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小春は奈々達をよそに重丸を探していた。
と、言っても重丸の行くところなど小春などに分かるわけがなく、帰ってしまったかもしれないと思いながら1階に向かう。


「重丸くん…何処に行ったんだろう…」


きょろきょろと1階のロビーを見渡しても子供はいるものの重丸ではなく、全員が保護者付きだった。
小春は外に出て帰って行ったのだろうか、と吹雪く外を心配そうに目を移す。
すると黄色い悲鳴に似た女性の声が小春の耳に届き、その声の方へ目をやると名取が立っていた。


「名取さん!」

「おや、小春ちゃん。」


小春は普段なら『うわー…』とキラキラ輝きながら女性に囲まれている名取と、その囲んでいる人の多さに軽く引くが、今はそれどころではないため女性を掻き分け何とか名取の元へと辿り着く。
周りの女性は行き成り自分達を掻き分けたマナーのなっていないファンにしか見えたのか非難の目を向けるが、自分達もマナーがなってないのには気付いていない。
小春はそんな棘どころか刃物に近い女性達の目線など気にする余裕も怯える余裕もなく、小春が来て微笑む名取に縋りつくように駆け寄る。


「重丸くん見ませんでしたか?」

「重丸くん…?ああ…あの子か……いや…見てないけど…」

「そう、ですか…」

「何かあったのかい?」


小春の様子に名取は何かあったのだろうと察し、首を傾げ囲んでいたファンから離れ小春に問いかける。
離れる際小春を『知り合いの子なんだ』とフォローを忘れないのだが、このフォローにファンが納得したかは不明である。
背中を押され隅に移動した小春は名取の問いに辺りを見渡しながら奈々の手を突然振り払った重丸の事を話し、その話を聞いた名取はピクリと片眉を上げるもそれに小春は気付かず未だ名取の方を見ず重丸の姿を探していた。


「…小春ちゃん、あの子はきっと施設か世話になっている家に戻っているんだと思うよ?だから…」

「いいえ…名取さん…重丸くんは多分施設にもお世話になっている家にも帰っていないと思います…」

「それは…どうしてそう思うんだい?」

「だって…あの子きっと肩身の狭い思いをしてるから…」


小春の言葉に名取はかけていた眼鏡を指で上げる。
眼鏡が反射しているのか名取から表情は窺えないが小春の言葉に目を見張った。
小春はここで初めて重丸から名取へと顔を上げた。
顔を上げた小春の表情は辛そうで悲しげな表情を浮かべており、その表情に名取は泣いているように見えたのかぐっと息を飲んだ。
そんな名取など気付かず小春は悲しげに目を伏せる。


「お兄ちゃんも…私も…そうだったから……私は病院にいたけどあの子の気持ちは少しだけだけど…分かるんです…」


両親がいないとこのホテルの支配人が言っていたのを小春は思い出す。
家族がいなくて寂しくそして辛い思いを完全に理解できるのは自分よりここに居ない兄の方だろう。
しかし小春も自分の意思関係なく病院を入れられ見舞いも来ない親戚達に寂しく思い、辛くも思った。
自分から何かを伝えられず、逃げ出すことも出来ず、何も見えなかったから余計に。
ただ自分は兄がいて、影鬼…綾部がいた。
だから寂しさは少しだけ緩和できたのだが、重丸はよくここに来ると言っていたから多分両親以外家族はいないのだろう。
自分には兄がいたから少しは我慢できたが、重丸は1人なのだ。
あんなに小さいのに人一倍の寂しさを味わっているのだ。
それは…その寂しさと辛さは小春にも分かってあげれられるものだから小春は心配で仕方なかった。
小春の今にも泣き出しそうな震えている声色に名取は見張っていた目を細めそっと慰めるように肩に手を置く。


「なら…私がその子を探しておいてあげるから今日は大人しく部屋に戻っていなさい。」

「でも…」

「外はあんなだし…外に出たという事はないだろう……きっとホテルのどこかで拗ねているんだよ…それに冷静になって奈々ちゃんっていう子に謝りに行くかもしれないし小春ちゃんに会いに来るかもしれないだろ?すれ違いになったらいけないから小春ちゃんは決して部屋からは出ないように。…いいね?」

「……はい…」


名取の言葉に小春はそれもそうか、と思い渋々だが頷いた。
頷いた小春を見て名取は安堵の息をついた後小春をエレベーターまで見送る。


「柊、小春ちゃんを送ってやってくれ」

「分かりました。」

「え…あの…部屋に戻るくらいなら1人で出来ますけど…」

「そうだけど…ごめん、やっぱり小春ちゃんの事が心配なんだ…」


エレベーターのボタンを押し、1階へエレベーターが着くまで2人に会話はなかった。
エレベーターが着いたのはそう時間も掛からずすぐに来たが、小春がエレベーターに乗り込み自分の部屋の階のボタンを押そうとしたその時、名取が横にいた柊へ小春を送ってくれないかと頼み、主の頼みに柊は頷きエレベーターへ乗り込んだ。
それに小春は目を丸くさせ首を傾げながら柊から名取へ顔を向けるが、名取の言葉に苦笑いを浮かべる。
『それじゃあ…見かけても見かけなくても部屋に行くから小春ちゃんはその間絶対部屋から出ては駄目だよ?』と名取は再三小春に伝え、2人は別れる。


「名取さんって……私を何歳だと思ってるんだろう…」

「お前と初めて会ったのがアレだからな……まだその時の印象が強いのだろう。」

「うーん…名取さんの中の私はか弱いと思ってるって事?」

「違うな。か弱いではなくひ弱なのだ。」


『ひ、ひ弱…』、と小春は横後ろの柊の言葉に口端を引きつらせる。
か弱いとひ弱との違いはそうそう無いだろうが、どちらかといえば女性が喜ばれるのはか弱いであろう。
しかし妖かしの柊にそんな乙女心など理解できるはずもなく、元々男前の性格のため小春の引きつった笑みには気付くことはなかった。


「あれ…」

「?、どうした」


それ以来やはり会話はなく、すぐに静けさがエレベーターの中を包む。
しかしふと小春が声をもらしエレベーターの扉の上についている各階の数字が書かれている表示を見上げながら自分の部屋の階のボタンを何度も押し始め、柊はその行動に首をかしげ声をかけた。


「なんか…動かなくなっちゃった…」

「なに?」

「どうしよう…故障かな…」


不安そうに小春は上の表示を見上げ、非常用ボタンを押すも応答もなく誰かの声がスピーカーから流れる事はなかった。
非常用なのにその非常用ボタンも壊れてしまったのかと小春は途方に呉れてしまうが、柊は至って冷静だった。


「こ、このまま閉じ込められちゃったらどうしよう…っ!非常用ボタンを押しても反応ないし…!!」

「落ち着け、小春。…とにかく混乱しては体力を消耗するだけだ…故障し動かないのなら誰かが気付くだろう。ならばいつかは助けが来るはずだ。」

「で、でも…」

「小春、私がいる。お前は1人ではないのだ…そう不安になることはない。」

「柊…」


小春は柊の言葉にも不安は拭えず不安で泣きそうになるも、そんな小春に柊はソッと小春の両手に手を伸ばし優しく握った。
柊の言葉に小春は次第に落ち着きはじめ、泣きそうなのは変らないものの先ほどよりは不安は無くなったのか小さく頷き柊の手を握り返す。
自分の手を握り返す小春に柊は面の奥で小さく安堵の息を付くも突然なんの異変も見えず故障したエレベーターに柊はどこか違和感を感じ、扉の上にある表示を見上げた。
小春の部屋がある階は10階以上。
しかし今止まっている階は4階。
小春の部屋までは大分差があった。


「小春…」


柊は上げていた顔を小春に向き直し、何かを言おうとしたのか口を開きかけたその時チーン、とエレベーターが到着した音が室内に響く。


「う、動いた…?」


小春は誰かが気付き直してくれたのかとホッと胸を撫で下ろし扉が開くのを待っていたその瞬間――…


「―――!!」

「小春…ッ!」


小春は突然の衝撃と痛みに目を瞑る。
グイッと勢いよく引っ張られ、それは人や機械の力では強すぎる力だった。
小春は何かに身体を巻きつかれその強すぎる力に引っ張られてしまい、一瞬意識が遠のいてしまう。
だからだろう…柊の声は小春の耳には遠く聞こえていた。


「けほっ…ひ、ひいら…」


お姉ちゃん


「…!!」



強すぎる力に引っ張られ、身体に大きな負担が掛かったのか小春は苦しげに咳き込むが側に柊がいないのに気付き慌ててエレベーターへ顔を上げるが聞き覚えのある声に息を飲む。


「重丸…くん…?」


聞き覚えのある声の方へ顔を上げた小春の目線の先には1人の少年…重丸が立っていた。
重丸はあの泣きそうな表情など一切浮かべておらず、にっこりと人好きのする笑みを浮かべていた。
しかしいつもならその笑みに釣れて笑う小春だったが小春には重丸の笑みがなんだか怖く見え、背筋を凍らせてしまう。


「お姉ちゃん、あそぼ?」

「し…しげ、まる…くん…」

「いっぱい、いっぱいあそんで…ぼくとかえろう。」

「…かえる…って…?」


1歩、また1歩と小春に重丸はゆっくりと歩み寄る。
それが余計怖くなり座り込んで上半身を起き上がらせ身体を支えている腕はカタカタと振るえ出し、逃げ出したくても逃げ出せなくなってしまう。
顔を青くさせあからさまに怯える小春など気にもせず重丸は子供特有の高い声で小春に声をかけゆっくりと静かに近づいていく。
不思議と周りに音はなく、人がいるであろう部屋からもテレビの音や物音、話し声などもれてはいなかった。
痛いほどの静まり返っている空間などよそに重丸は絞りだした小春の問いにニッコリと笑みを深める。


「お姉ちゃんはぼくといっしょにかえるんだよ」

「…っ」

「小春!!逃げろ…!!」

「――ッ!」


小春と重丸の距離が半分になったその時、小春の前に柊が庇うように駆け寄り背中に背負っていた太刀を抜き重丸に向け睨む。
柊の登場で我に返った小春は柊がいるからか恐怖も薄れゆっくりと立ち上がる事ができ、1歩2歩と後ろへ下がる。


「柊…でも…重丸くん…」

「あれは人間ではない」

「え…」

「あれは妖かしだ」


柊の言葉に小春は目を丸くさせ、自分の邪魔をする柊を睨む重丸へ目を移した。

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