小春は柊に言われた階の部屋へ向かう。
「1209号室…ここ…かな?」
紙にメモをした訳ではなく柊に言われた部屋番号を記憶しただけの小春は自分の記憶に自信がなくてつい意味もなく廊下の奥へ覗き込むような素振りを見せたり、髪を意味もなく弄ったり、と落ち着きなく動く。
その様子を重丸が不思議そうに見上げていることには小春は気付かない。
暫く落ち着きなく辺りへ目を配らせていた小春だったが疲れたように溜息を小さくつき壁を背もたれにし座り込んだ。
それに重丸も真似するように小春の隣に座り込む。
****************
「小春ちゃん…!」
「…!」
それからどれくらい時間が過ぎたのだろうか…小春は時計を持っておらず、持っていたとしても見る余裕もないため分からない。
しかしどんなに時間が短かろうが改めて名取と会う事になったことに小春は緊張で永遠と思うほど長いだろう。
小春は名取の声に俯かせていた顔をハッと上げ声のした方へ目線を向けた。
そこには柊を後ろに控えさせている名取がこちらへ駆け足で向かってきていた。
「な…名取さん…」
「小春ちゃん……柊から聞いたよ…治ったんだって?」
名取を視界に治めた小春は慌てて立ち上がり、名取が駆け寄っているのを見て自分も駆け寄ろうかと思ったが行動に出るその前に名取が小春の元へと到着してしまう。
少女である小春よりも俳優の名取は背が高く小春は自分の前に立つ名取を見上げて緊張気味に顔を強張らせていた。
そんな小春に名取は嬉しさのあまり気付かないのか怖ず怖ずと見上げている小春にとびきりの笑顔を向ける。
小春は名取の言葉にゆっくりと頷き、その頷きを見て名取は更に笑みを深めた。
今、ここにファンがいたのなら失神者で廊下は埋め尽くされるであろう。
「小春ちゃん、ここじゃなんだから俺の部屋で色々話さないかい?」
「え?でも…迷惑じゃ…」
そんな笑みを目の前に、しかも自分だけに向けているのに関わらず小春は平然としかしまだ緊張しているのか顔は強張っているままだった。
しかしそれも名取の提案に強張っていた表情は目を見張りキョトンとさせる。
名取は迷惑と言う小春に苦笑いを浮かべた。
「はは…全然迷惑じゃないよ…小春ちゃんならいつ来ても大歓迎さ」
そう言いながら名取は小春の頭を優しく撫でてやる。
(あ…)
小春は頭を撫でられ微かに目を見張る。
その撫で方に小春は見覚えがあった。
(あの時と同じだ…)
――そう、小春がまだ影鬼に自由を奪われていた頃に、小春はこの感覚を知っている。
(やっぱり…名取さんは優しい人だ……)
あの時、妖かしへの憎しみに小春は名取が怖かった。
あんなにも妖かしを憎む人間を小春は初めて見て、感じて…だから名取への恐怖は強かったのだろう。
今まで友達という友達は妖かしばかりだったから余計に。
しかし、今は人間の友達もおり、小春自身大人へなってきているから憎しみを持っている人もいると多少なりとも受け入れることも出来る。
それが知り合いならば拒絶は出来ないだろう。
小春は名取の優しさを感じてなんだか無償に嬉しくなり笑みを浮かべた。
始めて笑みを浮べた小春に名取も嬉しそうに優しく微笑みを浮べる。
それを柊は主が嬉しそうにし、小春も気持ちよさげに目を細めるその姿を見て微笑ましくお面の下で目を細めた。
「お姉ちゃん。」
ほのぼのとした空気だったが、重丸の声掛けによりその空気は終わりを告げる。
小春は重丸の声に我に返り、名取は初めて重丸の存在を気付く。
重丸は名取など見もせず手を繋いでいる小春をジッと何を思っているのか分からない瞳で見上げ、小春は重丸に『なぁに?』と優しげに声をかける。
「このおじちゃん、だれ?」
「お、おじ…」
「お、おじちゃん…じゃ…なくて…名取さんよ?ほら、カフェで騒がれてた芸能人。」
『そりゃ君みたいな歳なら誰だっておじさんだけど…おじさん…って…』、と面と向かって(実際は名取の方を見ていないが)子供におじさんと言われ名取はショックを受けていた。
小春はショックのあまりズキズキと言葉と言う名の弓矢に心臓を突かれ、突かれた部分を押さえ空いている手を壁につき項垂れる名取を見て慌てて重丸に言葉を訂正する。
重丸は小春の言葉に感情のない声で『へぇ…』と小首を傾げここで初めて名取を見る。
「おじちゃんがあのげいのーじん?」
「し、重丸くんっ!」
「だって、おじちゃんはおじちゃんでしょ?」
「そうだけど…」
「そうって…小春ちゃん…」
「あっ!ち、違います!私は名取さんの事をおじさんって思ったりなんかしてませんから!!名取さんは若いです!!ピッチピチです!!」
「………ごめん…それ、逆効果…」
「ええ!?」
「主様をここまで落ち込ませるとは…やるな、小春。流石夏目の妹。」
「ひ、柊まで…!」
自分よりも年齢が下の小春にフォローされる辛さと、その年下である小春にピチピチと言われ名取は逆に更に落ち込んでしまった。
そんな名取を見てそばで黙って見ていた柊は面の奥で目を細め小春を褒めるが、小春は褒められた気がしなくて慌ててそんなつもりじゃないと首を振る。
「っふ…っはは!!」
「!」
しかし慌てて名取を慰めようとした小春だったが、名取が突然笑い出し目を丸くさせる。
突然唐突もなく笑い出す名取に小春は唖然としていた。
ただ、重丸だけは冷静な様子で笑い声を上げる名取を見据えるように見上げており、その瞳は冷たく外の大吹雪のように何もかも凍えさせるようだった。
「ご、ごめ…!あまりにも小春ちゃんが必死だったから…っ」
「な、名取さん!」
口を手で押さえ笑うのを我慢する名取の絞りだした言葉に小春はムッとさせ本気ではないが自分を笑う名取を睨みつける。
少し笑いも収まってきたのかしかし涙を溜めながら名取は愛らしく睨んでくる小春に『ごめん、ごめん』と先ほどの小春の行動に対して笑う笑みではなく微笑みを浮かべ謝罪の意味を込めもう一度小春の頭を撫でる。
「また笑ったらもうフォローしてあげませんからね!」
そう言いながらも小春は名取が撫でる手に絆され拗ねた感情も静まってしまっていた。
そんな小春を知ってか知らずか、名取は小春に目を細める。
だが、
「ねえ、なかにはいらないの?」
重丸の言葉によってほのぼのとした空気は再び終わりを告げる。
「え?あ、ああ…そうだね…じゃあ、入ろうか。」
自分を見上げる重丸の声は小春に向けていた声色とは違い、とても刺々しかった。
それに疑問を覚えながらも小春に懐いているのだろうと自分を納得させ名取は手に持っていたカギで部屋の扉を開ける。
中は小春達が止まっている部屋とは違いとても広かった。
広いと言っても高級ホテルではないためたまにテレビでやる一泊何十万する部屋ほどではないが、一部屋で4人も泊まれる広さを持つ小春達の部屋よりは広い。
「広いですね…」
「そうかい?」
「はい。私が泊まってる部屋より広いです…流石俳優さんですね!」
部屋を見渡し褒める小春の後ろ姿に名取はくすりと微笑ましく笑い、備え付けられている冷蔵庫へ向かう。
「飲み物はお茶でいいかな?まさか北海道の同じホテルで小春ちゃんと再会できるなんて思ってもみなかったから何も用意してなくてね…あ、でも今さっき撮影が終わった時にスタッフからお菓子を貰ったんだよ。貰い物で申し訳ないけど、食べるかい?」
「え!?い、いいですよ!そんな…!」
「いいから、いいから。小春ちゃんは言わばお客様なんだし、ね?」
「……じ、じゃあ…お願いします…」
部屋まで上がり、お茶やお菓子まで貰うことにやはり抵抗がある小春は慌てて名取に駆け寄り首を振ったが、名取の言葉に怖ず怖ずと頷いた。
名取は頷いた小春に嬉しそうに笑いまた頭を撫で『椅子に座って待ってくれ』と椅子を指差す。
それに従い小春が椅子へ向かっていったのを見て名取は自分を入れた3人分のコップを取り出しその中にお茶を注ぐ。
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ものすごく重丸と柊が空気です…(汗)
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