エレノアはゴン達と別れて人だかりの中に入りキルアを探す旅に出た。
すぐ見つかると思っていたエレノアだったが、パイプの上に乗って探してもキルアの姿は見当たらなかった。
内心泣きそうになりながらエレノアはパイプから降りると、肩を叩かれる。
「キル――」
「やあ、お姫様」
「……………」
キルアかと思ったエレノアは笑顔を浮かべて思いっきり振り返った瞬間、ムニッと頬に指が立てられる。
その指の主を見た瞬間、エレノアの顔はスンッと真顔になる。
面白いほど笑顔から真顔になったエレノアに、指の主…ヒソカはクスクスと愉快そうに笑う。
「案外遅かったんだねぇ…君の事だからもうとっくに着いていると思ったよ」
「家から遠いルートを選んだのですが…それが意外とややこしいルートでしたので…簡単でしたが色々と手間取っておりましたの」
腰に手を当てて笑うヒソカに、エレノアは目を細め睨むように見つめる。
その視線にヒソカはゾクゾクとさせながらも、笑みを深める。
「今日は随分とご機嫌斜めだねぇ」
「申し訳ありません…キルア様だと思っていましたので…」
ブスっとした顔をそのままに謝るエレノアの心の籠っていない言葉にヒソカは目を細める。
むすっとさせるエレノアの脇に手をやり抱き上げた後、ヒソカはエレノアを文字通り脇に抱えて歩き出した。
ヒソカという存在を誰もが警戒しているうえに、少女を脇に抱えるその姿は余計に悪目立ちしてしまう。
先ほどぶつかっても謝りもしない男の両腕を花びらに変えた記憶も新しく、ヒソカが歩くと人だかりだったそこはまるで道のように開けられる。
「ヒソカさん…」
「ん?なんだい?」
「なぜ私はヒソカさんの脇に抱えられているのでしょう…動きにくいので降ろしていただけませんか?」
エレノアの了承も得ずに脇に抱えて移動し始めるヒソカに、流石のエレノアも抗議する。
ヒソカに物を申す少女に、その傍にいた人たちはギョッとした顔でエレノアを見た。
一同全員『あの子供死んだな…』と思っており、ヒソカがどれだけ腫れ物扱いをされているのか分かるだろう。
しかし、そんな周りなど気にも留めずヒソカはエレノアの言葉に『んー』と曖昧な声を漏らす。
「それはできない相談かな?」
「なぜですか?私、1人でもちゃんと歩けますわ」
溺愛されているエレノアは身内もいない状況で何日も外で過ごすのは初めてだった。
エレノアは基本仕事以外に外出は禁じられており、その仕事も身内の誰かが付き添うのが絶対条件だ。
買い物などは言えば執事やメイドの家の者が買ってきてくれるし、もしもエレノア自身が買い物に出かけるのも仕事と同じく誰か身内の1人が同伴することが決められている。
エレノアを信用していないというわけではないが、溺愛ゆえの束縛だろう。
それはエレノアも自覚し理解しており、ヒソカが自分を脇に抱えているのはお嬢様ゆえに長い時間歩けないと思われているのだと思っていた。
しかし、ヒソカからの回答は違っていた。
「君の叔父さんから護衛を頼まれてるんだよね…だからボクと一緒にいてもらわなきゃ困るんだ」
「まあ…叔父様がヒソカさんに?」
『きっと隕石が落ちますわね』と失礼なことを平然と言うエレノアにヒソカは無言で笑って返す。
エレノアとヒソカは顔見知りだった。
知り合いでもなく、親しいわけでもない。
叔父という共通する知り合いがいるというだけの薄い関係である。
だが、仲は悪くはなく、エレノアが毒を吐くのも叔父やその仲間達から『あいつには気を付けろ』やら『あいつに遠慮はいらねえからな』と言われているからだ。
実際、彼はエレノアの言葉なんてなんとも思っていない。
エレノアはなぜ叔父の頼みとはいえ、ヒソカがハンター試験など面倒くさい場所に来たのかと疑問に思ったがトンパの話を思い出した。
「ああ、確かヒソカさんは去年の試験で試験管を半殺しにされて合格できませんでしたものね」
「よく知ってるね」
ヒソカは試験に落ちたことは別に隠していないが、エレノアが知っていたことに驚いていた。
エレノア自身ヒソカに興味がないから仲間から聞いたとしても覚えていないと思っていた。
不思議そうに聞くと、エレノアは素直に答えた。
トンパ、と聞いてもヒソカの頭には誰1人そんな人物ヒットしなかったが、試験管を半殺しにした場所には人もいたから去年の受験者だろうとどうでもよさげに片づける。
「叔父様と戦う機会を頂いたのですか?」
エレノアの問いに、ヒソカはコクリと頷く。
その顔はとても嬉しそうで、流石戦闘狂だとエレノアは口にせず思う。
キルアを追いかけてエレノアがハンター試験を受けると知った叔父と仲間達は心配した。
力だけで言えばエレノアは十分合格するレベルではあるが、それとこれとは別で、可愛がっている姪を心配しない叔父はいない。
エレノアの母であるナターシャに連絡を入れる前にみんなで話し合った。
どうするべきか、誰かハンター試験受けに行かないか…など話し合っていると、『そういえば』、とある人物がヒソカが今年のハンター試験に再挑戦すると言っていたのを思い出した。
『それだ!!』と閃いた叔父達はすでに会場へ向かっていたヒソカに連絡を入れ、エレノアの護衛を頼む。
だが、仲間ではあるがはみ出し者な彼がそう簡単に命令を聞くわけがない。
苦肉の策で、ヒソカが叔父と戦いたがっているのを利用した。
勿論、それを聞いてヒソカは2つ返事で答えた。
(私の護衛を頼むだけに叔父様がヒソカさんと戦うことを提案するとは思えませんが…どのような交渉をなさったのでしょう)
叔父はヒソカとの戦闘を避けている。
その理由はエレノアには分からないが、叔父達は仲間内のマジギレは禁止している。
内輪揉めを避けるためだろう。
もしも意見が食い違うのならコイントスで決めることになっている。
そんな決まりがあるのに、自分の護衛にそんな規則を破るような真似を叔父がして、それを仲間達が許すのだろうか。
「あの、叔父様からお聞きしていると思いますが…私、キルア様を探さなければならないのです」
「婚約者なんだってね…でも、彼はお姫様のこと好きじゃなくなったんだろう?そんな奴を探してわざわざお姫様は傷つきに行くのかい?ボクは賛成できないなぁ」
ヒソカの直球ともいえる言葉にエレノアは『う"…』と言葉を詰まらせる。
お姫様、とはエレノアのことを指す。
叔父やその仲間がお姫様のように猫可愛がりする姿を見たヒソカがそう勝手に呼んでいる。
「それでも良いのです…傷つくかもしれないけれど…キルア様の口から聞かずそのままモヤモヤしたものを抱えて過ごすよりキルア様から真実をお聞きして前に進みたいのです」
脇に抱えていたエレノアを、ヒソカはまるで幼児に高い高いをするようにエレノアとの目線を合わせる。
「泣いちゃうよ?」
「泣く、かもしれません…ですが自分で決めたことです…後悔はいたしません」
「…………」
ジッと自分を見つめるエレノアに、ヒソカは無言で見つめ返す。
簡単に人を殺せるヒソカと、そのヒソカに抱っこされて無言で見つめ合う美少女。
悪目立ちすぎである。
二人は気づいていないが、先ほどから二人の周りに人はいなかった。
結局、負けたのはヒソカだった。
「全く…ボクも大概お姫様に甘いね」
『君の叔父さんの甘さが移っちゃったのかな』、と溜息交じりのヒソカの言葉に、エレノアは目を瞬かせたが嬉しそうに微笑んだ。
ヒソカはそっとエレノアを地面に降ろすが、条件を出す。
「婚約者君と話し合うのは許すけど、ボクが戻ってくるよう指示したらちゃんと戻ってくるように」
「はい」
「叔父さんから護衛の命令が出てる以上この試験中はボクと行動を共にしてもらうよ…いいね?」
「はい」
いい子ちゃんな返事だが、ヒソカはその返事を全て信じていない。
いい子なら、ちゃんと父親のいう事を聞いて今も家にいるはずである。
しっかりと頷くエレノアに溜息をつきながら、ヒソカは自身の念であるバンジーガムをエレノアの腕にくっつけた。
「これは?」
「リード」
「…………」
「だって君、絶対戻って来ないだろう?」
「…………」
「無言は肯定だよ」
「…………」
むむむ、とエレノアは口をかたーく閉じる。
ヒソカの読みは当たっている。
エレノアはヒソカを撒くつもりだった。
相手が叔父ならば話は違っていただろうが、相手はヒソカである。
叔父達から『あいつに遠慮しなくていいから(嫌なら嫌って言っていいし殴って良し)』と言われているので、約束も守らなくていいだろうとエレノアは考えた。
これは完全に周りが悪い。
「…分かりました…絶対に戻ります…」
エレノアは渋々ヒソカの条件をのむことにした。
そうしないとヒソカから解放されないと分かったのだろう。
「お姫様の愛しい婚約者はあそこらへんにいるってさ」
顔にデカデカと出ている不服という文字に、ヒソカは苦笑いを浮かべる。
キルアの場所はヒソカが知っていた。
エレノアは指さした方へ視線を向けたが、不思議そうにヒソカを見た。
「と、いうと?」
「ボクの協力者が教えてくれたんだ」
「まあ、そうだったのですね」
ハンター試験に協力は禁じられていない。
毎年変わる試験の内容を考えれば、お互い協力し合った方が合格率は上がる。
ただ、ヒソカのような一匹狼のような男に協力者がいるのに驚いた。
『ヒソカさんにも人付き合いというものがお出来になられるのですね』と、とっても失礼なことを思いながら、エレノアはヒソカにお礼を言い、言われた方へ向かった。
早く彼に会いたいのか、速足で人と人の間を潜ってヒソカの視界から消える。
「いいのかい、教えちゃって」
お姫様を見送ったヒソカは彼女の姿が消えたのを確認した後、視線を逸らさず独り言のように誰かに問う。
「あのまま誤解させておけば彼女は婚約者君と自然消滅するのに…君も律儀だねぇ」
話す相手がいないというのに、ヒソカは話を続ける。
ただ、彼の言葉に答えるようにカタカタとした音が聞こえた。
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