小春は柊の言葉が上手く頭に入らずただただ唖然としていた。
「あ、妖かしって…でも重丸くんは両親がいないって…支配人の人が…」
「大方その人間を…いや、周りの全ての人間達を操っているのだろう。」
「そんな…」
ようやく飲み込んだ言葉だが支配人や他の人間を操っていると聞かされ再び唖然とし、柊から重丸へと目線を移す。
重丸は小春の目線に気付いたのか冷たく睨みつけていた表情を一変させにこりと小春に笑みを向けるも小春は前のように微笑み返すことが出来ずにいた。
妖かしなら妖かしで構わなかったが、柊に敵意を向ける重丸に小春はどうしても好意的には見られずつい怯えてしまう。
ここに兄や斑がいたのなら反応は違っていただろうが、柊がいるとは言え今現在ここには兄も斑もいない。
小春の顔色は段々と青くなっていく。
「お姉ちゃん?かおいろわるいけど…どうしたの?」
「あの…」
「近づくな!」
「……」
重丸は小春の顔色が悪いのに気付き首を傾げながら再び歩き出そうとした。
しかし、それを柊が許さなかった。
柊は太刀を構え直し重丸に向ける。
「これ以上小春に近づくな…小春に何の用があって近づいたか知らないが黙って寝床へ帰るのなら――」
「お前……邪魔だな…」
「――!!」
「柊…っ!!」
重丸がぽつりと低い声で呟いたその途端に小春の目の前から柊が消えた。
否、消えたのではなく、横から何かにぶつかり柊はエレベーターへ飛ばされてしまったのだ。
小春は突然の事で唖然としていたが、エレベーターのかごの壁に柊が叩きつけられる音にハッとさせ我に返り、慌ててうつ伏せのまま動かない柊へ駆け寄ろうとしたのだが、小春はそれを阻まれてしまう。
「しっぽ…?」
駆け寄ろうとした小春の前に素早い動きで何かが遮った。
小春は早すぎたため立ち止まれず、その何かにぶつかってしまったが痛みもなく、逆に柔らかくクッションとなっていた。
その何かへ目線を下へ移せば茶色の尻尾が自分の行く手を遮っていた。
そっと手を伸ばしてみるとその尻尾はとてもふわふわしており気持ちいいほどである。
しかし尻尾を目で辿っていくとそこには重丸がいた。
「重丸くん…あなた…妖かし…だったの…?」
「うん、そうだよ。」
「…っ」
尻尾は重丸から伸びており、小春の恐る恐るとした質問にも重丸は躊躇なく頷く。
半信半疑だった疑いが確信となり小春は泣きそうに顔を歪め尻尾から、そして重丸から離れようと後ろへ下がる。
重丸が妖かしだと知った小春にもう柊を心配する余裕すらなかった。
そんな小春に重丸は首をかしげ不思議そうに見つめる。
「お姉ちゃん?なんでうしろにさがるの?」
自分から逃げるように下がる小春に重丸はその動きに合わせるように足を踏み出す。
小春が足を1歩後ろへ下げれば重丸が足を1歩前へ出し、重丸が1歩足を出せば小春が1歩足を下げる。
それを繰り返していくと普通は距離は縮まる事はないのだが何故か重丸と小春の距離は縮まっていき小春は近づいてきている重丸に気付く。
「こ、こないで…」
「どうして…そんなことをいうの」
「私は友人帳なんて持ってない…っ!」
「ゆうじんちょう?」
柊を吹き飛ばしたのを見て、そして自分には決して手を上げないのを小春は重丸を敵ではないが味方でもないと警戒を見せる。
妖かしでも小春や夏目にとって親しい者もいる。
だから妖かしだからと言ってそれだけで怖がる事はない。
しかし今の重丸はとても正常とは言えない空気を纏っており、子供の姿だからか本当に悪も善も分かっていない純粋な瞳を小春に向けていた。
それが余計に小春を恐怖に落とすのだが、小春が怯える原因など重丸が理解することは出来ないであろう。
自分から逃げる小春に重丸は不機嫌そうに眉をひそめるが小春の次に出た言葉に怪訝そうに表情を変え首をかしげた。
「ゆうじんちょうって、なに?」
「あ…あなたお婆ちゃんの友人帳が目当てだから私に近づいたんじゃ…」
「ちがうよ?ぼくはお姉ちゃんに…」
「小春ちゃん…!!」
祖母がストレス発散として妖かし達をボッコボコの滅多打ちにし、名を奪い友人帳なるものを作っていた。
今現在はその孫である夏目と小春が受け継ぎ、希望する者に名を返してやっている。
中には名は奪われていないが友人帳の能力を欲し祖母であるレイコの孫であり友人帳を受け継いだ夏目や小春を襲いにやってくる妖かしも多々いる。
だから小春は重丸が妖かしだと知り重丸も名前を返してほしいからか、友人帳が欲しいからだと思っていた。
しかし重丸は本当に分かっていないように見え、小春は重丸の真意が分からず少し動揺してしまう。
そんな小春をよそに重丸が何かを言いかけたが重丸の言葉は柊ではない新たな人物によって遮られてしまった。
重丸が振り返ればそこに立っていたのは名取だった。
名取は従業員用の階段からここまで来たのか少し肩で息をしている。
「な、名取さん…っ!!」
「小春ちゃん…よかった…無事だったか…」
重丸を挟む形で小春と名取はお互いを視界に納め、小春は名取の姿に先ほどまでの緊張が解れ、名取も小春の無事の姿に胸を撫で下ろした。
しかし、振り返り己を睨みつける重丸に目を移し眼鏡を指で上げ笑みを消して表情を険しくさせる。
「さて…君は一体何者なんだい?なぜ小春ちゃんに近づき、なぜ小春ちゃんを連れ出そうとする?」
「…………」
「私は子供の姿だからと言って容赦はしない…答えてもらおう。……言っておくが小春ちゃんに手を出せば怖いお兄さんと怖いニャンコの報復に合う事になるぞ?」
『それでもいいのかな?』、と名取は冷静に重丸へ脅迫紛いな事を告げた。
小春はそれを聞き『怖いお兄さんとニャンコって…もしかして…』と脳裏に夏目と斑を思い浮かべ、その姿はどんな妖かしだろうと足がすくむであろう鬼の如く恐ろしく、重丸とは別の恐怖で小春は身体を震わせる。
そんな兄と用心棒を誰よりも恐ろしく思い浮かべている小春など尻目に黙ったまま名取の脅しを眉1本動かさず聞いていた重丸は目を細め身体を名取へ向ける。
「お前も私の邪魔をするというのか」
重丸は硬く閉じていた口を開いた。
しかし重丸から出た声は小春が聞いていた子供の声ではなく太い男の声。
小春は姿と声のギャップに違和感を覚える。
だが重丸と対面している名取も重丸同様表情を崩す事なく慣れたように平然と重丸に続く。
「君が小春ちゃんを攫っていくというのならね…場合によったら君を封印または倒さなければならなくなる。」
「ほう…私がたかが人間如きにやられるとでも?」
「私もそれなりに腕が立つと自負している…あまり甘く見ないでくれないかな」
緊迫した空気がその場に流れる。
重丸は名取の言葉に無表情を崩し嘲笑を浮かべ、名取も眼鏡を上げながら嘲笑に似た笑みを小さく浮べて挑発めいた目で重丸を見下ろした。
「戯言を…」
名取の挑発に重丸はピクリと反応させ不快感をあらわにさせ顔を歪める。
重丸の纏う空気も更に冷たく変わるも名取も怯える素振りを見せない。
「なら、試してみるかい?」
そう言って名取はポケットから長く繋がっている紙人形を取り出す。
紙人形はまるで見えない糸で操られているかのように名取の周りを浮遊していた。
それを今まで口出しも出来ず見守るしかなかった小春は唖然と口を開けて驚いて名取を凝視する。
何を合図になったか分からないが先に仕掛けたのは名取だった。
名取は繋がっている紙人形を重丸へ伸ばしたはずだが――…
「きゃ…っ!」
「なに…!?」
紙人形は重丸ではなく小春へ真っ直ぐ向かって伸ばされ、小春の身体に絡みつく。
小春は重丸と対峙していたからと、紙人形は重丸へ向けられると思っており、自分に向かってくるとは思わず驚愕の声を上げた。
重丸も自分に真っ直ぐに向かってくると思い構えようとしたのか小春に向かっていった紙人形を目を丸くし唖然と小春へ振り返る。
「小春ちゃん!ちょっと乱暴だけどごめんよ!」
「え!?わ…っ!!」
小春は何で自分に紙人形!?、と混乱しており自分の体に巻きつく紙人形とその主である名取を交互に見る。
そんな小春に名取は重丸に見せていた冷たい表情を一変させ笑みを小春に向け掴んでいた紙人形を綱を引くように引っ張る。
するとそれと同時に小春は名取が引いた以上の強さで思いっきり引っ張られてしまう。
そして、小春はあっと言う間に名取の腕に中へと収まってしまった。
「おかえり、小春ちゃん。」
「た…ただいま…?」
何が何か分からず小春はただそう言い返すしかなかった。
「さて、と…もうちょっと我慢してくれるかな?」
「へ?」
さっきまで名取との距離は近くもなければ遠くもなかったはずなのだが、今小春の視界にはデカデカと名取の整った顔が映し出されている。
突然の展開に状況が把握できていない小春に名取はくすりと微笑を浮かべ、軽々と小春を抱き上げた。
小春は身体が治ってから男性に初めて横抱きされ、再び突然の展開に声を上げることすら出来ず唖然と名取を見上げる。
「柊!足止めを頼む!」
「はい」
気を失っていた柊だったが目を覚まし名取の命令に素早く名取の前に立つ。
柊の登場に追いかけようとしていた重丸は立ち止まってしまう。
「邪魔立てするな!!!」
小春を連れて行かれそうになり重丸は苛立ちが隠せない様子で奥歯を噛み締め柊など目もくれず尻尾を名取へと勢いよく伸ばす。
しかしその尻尾は柊の太刀により防がれ重丸は名取から柊へと目線を移し睨みつけた。
「貴様…!!」
「すまないが主様の邪魔をさせるわけにはいかない」
「妖かしに関わらず人間の奴隷になったクズが!身の程を知れ!!」
重丸は威嚇するように眉間のしわをこれでもかと寄せ声を上げて柊を罵る。
冷静さが欠けた重丸の罵り言葉など柊には痛くも痒くもなく柊は太刀を構え直した。
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