(15 / 21) キルアの婚約者 (15)

ヒソカの言う通り、そこにエレノアが探し続けた彼がいた。
エレノアは思わずキルアの名を呼ぼうとしたが、どうしても声が出ない。
駆け寄りたいのに、足が止まってしまう。
エレノアは震える両手を胸元でぎゅっと握り締める。


(声を…おかけして…駆け寄って…キルア様に真意をお聞きしたいのに……今更になって怖くなるだなんて…)


あれほど母達に啖呵を切ったというのに、直前となって怖くなってしまった。
しかし、このままではキルアに聞くことができずに実家へと戻されてしまう。
そうなれば、キルアの真意が分からないままモヤモヤを抱えて別の人と一緒になる人生を送ることになる。
それだけは嫌だった。
振られるかもしれないけれど、モヤモヤを抱えて生きていたくない。


(大丈夫…キルア様が本当に私へのお気持ちがなくなってしまったとしても…私は…ちゃんと笑えるわ…あの方の前で絶対に泣くものですか…)


12歳にだって女の意地がある。
キルアの前だって、キルアが好きになった女の前だって、エレノアは無様に泣き顔を晒したくない。
意地だと気づかれたって構わないから、平然を装い形だけの祝福を送りたい。
自分を落ち着かせようと深呼吸しようとした。


「エリー!?」

「…!」


すっと息を吸った瞬間、キルアがエレノアに気づいた。
キルアに突然声を掛けられたエレノアは驚きビクリと肩を揺らした。
そんなエレノアを他所に、キルアは慌てた様子でエレノアに駆け寄る。


「お前…!なんでこんなところにいるんだよ!今日は家にいるはずだろ!?」

「…っ」


それを言うなら、キルアだって同じだ。
まだキルアはハンター試験を受ける必要はない。
エレノアもそうだが、キルアだって突発的な行動を起こしここにいる。
だからキルアの驚きは大きいのだろう。
キルアは駆け寄り、エレノアの腕を掴んだ。


「エリー…?」


何も言わないエレノアにキルアは怪訝とさせたが、次の瞬間ギョッとさせる。
自分を無言で見つめていたエレノアの美しい瞳から涙があふれたのだ。
突然泣かれたキルアは慌てだし、エレノアの掴んでいる腕を引っ張って壁の方へ移動する。


「エリー…どうした?どこか怪我したのか?それともここの奴らに虐められたのか?」

「…っ」


ポロポロと涙が止まらず、キルアは聞く前に落ち着かせた方がいいと判断した。
持っていたスケボーを置き、エレノアを引き寄せて抱きしめ、エレノアはキルアの肩に顔を埋める。
背中を摩ってやれば、エレノアの固くなっていた体が解された気がした。
キルアは内心焦っていた。
エレノアが理由もなく泣くところを初めて見たのだ。
弟達にするように宥めてみたが、それが正しいのかは分からない。
しかし、キルアのその行動は正しかった。
エレノアの瞳から涙が止まり、キルアの肩から顔を上げてキルアと向かい合う。
まだ鼻は鳴らしているし、目元を赤くさせなてはいたが、キルアはエレノアが泣き止んだことに安堵する。


「キルア様…お聞きしたいことがありますの」

「聞きたいこと?」


聞き返すと、エレノアは小さい声で『はい』と頷いた。
エレノアは唇を噛み、不安に耐えようとした。
しかし、キルアを待たせることもできないため意を決するしかない。
問う前にエレノアは気持ちを落ち着かせるため一度深呼吸をした。
そして―――


「なぜ、婚約を破棄なさったのですか…」


エレノアはついにキルアに問う。
ずっと聞きたかったのに、いざ本人を目の前にしてみれば声が震えてしまう。
縋るようにキルアの服を握り締めるエレノアの問いに、キルアは―――


「……はあ?」


エレノアはキルアの低い声にビクリと肩を揺らした。
キルアを見れば、彼は不快感を表す表情を浮かべており、エレノアは顔を青ざめる。
キルアに拒まれたと思ったエレノアはキルアから離れようとしたが、腰に回された腕が強く拘束し引き寄せられ、逆にキルアと密着する。


「なんだよ急に…なんで婚約破棄が出てくるんだよ?」


逃がさない、と言わんばかりに腰に回された腕の力は更に強くなる。
普通なら苦しいと思うほどの力だが、エレノアはそれを気にする余裕はない。
なぜ、キルアの機嫌が悪くなる理由が分からない。
機嫌を悪くするなら婚約を破棄されたエレノアの方だっていうのに。
エレノアはキルアの反応に違和感を感じた。


「だって…お父様がキルア様との婚約は破棄されたって…」

「はあ?なにそれ…そんなのオレ聞いてないんだけど」


元々機嫌が悪かったキルアの機嫌が更に降下するのをエレノアは感じた。
だが、エレノアはなぜキルアが機嫌を損ねたのか分からなかった。
言葉からして婚約破棄を知って怒ってはいるようではあるが、婚約を破棄したのはキルアの方である。


「本当に?本当にキルア様は存じてないのですか?」

「存じてるもなにも…オレはエリーと婚約破棄するって言った覚えはないし…何があろうがオレは絶対にエリーと別れる気はないから」


キルアの言葉に、エレノアは一瞬にして心に住み着いていたモヤモヤが消えた。
やはり、キルアは自分を想ってくれていた。
それが分かった嬉しさと同時に、キルアを疑っていたことに対する罪悪感が生まれた。


「お前、それを聞くためにこんなところまで追いかけてきたのか?」

「は、はい…お父様から家を出ないように言われたのですが居ても立ってもいられなくて…」


エレノアは全て話した。
父からキルアとの婚約破棄を教えられて、閉じ込められたけれど我慢できず家を出たこと、ゾルディック家へ向かったが家に連れ戻されるかもしれないと入る勇気がなくて立ち往生していた時にゼブロに事情を聞いた事。
その後、叔父に頼んでキルアの居場所を見つけてもらい、ここまでキルアを追ってきたこと。
そして、キルアを疑ってしまった事。
エレノアは疑った事への罪悪感から全て話してしまった。
それを聞いてキルアは当然、ムスッとさせてエレノアを睨む。


「…オレがエリー以外の女に靡くとか本当に思ってるのかよ」


ポツリとぼやいたその言葉に、エレノアはギクリと肩をすくめた。
気まずくておずおずとキルアを上目遣いで見つめる。
いつもならエレノアの上目遣いで怒りを鎮めてくれるのに、やはり浮気を疑われたためか怒りは収めてくれなかった。
エレノアは気まずげにモジモジと指を組む。


「だ、だって…キルア様は魅力的な方ですもの…女性は私だけではありませんし…お姉様やお母様やキキョウお母様のように素敵な女性も沢山おりますから…私よりも素敵な方と出会われて恋に落ちてもおかしくないと思いまして…」

「お前なぁ〜」


キルアに釣り合っていないなんて思ってはいないが、エレノアの周りにいる女性達は容姿も器量もいい女性が多い。
そのため、溺愛され可愛い可愛いと育てられたエレノアでも自分が一番だとは思っていない。
しかし、それをキルアに伝えるとキルアから呆れた声が聞こえた。
今度こそ呆れられたと思ったエレノアの額に、キルアは自分の額をくっつける。


「それならオレだってそうだ」

「キルア様も?」

「ああ…エリーが可愛いのは当然だけどさ…男だってオレだけじゃないんだぜ?オレよりカッコイイ奴なんてごまんといるわけだし…オレだってエリーを盗られないかって不安な時もあるんだぜ?」


キルアの言葉にエレノアは目を瞬かせた。
驚くエレノアの反応を他所に、キルアは額同士くっつけたままグリグリと押し付ける。
グリグリとちょっと痛くしながら押し付けるのは、自分を疑った罰だ。
だが、元々エレノアに対して惚れた弱みがあるキルアも、カトラー家同様エレノアに強く出ることはできない。
だからか、罰はこれ以上与える気はキルアにはない。
それはエレノアも分かっているのか、大人しく罰を受けていた。


「もう絶対オレを疑うなよ…オレもエリーを疑わない…な?」

「はい…申し訳ありませんでした…キルア様…」


キルアとエレノアは見つめ合う。
エレノアはキルアが同じ気持ちだったことが嬉しかった。
だからこそ、もう彼を疑わないと決め、そっとキルアに甘えるように肩に頭を預ける。
エレノアから抱きついてきたことに、キルアは自分の機嫌は直っていくのを感じ、自分のチョロさに笑いそうになる。
身を寄せてくれるエレノアの背中に腕を回してやり、キルアも抱きしめてやる。
2人の甘い空気に、傍にいた受験者達はリア充を見せつけられ様々な反応を見せていた。(ほとんどが遠い目をしていた)
キルアの腕の中に戻れるとは思っていなかったエレノアは、心が満たされる気がした。
しかし、そんなエレノアを気にも留めないように腕が微かに引っ張られるような感覚に襲われる。
チラリとそちらに視線をやれば、ヒソカのバンジーガムがグイグイと引っ張っているのが見えた。
そろそろ帰ってこい、というヒソカからの申し出である。
しかし、エレノアは無視することにした。


「そういえば…一緒に来た方々がいらっしゃるのですが…キルア様と同い年の子がいましたよ」

「へえ、一緒に…ねえ?」


無視、というよりは、もう少しキルアとの逢引きを許してほしいという我が儘である。
少しでも時間を稼ごうとエレノアはゴン達の話題を出した。
しかし、その言葉を聞いた瞬間キルアの直ったはずの機嫌が再び降下したのをエレノアは見た。
目をパチクリさせていたエレノアだったが、キルアが嫉妬しているのだと気づくと、嬉しそうに頬を赤らまさせ微笑む。


「まあキルア様ったら…私はキルア様一筋ですわ」

「本当かなぁ…」

「本当ですわ」

「うーん…」

「キルア様、どうかエリーを信じてくださいませ」


疑っているわけではないが、それはすなわち嫉妬しないというわけではない。
それとこれとは別の問題である。
エレノアもキルアが本気で疑っているとは思っておらず、キルアが嫉妬してくれるほど愛してくれているのだと嬉しくなる。
ただのお約束なやり取りだが、そんな何でもないやり取りでもキルアとしているというだけで楽しくなる。


「じゃあ、信じてやるからキスしてくれよ」


ここに、とキルアはエレノアの頬を指で突っつく。
それはキルアの頬にキスをしろという意味である。
エレノアのほんのり染められた頬は真っ赤に染められ、気恥ずかし気にキルアから視線を逸らした。


「このような場所で…ですか?」

「いや?」

「いいえ…」


熱くなる頬をキルアから隠すように手で覆う。
嫌かと聞かれてエレノアはすぐに首を振って答えた。
嫌ではない。
むしろ大勢の目のある所ですることが恥ずかしいだけで、キルアにキスを送れるのは嬉しい。
逸らしていた視線をキルアに戻すと、キルアの楽しそうな目と目が合った。
キルアが楽しいと、無条件にエレノアも楽しい気分になる。
やはり、惚れた方が負けである。
エレノアは『ん』とキスをしてほしい頬を向けるキルアに口づけを落とす。
流石に人が多いこの場所でリップ音は恥ずかしくてできなかったが、エレノアの唇はキルアの頬に触れたのはお互い感じ取っただろう。
それと同時に腕がクイクイと引っ張られた。
エレノアはこの辺りが妥協すべきだと、キルアに申し訳なさそうに一時の別れを告げる。


「あの…申し訳ありませんが…私はここで失礼させていただきます」

「はあ?なんでだよ!せっかくここまで来たんだしさ、一緒に試験受けようぜ!」


エリーと一緒なら楽しくなりそうだしさ、とまで言ってくれるキルアに心苦しく思う。
しかし、流石に約束を破るわけにはいかない。
ヒソカと自分では、戦闘経験からヒソカの方が上なのだ。
力任せで引き離されても、キルアだってまだヒソカには叶わない。
叔父が心配して護衛とお目付け役を付けたという事情を話すと、キルアもエレノアの身内が出てきたためかこれ以上ごねることはしなかった。


「叔父さんが出てきちゃしょうがないよなぁ…叔父さんには勝てないし」

「まあ!そんなことありませんわ!叔父様も大切ですけれどキルア様の方がもっと大切です!」


キルアはエレノアの叔父と会ったことはない。
だが、会ったことがなくてもエレノアが叔父に懐いているとキルアでも知っているほどだ。
エレノアの中で一番なのは自分だとキルアは分かっているし、彼女の身内に嫉妬したって叔父と自分の立場は全く異なるものだ。
だけど、面白くない。
きっとそれは叔父の方も同じだろう。


「時間のようですので…残念ですがここでお別れです…」


先ほどから引っ張られる力が強くなるのを感じて、そろそろ限界かと戻ることにした。
このままとんずらするのは簡単だが、ヒソカに連れ戻されて行動を制御されるのはもっと簡単だ。
どんな試験内容か分からないが、話す機会はあるだろう。


「ん、分かった…試験が終わったら色々話そうぜ」

「はい、では失礼します」


エレノアと一緒に試験を受けることができないのは残念だが、エレノアの身内が関わっているのならそれに従うしかないだろう。
エレノアは自分と違って嫌になって家を出たわけではないのだ。
エレノアまで巻き込むつもりはなかった。
とはいえ、名残惜しいのは確かなので別れのハグをして二人は別れた。


「おかえり、お姫様」


バンジーガムを辿って戻れば、当然ヒソカが待っていた。
ヒソカは顔を表には出さないが、案外分かりやすい。
表情や雰囲気などで、エレノアは彼が怒っているようには見えず安堵する。


「あの…すぐに戻らず申し訳ありません…」


怒っていないが、すぐ戻れという指示に逆らってしまった。
そのことを謝れば、ヒソカから『謝れていい子だね』と頭を撫でられた。
しかし、怒っていないからと言って許すという事には繋がらない。
ヒソカはしょんぼりとするエレノアの脇に手をやり抱き上げ、そのまま片腕に座らせるように抱き上げる。
元々、ヒソカは高身長なので抱き上げられると更に目立ってしまう。


「ヒ、ヒソカさん…これは…」

「罰だよ…すぐ戻ってこなかったことへのね」

「うう…皆さまの視線が痛いです…」

「うん、それが罰だから」


ヒソカと一緒にいるというだけでも目立つのに、長身のヒソカに抱き上げられたことで誰よりも目線が上がり、周囲の視線をエレノアが独り占めしてしまう。
目立ちたいわけではないので、周囲の視線が痛い。


(ボクも視線が痛いんだけどね)


恥ずかしがるエレノアを抱き上げるヒソカの背中に、先ほどから串刺しにせんとばかりに2人の視線が刺さる。
勿論、2人とは某家の兄弟である。
試験が始まるまで罰は続けようかと思っていると―――ジリリとベルの甲高い音が辺りに大きく響いた。


「ただ今をもって受付時間を終了いたします」


その音のへ視線をやれば、壁が上がっていくのが見えた。
行き止まりだと思っていたが、壁で隔てて奥にはまだ続いているようだった。
壁が上がっていくと、そこには1人の男が立っていた。
手には緑色をしたベロを出している人の顔を模したベルがあり、頭のテッペンを押すと音は止んだ。
ベルを止めた男はハンター試験の受付の終了を受験者達に知らせ―――


「ではこれよりハンター試験を開始いたします」


試験の開始を知らせた。

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