な物に夏目はふと目を瞑る。


「小春、お前何をしたんだ?」

「?」


次第に暖かい物は消えていき、夏目は疲れがすでになくなっているのに気付く。
静かに手を放す小春に寂しさを感じながら夏目はゆっくりと目を開け、小春に問うが手の平の会話ではなく、目も見えないため反応のない兄に小春は首をかしげる。
そんな妹に夏目はジッと見つめていたが、何故か小春に聞く気にもならなかったのでフッと笑みを漏らし小春の手を取った。


「…『一緒に寝るか?』」

「…!」


その文字に小春は顔を上げて嬉しそうに笑い何度も頷いた。
小春の笑みに夏目は眩しそうに目を細めて笑う。
向こうは煩いため襖を閉め、夏目は小春の布団で一緒に眠ることにした。

4 / 8
| back |

しおりを挟む