夏目がヘッドスライディングで逃げる黒猫を捕まえた。
捕まえたという夏目の言葉に冷たく凍りつくような雰囲気だった斑はその冷たい空気を引っ込め夏目と小春の元へと歩み寄り、それに紅峰も続く。
ちょこんと座って抵抗もない黒猫の前には風呂敷に包まれていたらしい友人帳が開いている風呂敷の上に置かれていた。
その2つを見ながら斑はレイコの姿から黒猫と同じ猫の姿へと変える。
「この黒ニャンコ…わざとじゃないのか?」
「わざと?」
「ああ…上手く言えないけど友人帳を奪うことでここに誘導されたような…」
「誘導?でも何の為に?」
「さあ…」
はっきりとは分からないが、夏目はなんだか誘導されたような感じがした、と首をかしげながら黒猫を見下ろしそう呟いた。
その言葉に小春も兄同様首をかしげるも夏目は小春の問いに答えれるほど分かっておらず、更に首をかしげることとなる。
その2人の会話を耳に入れながら斑は紅峰に探るよう命じた。
「おそらく力のある妖かしが招き猫に封じられている姿だと思うのですが…封印の影響が強くて知能低下を起こしていて―――……ん?この気配…覚えが……――っは!この妖気…!もしや主様!?」
「なに!?」
妖気や気配を察知することが出来る紅峰は斑に言われさっそく、と黒猫の頭へ手を伸ばす。
目を瞑り気を高めるとふとその妖気に覚えがあり更に深く気配を探る。
すると紅峰は思い出したのか目を丸くさせ咄嗟に手を引き驚きの声を上げた。
その紅峰の言葉にその場にいた全員が紅峰から黒猫へと目線を移す。
「ああ!主様!人間に封じられそのようなブサ猫に成り下がってしまわれたなんておいたわしい…!おのれぇ!!人間共め…!!」
「お兄ちゃん…この地方じゃ招き猫に妖かしを封じるのが流行ってるのかな…」
「さ、さあ…」
斑と主…ブサ猫2匹を見て紅峰は嘆き、あの宴会を開いていた妖かし同様人間に恨みの念を送る。
そんな紅峰を小春は横目で少し怖々と見つめながら隣に居る兄へコソコソと小声で耳打ちをしたが、夏目は若干紅峰の恐ろしい表情に引きながら顔を引きつらせ首をかしげた。
しかしふと何かを思い出し『あ…』と口を開けて呆ける。
「お兄ちゃん?」
「…もしかしたら主様の封印を解いたの…俺かもしれない…」
何か思い出したような兄の様子に小春は首をかしげていると兄の言葉に怪訝そうに夏目を見つめる。
そんな妹の目線に夏目は昨日の放課後の事を話した。
夏目がある家の庭に事故で入ってしまい、偶然にも友人帳を狙った妖かしに襲われ逃げている時に縄らしき物を切ってしまったという。
その縄というのが主様と言う足元で斑と同じ顔をしている黒猫が封印されていた縄だった。
「じゃあ…その縄が結界で…主様は動けるようになったからこの森に来たって事?」
「ああ…多分な…とにかく皆に知らせよう!主様の封印が解かれたって分かったら考え直すかもしれないし…」
「無理だな…この姿ではまず主様とは信じない。私のように感じ取れる高等な妖かしはそういまい。」
「そんな…」
ならどうして友人帳を盗むような真似をしてまで夏目を誘導したのか…それを聞き出そうにも言葉すら出ない状態の主様に聞けるはずもなく、夏目はとりあえずあの妖かし達に主様が無事であることを知らせ人間を襲うなどという考えを改めさせようと意気込んだ。
しかしその意気込みも紅峰の言葉によって粉々に砕け散り、夏目は肩を落とす。
解決策もなく小春は眉を下げ自分達の足元で何も言わない不気味な猫に手を伸ばし腕の中に収める。
小春が手を伸ばした時斑はいつものように自分を抱き上げてくれると思っていたのだが、まんまとフェイントに引っかかり小春は自分ではなくただ何も言わない黒いだけの自分のパクリのような招き猫を抱き上げたことにショックを受けていた。(しかし小春は別にフェイントをかけたわけではない。)
そんな斑に気付かず小春は自分の腕の中に大人しく納まっている喋れないため無言を突き通す主様を見下ろし優しく頭を撫でてやる。
封印はよほど深い封印なのか小春が撫でても力を吸わず、主様は気持ちよさげに目を細める。
斑で見飽きるほどその表情は見ていた小春だったが色や雰囲気が違うとまた愛らしく見えつい微笑がこぼれる。
その2人のやり取りを拗ねていた斑は『ぐぬぬ…!』と苦しげに唸り恨みの念を主様へと向けた。
「じゃあどうしたら元に…」
「おや、そういえば主様は確かレイコに名を奪われたと言っておりました」
密かに嫉妬の炎を燃やす斑に誰も気付く事なく紅峰は思い出したように顔を上げた。
紅峰の言葉に夏目は『そうなのか?』と確認するように問い、その問いに紅峰は『ああ…主様から聞いたことがある』とはっきりと頷く。
「そうか…名を奪われている分、殻を破るのに力が足りんのかもしれないな…」
「じゃあ名前を返せば元の姿に戻れるかもしれないの?」
拗ねていた斑も紅峰の言葉に納得するように小さく頷き、少し復活した斑の言葉に小春が少し嬉しそうに自分の腕にいる主様へと目線を落とす。
主様は相変わらず表情崩さず小春を見上げていたが、夏目に声をかけられ静かに小春から夏目へ目線を移す。
「主様!名を返します!だから…だからどうか皆を止めるのに力を貸してください!」
「………」
「俺に出来ることなら何でもします!だから…!!」
主様は夏目を見て、夏目の言葉に表情1つ崩す事なく見上げていた。
それは決して主様が無感情だからではない。
入れ物の表情が冷たく無感情に見せているのである。
夏目の言葉に主様ではなく斑が『しかし…』と渋った声をもらした。
「しかしどう返す?依代の姿では友人帳の名は検索してくれない。」
「だが本当の名前が分かれば返せるんだろ?だったら…」
「残念だが私は通称の『主様』でしか…」
「でもあの妖かしの中に主様の本当の名前を知ってる人いるかもしれないよ?」
あれだけの数の妖かしがいて1人だけでも主様の本当の名を知っている人がいても可笑しくはない。
しかしそれと同時に主様は本当の名を誰にも教えていないかもれない、という事もある。
どっちにしろ聞いて回るしか方法はないと誰もが思ったその時、草むらの向こうで宴会をし人を襲うのだと騒いでいた巨体を持った妖かしが茂みを掻き分け顔を出す。
「おい!お前らこんなところで何をしておる?さっさと行くぞ!」
茂みを掻き分け顔を出した自分達よりも数倍も大きい妖かしの姿に夏目達は油断していたのもありビクッと肩を揺らす。
しかしそれ以上に妖かしの言葉に夏目はハッとさせ立ち上がった。
「!――行くって…人を襲いにか!?」
「ああ!それ以外に何がある!」
「その必要はないんだ!主様はここに帰って来ている!!」
「何ぃ…!?」
「誰か『主様』の名を知らないか!?名前さえわかれば…」
「お主…人の子だな!?」
「――!!」
夏目が立ち上がった拍子に顔にかけてあった紙が捲られ、その僅かなズレにより妖かしに夏目が人だと察知されてしまった。
ガッ、と首を掴まれ夏目は突然の苦しみに襲われ抵抗も出来ず必死にその首を掴んでいる大きな手を外そうともがく。
しかし人と妖かし、そして大きさも相まって夏目の抵抗は無意味なものだった。
掴まれた拍子に完全に人の気配を消していた紙は取れてしまい、大きな体を持つ妖かしはその夏目の顔を見て目を見張る。
「お主…その面…!!――おのれ…!」
「お兄ちゃん…!!」
夏目の顔を見た妖かしは人だと分かったとき以上に夏目を怨めしい目の色を更に深くさせる。
そんな妖かしなど苦しみで意識が遠のきそうな今の夏目には気付くわけもなく、小春は慌てて夏目へと駆け寄り妖かしから助け出そうとするも側にいた紅峰に両肩に手を置かれ止められてしまった。
前に進もうとしても妖かしである紅峰の力に勝てずびくともしない小春だったがそれでも今にも気を失いそうな夏目を真っ直ぐに涙目になりつつも見つめ必死に兄の名を呼び助け出そうとしていた。
「そいつを放せ…!」
「煩い!!下がっておれ!!」
夏目が首を絞められているのを見て斑も助け出そうと駆け寄り、夏目の首を絞めている妖かしに飛び掛るも依代である招き猫の姿では対抗できず簡単に払い除けられてしまった。
妖かしはまるで虫を払ったように斑の方など見向きもせず更に夏目への力を強める。
その妖かしに続かんとばかりに周りに居た妖かし達も人間の存在に気付き手を伸ばし主の仇と言わんばかりに怨めしい声で騒ぎ立てる。
(く、苦しい…!)
「人の子だ!!」
「おのれ!人の子め…!」
大きな妖かしの手が首を強く絞めつける。
意識が薄れていきそうなほどの苦しみにもがき逃げ出そうとする夏目だったが、そんな自分を逃げるなと心の中で己に叱咤する。
(逃げるな…!!いるはずだ…ッ!主様の名を知っている妖が!絶対に…!)
人の子め!おのれ…!
主様をよくも!
主様を…!!
よくも!!
よくも!!!
人の子など主様がいれば…
―――様がいれば…!!
「夏目を…――放せ…!!!」
「ぎゃあ…!!」
意識が薄れながらも集中し耳を澄ませば妖かし達の怨めしい声が耳に届く。
すでに主様の名を知る妖かしを探すのに夢中な夏目は妖かし達の怨めしい声の中に妹である小春が自分の名を呼ぶ声すら届いておらず、夏目はある妖かしの言葉に薄れていく意識がハッと正気に戻る。
それと同時に何度投げ飛ばされていた斑が本来の姿に戻り妖かしを追い払う光りを放ち夏目を救出する。
「おに…」
妖かしが兄から手を放したのを見て、小春は夏目へ駆け寄ろうとしたのだが、パラパラと葉っぱが舞う中小春の目線の先には友人帳を脇に挟みいつのまにか紙を口に加えていた兄がいた。
小春は兄のその姿に駆け寄ろうとした足を止め黙って見つめる。
「『リオウ』…君へ返そう……受けてくれ」
パン、と手を胸元で合わした夏目は主様の名を口にしながら加えていた紙にふっと息を吹きかける。
すると紙から墨が飛んでいき黒い招き猫の姿のリオウに向かっていく。
「――っ!!」
全ての名がリオウに返されたその瞬間、ドン、と大きな音が響き渡り目も開けられないほどの光りが放たれた。
「ぬ、主様…」
「主様だ…」
「リオウ様…」
小春もその光りに目が開けられず瞑っていると妖かしのざわめきが聞こえゆっくりと目を開ける。
光りは収まっているようで、眩しくはないが小春は目の前の光景に目を丸くさせた。
「ただいま、みんな。」
小春の目の前に羽の生えた1人の男性がよろける夏目を支えていた。
そして唖然とする妖かし達1人1人の顔を見渡し、目を細め微笑んだ。
「――ありがとう、人の子よ…」
1人1人の妖かしの顔を見終わったリオウは次に夏目の顔を見つめる。
そしてゆっくりと額を合わせ夏目はリオウの記憶が流れ込み目蓋をゆっくりと閉じた。
「大丈夫かい?」
夏目の頭の中で優しそうな男性の声が響いた。
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