(3 / 8) 9話 (3)

お風呂を入り暖まった小春は一言も喋らない斑を心配しながら部屋へ戻っていく。


「お兄ちゃん、ニャンコ先生まだ拗ねてるみたい…」

「え、まだ?」


帰って来れば小春に体を洗われ機嫌も良くなると思っていた夏目はまだ拗ねている斑に目を見張る。
小春の腕の中にいる斑はただ無言で夏目を見上げるだけで夏目はその無言の訴えに『ゔ…』と言葉を詰まらせた。


「何で喋らないんだ?先生…殴ったから拗ねてんのか?」

「…………」

「何だよ…さっきのは先生が悪いんじゃないか…」

「でもいつもお酒を飲んで忘れるニャンコ先生がここまで拗ねるんだからお兄ちゃんも悪いところあったのかも知れないよ?とりあえず謝っておいたら?」

「いや、俺は悪くない。」


きっぱりと自分の言葉を否定する兄に小春は苦笑いを浮かべた。
それでも斑は黙ったままだったが、カララ、と窓が開いた音がし、2人はふとその音に振り返り目を移す。



「たっだいま〜!」



そこにはいつもの白の太った猫…斑がいた。
小春と夏目は斑を見てお互いの顔を見合った後、自分と妹の腕にいる黒い猫を見下ろし…



「「ええ!?ニャンコ先生が2人!?」」



驚きの声を上げた。
その2人の声に塔子が慌ててどうしたのかと声をかけてきたが、夏目が誤魔化してくれたお陰で何とか2匹の激似の猫を見られることはなかった。
斑も驚く夏目達を不思議そうにしていたが小春の腕の中にいる猫を見て同じく驚きが隠せず声を上げる。
小春は驚きながらも同じ姿の猫を何故か斑の隣に降ろし、2匹を見比べるように見つめた。


「む、やはりこやつ妖かしだな。」

「なんだ、先生じゃなかったのか」

「一目見れば分かるだろうが!阿呆!!」


確かに色、表情を見れば別猫だと分かるだろうが、生憎と夏目兄妹には気付いてもらえなかったようで斑は怒りを床に八つ当たりするように叩く。
すぐれ分かれと怒り出す斑に小春は苦笑いを浮かべながらも謝り、夏目は『無茶言うな』と呟いた。


「こんな頭でかい猫そうそういないだろ…」

「でもこの子も妖かしって事はニャンコ先生に化けて来たって事かな?何の目的で?」

「さあ…ニャンコ先生に化けてもそうそういいことないだろうに…」

「おいこらどういう意味だ……ってそれよりも友人帳は無事なんだろうな!」

「友人帳?」


思い出したかのようにハッとさせる斑の言葉に夏目は小首をかしげながら友人帳を取り出したのだが…


「あ…」


しゅっと夏目の手元にある友人帳をその黒い斑の姿の妖かしが目にも留まらない速さで口に銜え夏目から奪っていった。
夏目と斑があまりの速さで呆気に取られている中、小春も呆気に取られながらも声をもらす。


「ゆっ!友人帳が!!!」

「お、お兄ちゃん!?」

「あ、阿呆!夏目!ここは2階…!」


妖かしは友人帳を銜えながら開いていた隙間から外へ出ていってしまった。
それに慌てた夏目がそのまま窓から外へと出て行ってしまうのだが、ここは2階であり、当然梯子もない。
夏目は妖かし達の命と同等の大切なモノが載っている友人帳を奪われてしまい、我を忘れ慌てて窓から飛び降りてしまった。
それに小春と斑が慌てて窓に駆け寄って下を覗き見ると夏目の頭の中は友人帳を取り返すことばかり浮かんでいるのか痛がるようすもなく妖かしを追いかけて行ってしまう。


「ちっ!夏目め!!」

「あ!ニャンコ先生!」

「小春!夜は危険だ!夏目は私が追いかけ連れ戻すからお前はここで待っておれ!!いいな!!」


我を忘れ妖かしを追いかける夏目に斑は舌打ちをした後夏目と同じく二階の窓から飛び降り、綺麗に着地をして夏目を追いかけていった。
小春は飛び降りる前の斑の言葉に『えー!』と不満げに声をこぼしたが、小春の不満げな声を聞く暇もなく斑はいい聞かせてさっさと夏目を追いかけてしまう。


「…今なら間に合うよね……」


むーッと頬を膨らませて拗ねていた小春だったが、追いかけようと上着を着て兄の上着を手に取り、リビングにいる塔子と滋に気付かれないようにゆっくりと音をさせないように歩き玄関で靴を履き、兄の靴を持って出来るだけ音をさせないように玄関のドアを開けて閉める。
幸いにも2人は気付かず、小春は閉められた玄関の前で『よしっ』と小さくガッツポーズをして二人を追いかけるため家を出た。



****************



「くそ!どこ行ったんだ!?あの黒ニャンコ!!」


無我夢中で妖かしが走っていった方向へ走る夏目だったが暗闇で黒いものを追うのは難しく、黒猫を見失ってしまった。
息を荒くさせる夏目に追いついた斑は足元で座り込みゆっくり目を細める。
やはりどこか焦っている夏目とは違い落ち着いており冷静さを見せていた。


「落ち着け、夏目。こう暗くては黒い奴は見つけられん…出直すぞ。」

「でも!」

「この森は瘴気に満ちている…人間のお前が夜うろつくのは危険だ。」

「もう少し…!もう少し探させてくれ!!あれは…友人帳は妖かし達の大切な名を預かっているんだ!!」

「…………」


息を切れ切れにさせながらも必死に友人帳を持っていった妖かしを探そうとする夏目に斑は静かに見上げた。
しかし何度も戻れと言うが首を振る夏目に斑は溜息をつき地面を蹴り付け我を忘れているような夏目の顔面に体当たりする。


「っく!…せ、先生…なにを…っ!」

「まあ、落ち着け。家に小春を置いてきた…小春もお前と同じせっかちだからな…追いかけてきたらそれこそ大事になりかね――」

「兄ちゃん!ニャンコ先生!!」

「――んと言おうとした矢先に何故来るんだ!小春!」

「え?え…?」


この森にはまだレイコや友樹の事を知っている妖かしもおれば知らなくてもレイコや友樹の話を聞いている者もいる。
どちらも脚色させているとはいえレイコに恨みがないとはいえない妖かしも多く、友樹を喰う目的にせよ自分の物にしようとする目的にせよ狙う妖かしも多い。
特に夜は妖かしが活発になる時間でもあった。
それなのに夏目は探そうとするわ、ちゃんと言い聞かせたはずの小春が追いかけてくるわで斑は2人に声を上げた。
小春は何故怒られるのかが分からなくて首をかしげながら兄に持ってきた上着と靴を渡す。


「だ、だって…お兄ちゃんとニャンコ先生が心配だったし…」

「心配も何も夏目は私がいるから平気だ!」


斑に叱られ、小春はしゅんとさせ『ごめんなさい…』と呟く。
友樹に生き写しの小春が反省しながら謝るのを見て斑は『う…』と言葉を詰まらせてしまう。


「ま、まあ…来てしまったのなら仕方ないが……あの黒ニャンコからは悪意的なものは流れてこなかった。だから油断をしたのだが…とにかく悪用が目的ではなさそうな気配だった…下手に騒いで『友人帳』が奪われたことを他に知られる方が不味い事になるしな。」

「けれど…」

「あれ?ねえ、あの光りなに?」

「え?」

「光り?」

「うん…ほら、あそこの上のほうの山道に沢山の光りが浮いてるの」


小春はまだ納得できていない夏目と斑の会話を聞きながらふと視界の端に映った物へ目を移す。
そこにはなにやら光りの玉のようなものが浮かび上がっており、それを疑問に思った小春は兄と斑に声をかける。
小春の言葉に2人は首をかしげながら小春の指差す方へ目を移すと夏目は小春と同じく首をかしげていたが斑はその光りの玉が並んで動いているのを見て『ああ、狐火か』と呟いた。


「狐火?」

「ああ…しかし多いな…何処へ向かっているんだ?」


狐火と呟いた斑に2人は首をさらに傾げたが、斑が怪訝そうに呟いたその時列に並んで歩いていた獣の妖かしが突然立ち止まり、その妖かしの前にいた耳の大きな人型の妖かしがその妖かしに気付きどうしたかと問えば獣の妖かしは人間の匂いがすると鼻先を動かし夏目と小春が居る方へ鼻を向ける。
それに気付いた斑はハッとし煙と共に本来の姿へ戻り夏目を手で押さえる。


「いっ!せ、先生!重い…!」

「し!我慢しろ!妖かしのにおいでカモフラージュしてやってるんだ!小春!もっと私にくっ付け!」

「う、うん…」


夏目には手で押さえ夏目の反対にいる小春には自らくっ付かせている斑に夏目は妖かし達に気付いているもののわざとなんじゃないかと思ってしまう。


「おっと、遅れてしまう…まあ気のせいだろう。むしろこの辺はケモノ臭いし。」

「そうか。ちょっと残念だな、人間ならば酒のつまみに丁度いいというのに…」

(ケ…ケモノ臭いだと!?高貴で偉大なこの私をケモノ臭いだと!?)

(ま、まあ、まあ…気付かれなかったんだし…許してあげようよ…)

(許すもなにもケモノ臭いのは本当だろ?)

(何だと!?夏目!もう一度言ってみろ…!!)

(お、お兄ちゃんも!ニャンコ先生も!しーっ!)


獣の妖かしはもう一度匂いを嗅いでみたら人間ではなくケモノの匂いがしたため気のせいだと笑った。
その獣の妖かしの言葉に一緒に居た妖かしが『なんだ』と少し残念そうに呟く。
ケモノ臭いと言われた斑は青筋を立てここに人間である小春と夏目がいなければ今すぐにでもその2匹の妖かしを喰らっていたのだが、小春に宥められては黙るしかない。
しかし踏まれている恨みなのかポツリと夏目が嫌味を呟いたのを耳に入れてしまい静まっていた怒りが再び湧き上がってきた。
そんな喧嘩勃発寸前の2人を小春が慌てて宥めていると自分達に気付いていない2匹の妖かしは笑い声を小さく上げて歩き出す。


「しかし昔はよく『主様』が人の匂いをつけて帰ってきておったのう。」


本気で喧嘩を勃発させようと斑は夏目から手を退けると妖かし達の会話に出てきた『主様』という言葉にお互い顔を上げ妖かし達へ目線を移す。
小春も宥めるよう顔を撫でていたが兄と同じく妖かし達の会話の中に出てきた『主様』に妖かし達へと顔を向けた。
妖かし達は酒のつまみに最高だという人間が側にいるとは気付かず続ける。


「そうだったな、人に化けては里で遊び美味な土産をよく分けてくれておった…」

「それをおのれ人間どもめ…」

「人間などに関わるとろくな事がない。」


あの時は主様はああだった、こうだった、とどこか懐かしむように会話しながら去っていく妖かし達に小春と夏目はホッと安堵する。
斑も息を殺し妖かし達全てが去っていくのを見て安堵の息を吐き出し『行ったか…』と小さく呟いたその時…



「おや。」



小春でも夏目でも斑でもない女性の声が静まり返る森に響き、安心しきっていた小春はビクッと肩を揺らし斑の顔にくっ付き、夏目はハッと弾かれたようにその声の方へ振り返った。
そこには右目に蝶が止まっている着物を着た女性だった。
しかし蝶から人へと変えたその人物は決して人間ではないだろう。
その女性は斑に目をやり、まだ小春と夏目には気付いていない。


「そのお姿は斑様ではありませんか…お久しゅうございます。」

「紅峰か…」

「はい…ふふ、いつ見てもお美しいお姿…」


紅峰と呼ばれた女性の妖かしは斑を見て淑やかに笑う。
斑を知っているらしい紅峰に小春と夏目は警戒心を少し緩め、夏目が『先生の知り合いか?』と少し小さな声で斑に呟けば斑も釣られたように小さな声で『まあな』と呟き頷いた。
そんな夏目と小春に気付き紅峰は『おや』、と愉快そうに目を細める。


「人の子?…これはこれは…お食事中でしたか…私にもぜひおこぼれを……ん?この2つの顔…どこかで…」

「………」

「………」

「!!――ぎゃっ!夏目レイコにお姫…!?」

「阿呆!声がでかい!!!」


紅峰は人間だというのは気付いたが、まだ2人の顔には気付いていなかったようで見覚えのある顔に首を傾げ夏目の顎に指をかけ顔を上げさせて夏目と夏目の反対の方に居る小春を交互に見比べた後ようやくレイコと友樹の顔だと気付き声を上げる。
しかし斑に一喝され不運にも前足で叩かれてしまった。
その時小春は踏まれる紅峰を見ながら『ニャンコ先生も声が大きいんじゃ…』と呟いたのだが…斑には届かなかった。
斑が気を張りあたりに妖かしが居ないか探るように目線を配らせる。
妖かしの気配がないことに斑はホッと安堵の息をつきゆっくりと押しつぶしている紅峰から前足を退かした。

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