(12 / 26) *10話 (12)

「重丸、お前に命をやろう。」


小春は男性の声にハッとさせ驚いたように振り返った。


「あるじさまは?」


重丸、と呼ばれたキツネは首をかしげる。
その名前と声に小春は見覚えがあった。
しかし思い出そうとしても思い出せず、小春は無意識に眉を顰める。
そんな小春などよそに男は小首を傾げ己を見上げるキツネに静かに口を開く。


「重光は仕事なのだ…だから代わりに私がお前に命ずることになった。」

「………」



重丸は男の言葉に無言で返し、男の向こうへ目を移す。
小春も釣られたようにその方向へ目線を移すもそこには何もないただの暗闇しかなかった。
男は何か口を開くが、小春には何故か聞こえなかった。
そんな男の言葉に重丸は聞こえているのかゆっくりと頷く。


「……重丸…すまない…」


男は頷いた重丸を切なく哀しげに見つめそう小さく呟いた。

しかし、その呟きは小春には聞こえたが重丸には聞こえなかった。

重丸は男の聞き取れなかった言葉に首をかしげ、男はそんな重丸をよそに重丸に背を向け去っていく。

重丸は去っていく男の背を寂しげに見つめ……ただ、その光景を見つめるしかなかった小春の耳に、ぽちゃん、と水音が響いて届いた。



「ん…」


ぽちゃん、ぽちゃん、と反響して聞こえる水音が小春の深い眠りから目を覚まさせる。
ゆっくりと瞳を開けるとそこには部屋の天井ではなく、暗闇しか映っていなかった。
寝ぼけているのか、小春は真っ直ぐ上を見つめながら数回瞬きを繰り返す。
すると目が慣れてきたのか暗闇だった視界は薄暗い視界へと変る。


「どう、くつ…?」


そこは岩だらけで、小春がそれを疑問に思い顔をずらし横を見るとやはり壁も岩だった。
小春はそこが洞窟だと気付き首を微かにかしげる。
ゆっくりと起き上がると小春はある事に気付いた。


「葉っぱ?」


自分の下には岩だらけのゴツゴツとした寝心地の悪い床ではなく、岩の上には葉っぱがこれでもかというほど敷かれていた。
小春はそれに首をかしげているとふと気配を感じ後ろへ振り返る。


「起きたか、主。」

「………」


振り返った先には部屋を、自分を襲ってきた大きな狐の妖かしがいた。
相変わらず斑のように大きく、しかし斑のようには美しくない。
決して影鬼のように醜怪の容貌ではなく至って普通である。
身体の大きさを除けば本当に普通のキツネだった。
小春はその妖かしを怖がることなくただ見上げてる。


「主?」

「あなた…しげまるくん…?」

「…!」


小春が恐怖も悲しみもない無感情の瞳を向ける事に妖かしは疑問に思い、怖がられるのを分かっていながら小春に大きな顔を近づけた。
妖かしが近づいてきても小春は怯える素振りを見せずただ、見上げながら呟く。
小春の呟きが耳に入った妖かしは目を丸くさせる。
そんな妖かしなどよそに小春は振り返っていた身体を妖かしに向き、妖かしに向けるよう両腕を上げてる。
小春の行動に妖かしは疑問に思い首をかしげていると待っていた小春から妖かしに触れ、妖かしは再度目を丸くさせる。
小春は妖かしの鼻先を抱くように身を寄せ、優しく撫ではじめた。
予想外の小春の行動に妖かしは戸惑いが隠せず目を揺らす。


「私は、主様じゃないよ」

「………」

「あなたの主様は私じゃない。」

「…………」


小春の言葉に妖かしは…重丸は悲しげに目を伏せる。
それでも小春は再度自分は主ではないと重丸を拒んだ。
重丸はそれでも逆上はせず黙ったまま口を閉じ優しく撫でる小春の手を感じながら目を瞑った。

小春の手は暖かく、重丸の脳裏に大好きだった人の姿が浮かぶ。

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