(3 / 26) *10話 (3)

案の定、今日は猛吹雪のため中止となった。
今日は北海道のある牧場を訪ね牛の乳絞りを体験し、その後にチーズ作りも体験し、作ったチーズを使って昼食をグループで作り、帰りにチーズやヨーグルトなど乳製品のお土産を貰いそしてホテルに帰るという予定だった。
3泊4日の中の大イベントだったため生徒達は教師の知らせに誰もが残念そうに溜息をつく。
その中に当然小春も入っていた。
特に小春は学校というものをこれまで満足に体験したことがないためか、落ち込みは他の生徒より大きいだろう。


「夏目さん!!ぼ、ぼくとぜひホテルを探索しませんか!?」

「え…」

「いいや!ホテルの探索なんてガキのすることよりも俺の部屋に行ってトランプでもしませんか!?」

「あの…」

「おいおい、親しくもないのに夏目さんがお前の部屋に行くかよ!!夏目さん、ここカフェもあるみたいだし…俺と一緒に行かない?おごるし!」

「いや…えっと…」


教師は他のお客の迷惑にならなければホテルの中限定で自由時間を貰い、小春は何をしようか、と奈々達に話そうと奈々やリン達の方へ顔を向き口を開きかけたその時、男子達が教師の言葉を聞くや否や目をキラーン、と光らせ即小春へ駆け寄った。
小春は奈々やリンや薫に話し掛ける気満々だったため突然友達でもなければ数人はクラスメイトですらない男子に声を掛けられ戸惑いの顔を見せる。
しかしそんなちょっぴり勢いに引いている小春など気付かない男子達はお互いにお互いを牽制しあい背後には炎が上がっていた。
それを見て更に小春が引くことなどこの者達は気付きもしないだろう。


「ねえねえ!小春!!ちょっと今の話し聞いた!?」


奈々達は困惑して迫ってくる男子達に引いていた小春に気付かず3人で話しこんでいた。
しかし奈々は興奮したように小春へと振り返りバンバンと力を入れて小春の肩を叩く。
珍しく興奮して力を込めて叩く奈々に小春は痛みに眉を潜めながら『な、何が?』と奈々の豹変に怖々と聞き返す。


「名取周一よ!名取周一!!来ているんですって!このホテルに泊まってるんですって!!」

「なとり…しゅういち……名取さん?」


『そう!!名取周一よ!!』と小春の呟きに奈々は黄色い悲鳴を上げて返す。
奈々だけではなくその場にいた殆どの生徒達があの俳優の名取が一緒のホテルに泊まっているのだとはしゃぎ、それは薫やリンも同じだった。


(名取さん…このホテルにいるんだ…)


ただ、小春だけは違った。
小春は名取とは一度だが会ったことがある。
それはまだ小春が影鬼に全てを奪われ目も口も耳も足も今のように自由に動かすことも聞くことも喋ることも見ることも出来なかったときのことである。
あの時は名取周一、という人物は何も見えず聞こえない小春にとって一人の知り合ったばかりの人間、としか捉えていなかった。
あの頃に出会った名取周一という男は優しくも怖い人間だと…小春は感じていた。
だからこそ影鬼が消えて元の身体に戻ってから兄に名取の事を聞きいた時は正直小春はなんだか半信半疑だった。
別に兄を疑ってなどいない。
しかし元の身体に戻りテレビで見る名取や兄と斑の言う名取と何もかも奪われた時に会った名取とでは違いすぎて小春はテレビで見る俳優の顔の名取は別人にしか見えないのである。


「どこの階にいるんだろう!新作のドラマか映画の撮影なのかな!あ!CMかも!!」

「おい!さっき話してた人の会話聞いてたら名取周一は今カフェにいるらしいぜ!!」


キャーキャー、と黄色い声を上げているのは大半が女子なのだが、やはり流石は今売り出す中の俳優である。
アイドルや女優にまず興味を示す男子ですら目を輝かしていた。
しかし部屋までは分からず探しに行こうにも教師の監視の目が光っており動き回ることはできない。
するとある1人の男子が他のホテルの利用者の会話を耳に入れたのか、その情報を皆に知らせた。
その知らせに殆どの生徒がホテルが経営している1階にあるカフェに向かおうと走り、小春は名取に迷惑がかかるかな…とエレベーターや階段に向かうクラスメイト達を目で追う。


(どうしよう…部屋の鍵…奈々ちゃんが持ってる…)

「お姉ちゃんはいかないの?」

「え…?」


流石に名取に迷惑は掛けられないし、名取は自分が元に戻ったことを知らないから別人だと思われる可能性が高いため小春は部屋に戻ろうとした。
しかし鍵は奈々が持っており、その奈々はミーハー丸出しに名取を見に行こうと他の人達に混ざりカフェへと走って行ってしまった。
奈々の意外な一面を見た小春は驚きながらも困ったように立ち尽くしていると子供の声が耳に届く。
声を掛けられ目を丸くさせながら後ろへ振り返るとそこにはコートを羽織り明るい茶色の髪の男の子が自分を見上げていた。


「みんないっちゃったよ?お姉ちゃんはいかないの?」

「え?う、うん…名取さんに迷惑かかるし…」

「いこうよ」

「え?」

「いこう。お姉ちゃん、いきたいんでしょ?」

「え…いや…それは…そうだけど…」


少年の言葉に小春は戸惑いが隠せずにいた。
正直見ず知らずの少年の言う通り行きたいとは思っている。
しかしそれ以上に迷惑がかかるのは何も名取にだけではないのだ。
他にホテルに泊まっている人にも迷惑だし、そもそもホテル側に一番迷惑が掛かってしまう。
小春はそれが誰よりも先に気付いたからこそ戸惑い部屋に帰ろうにも帰れず立ち尽くしていた。
そんな小春を察知したのか少年は小春の手を取り引っ張っていく。


(っ!…この子…手がすごい冷たい…)


少年に手を取られた瞬間小春はビクッと肩を揺らす。
少年の手は今まで外に居たのではないかと思うほど冷たく、一瞬にして小春の手の体温を奪っていく。
しかし奪っていくだけで少年の手が暖かくなるわけではなく少年の手は冷たさを保っていた。
それに気付いているのか気付いていないのかは不明だが少年はグイグイと小春の手を引っ張りエレベーターに乗り込んだ。
小春は名取に会いたいという気持ちが勝っているのか抵抗もなくエレベーターの扉が閉まるのをただ見ていただけだった。

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