チーン、とエレベーターが到着した音が小春の耳に届くと同時にゆっくりと扉が開かれた。
やはり予想通り受付側にあるカフェの入り口には生徒だけではなく一般のお客も交じり主に女性が黄色い悲鳴を上げて騒がしかった。
しかしスタッフに本番が始まるからと注意されその黄色い悲鳴は小さいざわめきへと変る。
「いっぱいひとがいるね」
「う、うん…」
「これじゃみえないや」
ちぇ、と残念そうに唇を尖らせながら少年はエレベーターを降り、少年に手を引かれている小春も必然とエレベーターを降りてしまう。
小春はとりあえずカフェ近くに来てしまったのだからと奈々を探し鍵を貰って先に部屋に戻ろうと思っていたが中々奈々やリン、薫達は見つからなかった。
「おや、重丸じゃないか。」
「支配人のおじちゃん」
集団から少し離れた場所でどうしようかと悩んでいると背後から1人の男性が声をかけてきた。
小春が振り返るとその人物はホテルの制服を着ており黒い制服がとてもよく似合う初老の男性だった。
その初老の男はとても優しそうで小春と手を繋いでいる重丸と呼ばれた少年に顔のシワを更に深め小さく微笑みを浮べながら近づく。
小春は重丸の口から支配人という言葉が出てきたため、この人がホテルの支配人であると知り目の前の状況から怒られるのかと緊張気味で身体を強張らせる。
「重丸、今日も遊びに来てたのかい?」
「うん。そしたらげいのーじんっていうひとがきててみにきたの。」
「はは…そうか、そうか…だが今は撮影中らしくてね…」
その上この騒ぎに芸能人に興味がない宿泊客に迷惑がかかってますしね…、と小春は困ったように重丸から群集へと目線を送る支配人へ心の中で付け足した。
支配人に釣られて小春と重丸も騒ぐ人達へと目線を送るがやはり辺りの興味がない人達からは非難や疎ましそうな目線が向けられるが誰一人気付いていない。
半分ほどとはいえ自分の学校の生徒も混ざっていることを小春は恥じ入る。
そんな小春を知ってか知らずか、支配人は群集から重丸と小春へ目線を戻し、重丸の頭を優しく撫でてやる。
「お姉さんもこのホテルの大切なお客様なんだ、あまり我が儘を言って迷惑をかけては駄目だぞ?」
「うん、わかってる。」
「お客様…この子は悪い子ではないんですが何分両親がいないため寂しくこのホテルに遊びにきているのです…大吹雪の中暇を潰してやると思い相手になってくださいませんか?」
「え?あ…はい…」
よほどこの子供を可愛がっているのだろう。
本来客に頼むべきではない頼みごとを支配人は小春に頼む。
小春は両親がいない、と聞き多少自分と重ねた事も相まって頷いてしまった。
頷いてくれた小春に支配人は嬉しそうに笑みを深め小春に頭を下げた後去っていく。
支配人は初老のため顔にはいくつものシワが刻まれているが、ひとたび笑みを浮べればそのシワは深まり暖かな空気に包まれる。
だから小春も頷いてしまったのかもしれない。
「お姉ちゃん、もっとちかづいてみようよ!すきまからならみれるかもしれないよ?」
「う、うん…」
支配人を見送っていた小春の繋いでいた手を重丸は軽く下に引っ張り意識を支配人から自分へと向けさせる。
弱弱しいが頷いた小春に重丸は嬉しそうに笑みを深め、再び小春の手を引っ張り群集の方へと駆けて行く。
しかしやはりミーハーというものは凄まじく、ミーハーでもなければオタクでもない小春は凄まじい熱気にどうしていいか分からなくなり、とりあえず名取を一目だけでもいいから見ようとつま先で立ち人の隙間から覗き込もうとする。
「みえた?」
「ううん…私背がちっちゃいから…」
「そっか…ぼくもだよ」
小春はずっと病人だったため普通の同い年の少女より少し背が小さい。
大きく差があると言うわけではないが、あまり背は高くない方だろう。
男子からは小柄で可愛いと評判だが、それは小春本人が知ることでもない。
小春は背伸びして人の隙間からみようとしても肝心の名取が見えなかった。
重丸は興味が1ミリもないのか自分も小春と同じようにつま先で立って見ようとも下から見ようともせず小春の手をギュッと握っていた。
「まあ、いいか…」
「え?いいの?なんで?あいたいんでしょ?」
「だって…名取さんは芸能人だからもし会っても話せないだろうし…私が分からないと思うし…」
「お姉さんをわからない?」
ぽつりと悲しげに呟く小春の言葉に重丸は不思議そうに小春を見上げた。
自分の中の名取周一という人物はあの時の名取周一であり、名取も同じく名取の中の夏目小春という人物は車椅子に乗り目も見えず耳も聞こえず口も利けず足も使えないか弱い少女なのだからもし奇跡的に目と目が合ったとしても名取の中の夏目小春によく似すぎている赤の他人、としか思ってくれないだろう。
小春はそう心の中で自分に言い聞かせる。
しかし重丸の呟きに小春はハッと悲しく物思いに耽っていたが、我に帰り俯かせていた顔を上げ『なんでもないよ』と重丸の頭を空いている手で撫で小さく笑みを向けた。
「………」
自分に向けられた小春のその笑みはとても悲しげで泣き出しそうに見え、重丸は表情を険しくさせ眉間のシワを寄せ人だかりの奥にいるであろう名取周一という人物を睨むように前の人間の背を見つめる。
そんな重丸に気付く事なく相変わらず人の隙間から名取を見ようと四苦八苦していた小春の耳に鈴の綺麗な音が届く。
「お前…」
「え…?」
鈴の音の方へ顔を向ければ一際目立つ角が生えた一目のお面に黒い上着を羽織る着物の女性がこちらを見ていた。
お面を被っているため表情は窺うことは出来ないが、声色からして驚いている様子である。
小春は名取に目を奪われてはいない周りの人がその女性の格好を見てもなんの反応もないのを見て『ああ、この人は妖かしなんだ…』と意外にも冷静に思う。
「治ったのか…」
「えっと……すみません…誰ですか?」
"治った"と妖かしは唖然と呟き、その言葉を耳にした小春は影鬼がいた時に出会った妖かしなのかと首をかしげる。
申し訳なさそうに聞いてくる小春に妖かしはお面の奥で微かに目を見張ったがふとある事に気付く。
「ああ…そうか…お前はあの時目も見えなかったのだな………私は柊という。以前蔵護りをしていたがお前と夏目に助けられた妖かしだ。」
「え?じゃあ…あの時の…」
妖かしは…柊は小春と初めて会った時を思い出す。
あの時の小春は車椅子というものに乗り、目が見えないため目蓋を閉じていた。
柊はその事を思い出しお面の奥で目を見張っていたが目を細め立ってこちらを見ている小春に微笑を向ける。
小春は柊の言葉にやっと思い出したのか脳裏に一時的に影鬼に返された目で見たボロボロの姿の兄や斑や柊の姿が浮かんだ。
「でも柊さん…」
「待て。私の事は柊でいい…お前や夏目は恩人でもあるのだからな…それにさん付けや敬語には慣れていない。」
だから敬語も止めろ、と含んだ言い方をする柊に小春は『はぁ』、と気の抜けた返事を返す。
「じ、じゃあ…柊…よく私だって気付いたね…前髪とか上げてるしあの時とはちょっと違うのに…」
「お前の妖力は独特だからな…それにお前からはとてもいい香りがしていた…妖かしならばその妖力や香りを忘れろと言う方が無理な話しだ」
「え?そんなに私って独特な妖力なの?」
「ああ…夏目もだがお前は更に強く意思が弱い者なら即お前と出会ったら襲うほどだ…よく1人で堂々といられるものだと感心させられたぞ」
『感心させられても…』と自分ではどんな妖力で、どんな香りがするかなど分からない。
だから柊の本当に感心したような言葉と声色に苦笑いしか浮かばなかった。
小春は柊の言う妖力は分からないが、香りなら分かると思ったのか重丸と繋いでいない腕を鼻に近づかせ自分の匂いを嗅ぐもやはり自分の臭いは分かるはずもなく全く無臭に感じる。
「お姉ちゃん?」
「え?………あ…」
自分の匂いを嗅ぐも無臭なため首を傾げていた小春に今まで黙って見ていた重丸が手を引っ張り声をかける。
重丸に声を掛けられた小春はようやく妖かしと平然と喋っていたことに気付き、重丸の不思議そうな表情を見つめ顔中の血の気が勢いよく引いていくのが良く分かった。
しかし、重丸はそんな小春をよそに目線を小春から自分達の目の前にいる柊へと向けた。
「このへんなおめんをかぶっているお姉さんはだれ?」
「し、重丸くん…この人が見えるの?」
「?…うん、みえるよ…このひと、だれ?にんげんじゃないよね?」
重丸の言葉に小春は目を丸くさせる。
あまり妖かしを見える人とは出会ったことのない小春は自分よりも小さい重丸が見えており、尚且つ人間と妖かしの区別が付いているのに驚かされていた。
自分や兄ですら妖力が強すぎて人と妖かしの区別が付かないのに重丸ははっきりと見えているようでその上区別もちゃんとついている。
兄の友人である田沼や柊の主である名取ですらはっきりと強いと言える妖力の持ち主はいないのに、今小春の目の前に自分達兄妹同様に妖力が強い人間がいる…小春は自分達以外にも妖力の強い人間はいるんだ、と驚きが隠せず呆気にとられ重丸を凝視していた。
そんな小春を重丸は目線を柊から小春へ戻し不思議そうに首をかしげ見上げる。
「お姉ちゃん?ぼく…へんなこといった?」
「あ…う、ううん…言ってないけど…そっか…重丸くんも見えるんだ…」
「うん…」
「この子供、お前達程ではないが強い妖力の持ち主だな…名取と同等か、それ以上か…」
「え…そうなの?」
「ああ…」
柊も重丸が小春に声をかけ重丸の存在に気付いたようで、強い妖力を感じ取っているのか小春に教えてやる。
小春は柊や斑のように妖力を感じることの出来ない普通の人間なため柊の言葉に『へぇ』と柊から重丸へと目線を戻す。
重丸は自分の事を言われていると気付いていないのかこちらを見てくる2人の目線を不思議そうにしていた。
まだ子供で純粋な瞳に見上げられ小春はつい微笑ましくなりくすりと小さく笑う。
「名取はもうすぐ終わるらしい…どうせここでは人の目があって話すことすらできないだろう…先に部屋へ向かえ」
「え…でも…」
「…お前が元に戻ったと知ったら名取はきっと喜ぶ……変な気を使わず会ってやってくれないか。」
「………うん…」
子供に微笑を向ける小春に柊はお面の奥で目を細めた。
そして柊は名取と会うよう告げるも迷惑云々を考えているのか小春は戸惑いを見せる。
そんな小春の思考を読んだのか柊は名取と会ってやって欲しいと告げ、小春はそれに戸惑いながらも頷いた。
小春も名取と話したいことは沢山あるし、何より治ってから会う名取と会話をしたかったからだ。
鍵は名取のマネージャーが持っているというので部屋の前で待つように言われ、小春は名取には柊が伝えてくれるというのでそれに従いエレベーターへ向かう。
「…………」
エレベーターに乗り込み姿を消す小春を柊は無言で見送った。
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