(2 / 21) キルアの婚約者 (02)

エレノアはキルアとの婚約が決まった時から、実家とゾルディック家の両家を行き来する生活が始まり、実家とゾルディック家の両家でそれぞれ花嫁修業を行っている。
今日はゾルディック家での花嫁修業をする予定なため、いつも通り家の者にゾルディック家の門まで送ってもらい、試しの門を自らの手で入った。
家にたどり着くとゾルディック家の当主とその妻であるシルバとキキョウに挨拶をしに向かった。
エレノアが来る為、キキョウも揃って待ってくれたことをまずお礼を言った。
将来、嫁入りし娘となるエレノアの完璧な挨拶にキキョウは満足げに口角を上げる。
挨拶後にしばらく会話をしてからキルアの部屋に向かうのがいつもの流れである。


「それでは失礼いたします」


いつもキキョウの話が広がりすぎてシルバの声一つで会話終了となる。
キキョウの事は嫌いではないし、義理の母の機嫌をわざわざ損ねることもないと思い付き合うが、本音は早くキルアに会いたい。
それを見越していつもシルバはキキョウが止められても満足する程度の時間で止めてくれる。
シルバに視線でお礼を告げながら、二人に頭を下げ退室した。


「エレンお姉ちゃん!」

「まあ!アルカちゃん!」


キルアの部屋へ向かおうとしたエレノアは、後ろから聞こえた幼い声で立ち止まった。
振り返れば、ゾルディック家の一人であるアルカと、アルカに付き添っている執事がいた。
まだ子供の足で懸命に走り、エレノアに飛び込んできた。
エレノアも子供だがゾルディック家と同等の暗殺一家の一員として教育をされてきたため、子供の体当たりのような抱擁は簡単に受け止められる。


「エレンお姉ちゃん!ぎゅーってして!」

「はい、ぎゅーっ!」


アルカはゾルディック家の5人兄弟の4人目の子供で、エレノアとキルアの一歳下となる。
エレノアは他の兄弟と上手く関係を築いているが、特にアルカはキルアが可愛がっている兄弟ということで、キルアと距離が近いエレノアにも懐いてくれている。
キルアの次にこの家で仲が良いのがアルカだった。


「一緒にお兄ちゃんのところにいこ!」

「ええ、一緒に行きましょうね」


アルカから手を握り、先導するようにエレノアを引っ張って歩き出す。
その二人の後ろを執事が続き、エレノアとアルカは一緒にキルアの部屋へと向かった。
ノックの後、入室を許可され中に入ればキルアは長男であるイルミと勉強をしているところだった。


「やあ、エレン…三日ぶりだね」

「はい、お久しぶりです…イルミお兄様とお勉強をなさっていたのですね…お邪魔してしまい申し訳ありません…すぐ出ていきますから…」

「ああ、いいよ…すぐに終わるから…そこで待ってて」


イルミはすでに家の仕事を任されており、時々数日、数か月と顔を合わせないことも多々ある。
仕事は一瞬でも、どうしても移動手段で時間がかかることもあるのだ。
イルミとも友好な関係を築いているエレノアは、勉強中でも滞在を許される。


「ごめんな、エリー…あとちょっとだからさ…それまでアルカの相手頼むよ」

「はい、構いません…お勉強頑張ってくださいね、キルア様」

「お兄ちゃん!がんばれ!」

「ああ!これ終わったらさ、三人で遊ぼうぜ!」


妹と婚約者からの応援に、キルアは更にやる気を出した。
キルアの言葉に『まあ!楽しみにしていますね』とアルカと嬉しそうに答えると、キルアはイルミにコツンと頭を叩かれた。


「いって!何するんだよ!」

「キル、エレンにデレデレする前にやることあるだろう?」

「いいじゃん!エリーはオレのだって親父たち言ってたし!」

「エレンはまだ婚約者…まだお前の妻でもないし恋人でもない間柄だ」

「えーっ!だって親父が言ってたんだぜ!エリーは将来オレの妻になるって!」

「そう…でも今は妻になる前の段階だ…まあ、簡単に言えばお試し期間ってことかな…」


更に正確に…いや、訂正すれば、お試しではない。
9割キルアの妻となることが決まっているが、エレノア自身、そしてキルア自身、両家の当主の不興を買えば一瞬にして婚約関係は消滅する。
特にエレノアの実家、カトラー家は末っ子であるエレノアを溺愛しているため、この婚約には反対している。
なので、ゾルディック家のちょっとしたミス一つであちらから婚約を破棄される可能性は高いのだ。
父であるシルバは両家の確執を解く必要があると考えており、婚約を解消する気はないと言っていたので、残りの1割はカトラー家次第というわけだ。
それをキルアに言っても1割という少ない割合に余裕をこいて調子に乗るためイルミはあえて言わずお試し期間と言っておく。


「キル、カトラー家が出したエレンをうちに嫁入りをさせる最低条件はキルがゾルディック家を継ぎ、当主として確固たる安定した力を保つこと…そこでキルはエレンを妻として迎える事を許されることになっているんだ…今のキルは婚約者どころか恋人や知り合いでもないよ」

「う"…わ、分かったよ…まずは知識だろ?」

「そうそう…まあ、キルならすぐに次の段階にいけるさ」


エレノアの父親は、可愛い娘をそちら(ゾルディック家)にやるのだからキルアが当主になり、エレノアを絶対的に守れて苦労させないくらい力を得ることが娘を嫁に出し両家が復縁する最低条件だと言い出した。
両家の婚約はシルバが最初に言い出したことであり、そもそもカトラー家はゾルディック家ほど確執を解す必要性を感じていない。
ただ、婚約を受け入れたのは、それでも確執を解す事へのメリットがあったからだ。
確執をなくすことへのメリットを感じつつも、だからと言って無理に娘をゾルディック家に嫁がせるほどでもない。
だから、カトラー家は婚約を破棄することも厭わない。
今、それをキルアに言っても幼いため理解しきれないだろう。
ただ、キルアもエレノアのことを気に入っているため、下手なことはしないと思い教えることはしないというのもある。


(一目惚れねぇ…)


母曰く、キルアとエレノアはお互いに一目惚れをしたのだという。
父と恋愛結婚をした母は、可愛がっていた妹の娘と自分の息子が夫婦となることをこの家の誰よりも嬉しそうにイルミに話した。
だからキルア達の可愛い恋に協力しなさい、とまで命じられイルミはそれに応じたものの…胸の突っかかりを覚えた。
エレノアとアルカに応援されながら机に向き直したキルを意識しながら、イルミはチラリとエレノアに視線を向ける。


「お姉ちゃん、これ読んでー」

「はい、良いですよ」


キルアと行動をしていたためか、キルアに懐いているアルカにも懐かれたエレノアは、アルカのリクエストの絵本を開いていた。
勉強をしているキルアとイルミの邪魔をしないよう小声で絵本を読み聞かせるその姿は幼いながらも母親であった。


(……稚児趣味なんてないはずなんだけどなぁ…)


相手は弟と同じ12歳下の女の子。
それも将来、弟の妻になる相手だ。
三人に気づかれないようにイルミは困ったように溜め息を零しながらキルアの勉強を見てやる。

キルアはエレノアに一目惚れをし、エレノアもキルアに一目惚れをした。

そして―――イルミも、エレノアに一目惚れをしていた。

二人はそれに気づかない。

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