エレベーターは地下100階で止まった。
音がなり開いた扉から出ると、先ほどいた定食屋の雰囲気とガラリと変わった場所に着く。
エレベーターから降りた場所はトンネルのように軸方向に長く続いていたが、壁があり行き止まりとなり、そこにはすでに多くの受験者がいた。
その受験者達の視線は新たに現れたライバルに向けられ、その威圧感にクラピカとレオリオは表情を真剣なものへと変える。
人好きのするゴンでさえ、受験者達を見て『みんなピリピリしてるね』と言うほどあからさまに張りつめた空気に包まれていた。
(キルア様…本当にこちらにいらっしゃるのでしょうか…)
しかし、エレノアはそんな空気の中でも気にも留めていない。
仕事やエレノアの周りの人間はもっと禍々しいほどの空気を持つ人間が多いからだろう。
それよりも、人の多さにキルアを探せるか不安に思った。
「どうぞ!番号札をお取りください!」
今までとは違う緊張感に言葉さえ戸惑っていると、呑気な声が4人の耳に届く。
そちらに視線を向けると、背の低い緑色の豆のような頭をした人物がいた。
その人物はレオリオに手を差しだしており、その手には円状の白いナンバープレートが握られていた。
レオリオが最初に差し出され、クラピカ、ゴン、エレノアへとそれぞれ一枚渡された。
「必ず胸につけ紛失されませぬようよろしくお願いいたします」
どうやらハンター協会側の人間らしく、渡されたのは受験番号だった。
最初に渡されたレオリオは403番、クラピカは404番、ゴンは405番、エレノアは406番。
この会場には406人の受験生がいるということになる。
「君たち新顔だな!」
「!」
スタッフはエレノア達の下から去り、それぞれ番号を胸に付けていると上から声を掛けられた。
上へ視線をやると、ダンゴ鼻の中年の男が壁に沿っているパイプの上に座っていた。
エレノア達が自分を見たのと同時に、男は軽々と飛び降りてエレノア達の下へと歩み寄る。
「オレ達のこと分かるの?」
「まあね!なにしろオレもう35回もテスト受けてるから」
「「35回!?」」
トンパ、と名乗った男は、10歳の頃から通っているらしく、試験のベテランだと自慢げに話していた。
確かにハンター試験は毎年の合格者は少ない。
今年は400人ほどいるが、最終試験までに残っている人数はきっと両手でも足りすぎるほどだろう。
だが、流石に35回も受け続けることを自慢気に話すのはいかがだろうか…とエレノアはある意味トンパを尊敬の眼差しで見つめた。
「ねえ、トンパさんみたいに何度も試験を受けてる人って他にもいるの?」
好奇心なのか、ゴンの質問にトンパは『まあオレほどのベテランはいないが』と前提しながら答えてくれた。
レスラー、蛇使い、武術家、三兄弟、吹き矢を使う猟師など紹介してくれたが、エレノアから見たら彼らは興味すら持たないであろう者ばかりだった。
それからもトンパは色々話をしてくれた。
しかしその最中―――男の悲鳴が会場内に響く。
「アーラ、不思議…腕が花びらとなって消えちゃった」
声の方へ振り向くと、そこには両腕が花びらとなり散っていく男がいた。
膝をつき男は痛みにもだえ苦しみ、しばらくして気を失ったように倒れる。
その男の傍にはピエロ風のメイクをした男が立っていた。
その男を見てエレノアは『あら』と声を零す。
しかし、腕を奪ったピエロ風の男へのインパクトが強すぎてエレノアの呟きは誰も拾っていない。
トンパはピエロ風の男を見て、嫌そうに顔をしかめる。
「ヤバイ奴が今年も来やがった…」
「今年も?」
「ということは去年もいたのか」
トンパは当然、去年も受験していた。
その中でピエロ風の男も受験していたらしい。
こんな多く集まる受験生の中でも、トンパは一年経とうが彼を忘れることはできなかった。
彼の風貌もそうだが、彼の所業を忘れろという方が無理だろう。
「44番、奇術師ヒソカ…去年合格確実と言われながら気に入らない試験管を半殺しにしたやつだ」
「そ、そんな奴が今年も堂々とテストを受けられんのかよ!」
ヒソカ、と教えてくれたトンパは、更に彼が試験管を半殺しにして不合格となったことを教えてくれた。
レオリオ達は試験管を半殺ししたというのに、今年もハンター試験を受けられるのかと驚いていたが、何もヒソカが特別なわけではない。
ハンター試験の試験官は毎年変わり、それに合わせてテスト内容も異なる。
その年の試験管が合格と言えば、悪魔でも受かることが出来る。
それがハンター試験である。
「そうだ、これ…お近づきの印に飲んでくれ」
ヒソカには近づかない方がいい、という忠告を4人にした後、トンパは嫌な空気を変えるようにカバンから4本の缶ジュースを取り出した。
受け取った缶ジュースを見てエレノアは首をかしげる。
「ゴンさん…これはどのように開けるのです?」
「エレン、飲んだことないの?」
「ええ…言えばいつも執事やメイドが飲み物を運んでくれるので…」
「執事…メイド…」
エレノアは初めて缶ジュースを見たため、ゴンにどうやって開けるのか聞く。
エレノアは暗殺一家とはいえど、令嬢である。
家に仕える執事やメイドに言えば飲み物など含めて色々世話をしてくれるため、缶ジュースどころかペットボトルの蓋さえ開ける方法を知らないだろう。
特に、エレノアは外に出ても用事を終えればすぐに帰るよう言われ育ってきたため、寄り道するという考えすら浮かばない。
エレノアの執事やメイドなど金持ちの特権である言葉に、レオリオは住む世界の違いを突き付けられた気がして遠い目をした。
そんなレオリオに首を傾げていると、ゴンが『こうやって開けるんだよ』と自分の缶で実践して見せてくれた。
『なるほど』、と缶の開け方を学んだエレノアは缶を開ける。
「ゴンさん、開けることができましたわ」
教えてもらった通りに缶を開ける事が出来たと、教えてくれたゴンに嬉しそうに報告する。
そんなエレノアに、見守っていたゴンも『よかったね』と喜んで笑顔を見せてくれた。
殺伐とした空間ではあるが、ゴンとエレノアの傍だけはなんだかほんわかとしてお花が散っているように見える。
だからだろうか。
クラピカとレオリオはゴンとエレノアの頭を無言で撫でた。
ほのぼのとしたやり取りだったが、なぜかトンパが飲むよう急かしてきたため、ゴン達は各々手にある缶を口にする。
それをトンパは彼らから見えないのをいいことにニヤリと口角を上げていやらしい笑みを浮かべた。
(お前らに渡したそのジュースは超強力下剤入り!一口飲めば3日は腹がノンストップジェットコースターだ!)
トンパは親切な先輩ではなかった。
人の良い顔の皮を被り、新人に下剤を入れたジュースを渡し、受験を受けさせないようにするのが生きがいとなっていた。
それを知っている者からは『新人潰しのトンパ』と呼ばれている。
今、エレノア達に渡したジュースにも、強力な下剤が入っている。
そのジュースをゴンは口に入れた。
その瞬間―――ゴンは口の中にある全てのジュースを吐き出した。
「トンパさん!このジュース古くなってるよ!味が変!」
「え…え!?あ、あれ〜?おっかしいな〜?」
それにも驚きだが、味を感じて古いジュースだと吐き出したゴンに驚いた。
仕込んだ下剤は無味無臭の物を使用しており、この缶ジュース一つで多くの新人を潰してきた。
しかし、ゴンは失敗に終わったがまだ3人のターゲットがいる。
レオリオやクラピカを見ると、レオリオはゴンの言葉に飲む前に吐き出し、クラピカはゴンの様子を伺っていたためゴンの言葉に飲まずに地面にジュースを流して捨てた。
男3人は失敗したが、まだ1人いる。
缶の開け方すら知らない世間知らずお嬢様だ。
世間知らずほど騙しやすい人間はいない。
トンパは冷や汗をかきながらエレノアを見た。
「まあ…不思議な味のするお飲み物だと思いましたけれど…古かったのですね…」
「お前このジュース飲んだのか!?」
エレノアはゴクゴクと下剤入りのジュースを飲んでいた。
缶ジュース自体飲んだことのないエレノアは、初めての味だったのでこんなものなのかと思い全て飲んだらしい。
レオリオがゴンが古くなっていると言ったジュースを全て飲み干したエレノアに驚いた声を上げ、エレノアは『はい』と頷く。
(よし!お嬢ちゃんの方は全部飲んだな!これであと数時間には潰れるぜ!)
新人を潰す趣味に目覚めたトンパに、男女の差は関係なかった。
むしろ、エレノアのような世間知らずで金持ちが罠がかかると嬉しくなるほど彼は歪んでしまった。
「古いジュースだからお腹壊しちゃうよ」
「待ってろ!今薬出してやるからそれを飲め!」
「大丈夫ですわ…私、お腹は丈夫ですの」
「そうは言っても期限がどれほど過ぎているか分からないものだ…一応レオリオから貰った薬を飲んでおいた方がいいと思うが…」
エレノアは心配してくれる3人に『大丈夫』だと何度も答えた。
その頑なさに、ゴン達は根負けしてしまう。
『腹痛くなったり吐き気が出てきたら言うんだぞ!』とレオリオの言葉に一応『分かりました』と頷くが、『本当に大丈夫なのになぁ』と心の中で思う。
ただ、心配してくれる3人にエレノアは嬉しく感じた。
(毒が効かない体ですし…腐っていても大したことにはなりませんのに)
エレノアは毒耐性が付くよう、幼い頃から毒が盛った料理を食べさせられてきた。
今ではどんな毒にも対応できるほど、エレノアの体は毒に強く成長した。
それはキルアも同じである。
だから、毒をトッピングとして使用しているゾルディック家の食事をしていてもエレノアは生きていられるのだ。
「申し訳ない!古いのがあるとは知らなかったんだ!」
「いいよ、そんな謝らなくたって!トンパさんはお腹、大丈夫?」
「あ、ああ!平気平気!」
パン、と手を合わせてトンパは慌てた様子を装って謝る。
ゴンはトンパに一服盛られかけたとは気づかず、彼を気遣う。
「オレ、山とかで色んな草や芽を試し食いしてるから大体味で変な物が分かるんだ」
「そ、そうなんだ〜〜!すごいねそれは〜〜!」
山育ちで友達が動物達だったゴンにとって、山に育てられたも同然である。
その中で山で生えている草や芽を食べて経験を積んでいたため、無味無臭の下剤にも気づいたのだろう。
とんだ野生児だとトンパは気づかれず舌打ちを打つ。
(まあ、いい…女の方は全部飲んだみたいだしな…せいぜい死なねえよう祈っとくぜ)
子供の体に大人にも聞く下剤の効果がどれほどなのかは流石にトンパも知らない。
もしかしたら脱水症状で死んでしまうかもしれない。
「悪かったな、じゃあまた!」
まあ、例え脱水症状になってしまい死んだとしても、それはハンターになろうという人間が疑いもなく人からの物を受け取り口にする時点で才能はないのだろう。
トンパは『自分の運の悪さを呪いな』とエレノアに向けて心の中で放ちながらゴン達から離れていった。
「あっ!そうでしたわ…ゴンさん、レオリオさん、クラピカさん…私、キルア様を探さなければなりませんの…ここでお別れとさせていただきますわ」
トンパをゴン達と見送っていると、エレノアは自分もこんなところで突っ立っている場合ではないと思い出す。
「そういえばエレンはキルアっていう婚約者を探して試験を受けに来たんだっけ」
「はい…早くキルア様を探して…あの方から真実を聞きたいのです…名残惜しいですが縁がありましたらまた…」
まだ数日しか過ごしていないが、これまでの道のりで4人は長い付き合いの友人達のように感じた。
それほど見ず知らずの人と短時間で親しくなる自分にエレノアは不思議な感覚を覚える。
だから、キルアを探すために彼らの元から離れることに寂しさを感じてしまう。
とはいえ、だからと言ってエレノアがキルアを探さないわけがない。
父の血は強く濃くエレノアに継がれているのだ。
『では』と頭を下げた後、エレノアはゴン達に見送られながら人だかりへと消えて行った。
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