(3 / 21) キルアの婚約者 (03)

いつも通りキルアの両親に挨拶をした後、エレノアもゾルディック家で花嫁修業をしていた。
エレノアを気に入っているキキョウのチェックも終え、エレノアは長く厳しい花嫁修業を終えた。
暇となりキルアの勉強や修行が終わるまでどうしようかと思いつつ、とりあえずゾルディック家にある自室へ向かっているとアルカに会った。
そのアルカと共に敷地内にある遊び場に行って一足先に遊ぶことになった。


「お姉ちゃん!お花作って!」

「はい、いいですよ」


広大な敷地には子供達のための遊び場がある。
砂場もジャングルジムなどの遊具も充実しており、子供は十分満足するだろう。
その傍には花が多く自生しており、さながら少し規模の小さい花畑になっていた。
その花畑ではよくアルカやカルトに花冠やブレスレットなどを作って遊ぶこともあり、今日のアルカはその気分だったらしい。
手を引かれて遊び場から花畑へと向かい、その花で花冠を作ってほしいとアルカにおねだりをされた。
絵本で花冠を見たアルカがおねだりされてから、エレノアは花冠を作れるようになった。
色様々な花でアルカ用の花冠を作っていると、人の形の影がエレノアを覆った。
人影に顔を上げると、猫のような目と合う。


「まあ、イルミお兄様…お帰りになられたのですね…おかえりなさいませ」

「うん、ただいま」


人影は長兄、イルミだった。
イルミは気配を消してエレノアの後ろへ立ち、上から覗き込んだらしい。
エレノアがゾルディック家を来訪した時にはすでにイルミは仕事に出ていたはずだが、どうやら帰ってきたばかりのようだ。
アルカもエレノアに続いて『おかえりー』と笑顔で言えば、イルミは表情変わらず挨拶返しをしながらアルカの頭を撫でる。


「で、何してるの?遊び場はあっちだよ」


まだ幼いアルカや、子供のエレノア達は遊び場や森の中で遊ぶことも多い。
それは子供ならば誰だってそうだ。(某家の次男を除いて)
今日、エレノアが家に来ると知っていたイルミは気配を探って遊び場にいると知ってこちらに向かった。
だが、エレノアは遊び場ではなくその傍にある自生している花を愛でているのが見えた。
エレノアならばまだしもまだ幼いアルカが花に興味を持っていると思えなかったイルミは、楽しそうに花々に囲まれてキャッキャと楽しんでいる二人に声をかけた。
問われればエレノアは簡単に答えた。


「花冠…?」


コテンと小首をかしげるイルミに釣られてエレノアとアルカもコテンと小首をかしげた。
意味が分からないわけではなく、暗殺を生業とし教育をされた彼には程遠い言葉だからだろう。


「アルカちゃんに花冠を作っていたのです」


そう告げると、聞いておいて興味がないのか『ふーん』と感情のこもっていない返答が返ってきた。
しかし、そのまま去るでもなく、イルミはアルカを抱き上げて胡坐をかいた上に座らせる。
兄らしさを見せるイルミに、エレノアは自身の兄を思い出す。
イルミの家族への愛情はエレノアの兄とは違って分かりにくい形をしているが、やはり兄なのだろうなと思った。
そんなことを考えているとは知らず、イルミはエレノアがアルカのために作る花冠を見つめていた。


「ね、それオレにも作ってよ」

「花冠をですか?」

「うん、仕事終わって暇だし」


理由がどうであれ、自分が作った花冠が欲しいと言ってくれることが嬉しくてつい嬉しそうに笑顔になってしまう。
嬉しそうに笑顔を浮かべるエレノアをイルミは目を細めた。
アルカの花冠は作りかけだったためすぐに完成した。
イルミの膝の上にいるアルカの頭の上に『はい、どうぞ』と言って花冠を被せた。


「わあ!お姉ちゃん、ありがとー!」

「ふふ、とても似合っていますよアルカちゃん」


エレノアの言葉に、アルカは嬉しそうに笑った。
カルトもそうだが、エレノアは末っ子なため、カルトとアルカを弟たちのように思う。
下の子が可愛い上の兄姉の気持ちがよくわかる、とアルカの嬉しそうな笑みを見ながら思う。
そして、エレノアはリクエストのイルミの花冠に取り掛かった。
その姿をイルミはジッと見つめる。
一つ一つ、花を摘んで、小さな愛らしい手で編んでいく。
その手と動きは全てイルミだけのために向けられたものである。


「はい、できました…お兄様、どうぞ」


アルカで慣れているのか、手慣れた手つきで、しかし丁寧に花冠を作り上げた。
どうぞ、と差し出された花冠をイルミは『ん』と頭をエレノアに差し出すように下げる。
その行動にエレノアは目を瞬かせたが、すぐにイルミの行動の意味をくみ取りクスリとほほ笑んだ。


「まあ、お兄様ったら…甘えん坊さんですのね」


アルカのように花冠をエレノアの手で被らせてほしいと言っているのだ。
甘えているようなイルミに、エレノアはますます実兄のようだとクスクスと可笑しそうに笑い声を零しながら差し出されたイルミの頭へ花冠を被せてあげた。


「エレンも同じの作ってよ」

「私もですか?」

「うん…三人でお揃い…駄目?」


コテンと小首をかしげるそぶりは可愛らしいが、その表情はピクリとも変わっていない。
普通の人間なら不気味さを感じただろうが、生憎と相手はエレノア。
ゾルディック家とほとんど同じ環境下と価値観で育った少女だ。
傍から不気味ですらあるイルミの動かない表情でも、コテンと首を傾げるそぶりもあって愛らしく映っていた。
『エレンお姉ちゃんとお揃い!』とアルカが嬉しそうに言った事も後押しになったのか、『そうですね、お揃いもいいかもしれませんね』と言って自分用の花冠を作り出した。
そんなエレノアに、イルミは微かに口角が上がって笑う。
その表情は穏やかなものだった。
それは無意識だったからか、イルミ自身も気づいていない。
連続で作ると二作目よりも早く作り上げる事が出来た。


「じゃーん!できました!」


連続で作ると早く作ることが出来るが、その分疲れる。
二人に見せた後に自分も花冠を被ろうとした時、イルミにそれを奪われてしまう。
花冠を奪われたエレノアはキョトンとイルミを見上げていた。
そんなエレノアの頭にイルミはそっと優しく頭に花冠を被せてあげた。


「どうですか?似合いますか?」


突然の行動に疑問に思いつつ、被せてもらった花冠を自慢するようにイルミとアルカに問う。
その問いにアルカは『エレンお姉ちゃん可愛い!』と褒めてくれた。
褒められて嬉しそうにアルカと話すエレノアを見つめながら、イルミは静かに手を伸ばす。
実力としてはイルミの方が上なため、伸ばされた手には気づかなかった。
イルミの手はエレノアの髪に伸ばされ、撫でるように耳にかける。
その仕草は自然で違和感はない。
ただ義理の妹の髪に触れ、耳にかけてやった兄の姿だ。


「とっても似合っているよ、エリー」


そう言ってイルミは笑った。
そう、笑ったのだ。
いつも感情を表に出さないイルミの微笑みはエレノアだけではなく、恐らく家族もそうそう見たことがないだろう。
それにも驚くが、それ以上にエレノアが驚いた部分がある。


「げ…兄貴…なんでここにいんだよ…っていうかなんだよその頭…」


ニコニコと(一人無表情二人笑顔)ほのぼのとさせている雰囲気に、少年の声が新たに届いた。
そちらに振り向けばキルアがこちらに向かって歩み寄ってきており、キルアは長兄の姿と、その頭にある似合わなさすぎる花冠に顔をしかめた。
エレノアはキルアの姿に『まあ!キルア様!』と先ほどの笑みとは比べ物にならないほどの満面の笑みを浮かべキルアの下へと駆け寄った。
キルアも婚約者が駆け寄ってきてくれたことにイルミがいる事への不機嫌も簡単に直っていく。
手を握り合いお互い頬を赤らめさせて笑い合う二人のその姿は、子供の可愛い恋人同士の微笑ましい姿だ。
しかし、イルミは穏やかにいられるわけがない。


「………」


エレノアの後ろ姿をイルミが無言で見つめる。
膝の上にいるアルカが二人の元に行きたがったので解放してやる。
二人の名前を呼びながらトテトテと二人の下へ駆けつけていき、イルミはしばらく見ていたがゆっくりと立ち上がる。


「さて…キルも来たし、オレは家に戻るよ」

「はい、イルミお兄様…お相手してくださりありがとうございます」


三人に声をかけるように、イルミはエレノアに声をかける。
イルミに声をかけられたエレノアは、キルアから離れてイルミの下へと向かい相手にしてくれたことにお礼を言い頭を下げた。
その頭から、イルミは指をひっかけ花冠を取った。
花冠を取られたエレノアは下げていた頭を上げれば、エレノアの頭に被られていた花冠はイルミの手の中に納まっているのが見えた。


「じゃあね」


エレノアがイルミの名を呼ぶ前にイルミはエレノアの頭をポンと軽く叩くように撫でた後、二つの花冠を持ったままその場から立ち去った。


「何だったんだ?兄貴のやつ…」

「きっとキルア様が来られる間、私とアルカちゃんが退屈しないよう遊んでくださったんだと思います」

「あの兄貴がそんな親切かぁ?」


花の冠があった場所を手で撫でるように触れていると、キルアが隣に並んで疑問を口にした。
その疑問の声にエレノアはハッと我に返り慌てて答えたが、キルアは納得いかない反応を見せ、そんなキルアにエレノアは苦笑いを浮かべた。


「…………」


キルアの意識が、エレノアが編んでくれた花冠を自慢するアルカへ向けられ、二人は先ほどいた小さな花畑に戻っていった。
その後を続きキルアの傍に座ったが、エレノアはそっとイルミが髪の毛を耳に掛けてくれた場所に触れる。
耳に髪を掛けてくれた際、イルミの指が耳に触れた気がした。
しかし、それ以上に驚いたことがある。


(名前…)


イルミが呼んだ自分の名前。
エレノアにはファーストネームと愛称の三種類の名前がある。
エレノアというファーストネーム。
エレンという愛称。
そして、キルアだけが呼ぶことができるエリー。
キルアとエレノアが婚約した際、キルアは自分だけが許される呼び名を望んだ。
それがエリーだ。
エリーという名前は二人だけの唯一の宝物だった。
その名は例え両親であってもキルアは許してはおらず、一度アルカがエリーと呼びたいのだと我が儘を言った時、キルアは一歩も譲歩することはなかった。
あれほど可愛がっていたアルカが泣いてもそれは変わらなかった。
それほどエリーという名前は二人には大切なものだった。
その名を、あの時イルミは呼んだ。


(なぜでしょう…)


キルアは怒るかもしれないけれど、エレノアは二人だけの名前をイルミに呼ばれても特別嫌な感情は持っていない。
それは親しい間柄の人間だからだろう。
しかし、イルミがその名を呼んだ意図が読めない。
イルミもキルアがエリーという名前を大切にしていることは知っているはずなのだ。
弟想いな彼がキルアの嫌がることをするとは思えない。
だから、驚いていた。


「なあ、エリー!エリーってば!」

「…!」


考えても感情の読めないイルミの思考なんてエレノアに分かるわけがない。
考えれば考えるほど思考にのめり込んでしまったエレノアは、キルアに肩を揺さぶられて我に返った。
ハッとさせてキルアを見れば、不思議そうな表情をしながらエレノアを見つめていた。


「どうかなさいました?」

「どうしたも何も!話しかけても全然反応してくれなかったじゃん!どうした?もしかして疲れてる?」


アルカと遊びながらエレノアに声をかけたが、エレノアは考え込むように黙り込んでるばかりで反応がない。
そんなエレノアに何度か声をかけたキルアだったが、それでもエレノアの反応がなかったため大げさに肩を揺すってやっと気づいてくれた。
無視されていなかったとホッと安堵しつつ、疲労が溜まっているのかと心配そうに見つめた。
その優しさに胸をキュンとときめかせながら『大丈夫です』と安堵させるように微笑みを浮かべた。
それが通じたとは思えないが、キルアはエレノアが言いたくないのならとあえて聞くのを止めた。
『ふーん、ならいいけど』と言いながらキルアは花を摘んでもぞもぞと手元を動かす。


「何を作っているのです?」


何かを作っているのだろうか、とキルアの手元を見る。
エレノア聞けば、それはすぐに完成したのか『ん』とそれを突き付けるようにエレノアに差し出す。
そっぽ向いているので、照れ隠しだろう。
差し出されたそれを見ると、エレノアは目を瞬かせながらそれを受け取る。


「まあ…愛らしい指輪ですわ」


それ、は一輪の花で作ったシンプルな指輪。
摘まんで改めて見てみれば、シンプルすぎて普通なら可愛いとも嬉しいとも思えないものだっただろう。
だが、作り手がキルアだ。
エレノアの愛してやまない旦那様だ。
それだけでどんな宝石の指輪よりも、大好きな叔父から贈られる価値のある品物よりも、何倍も、数百倍も価値のあるになる。
可愛らしい花の指輪を愛でるエレノアに、キルアは頬を染めてそっぽを向きながらブツブツと呟く。


「…それ、婚約指輪な」

「え…?」

「だから!婚約指輪!って言ってもちゃんとしたのはもっと大人になってからやるけど…それ、それまでの代わりだから!」


エレノアは耳を疑った。
婚約指輪。
さきほどキルアはその言葉を言ったのか。
目を瞬かせて呆けているエレノアを聞こえていなかったのかと勘違いしたキルアは勢いに任せてもう一度答えた。
その言葉はちゃんとエレノアの耳に届いており、言葉を理解するのと同時にじわじわと言い知れぬ感情が沸きあがる。
何も言わないエレノアにそっぽを向いていたキルアはチラリとエレノアを見る。
しかし、エレノアを見た瞬間、キルアは目を見張り息を呑んだ。


「ッ―――泣くほど嫌なのかよ…」


エレノアの大きな丸い瞳からポロポロと涙があふれ出ていた。
それを見てキルアは自分がエレノアを泣かせたのだとぎょっとさせる。
そして、その涙は自分を拒んでいる物だと勘違いしていた。
キルアの言葉にエレノアはハッとさせて自分が泣いているのに気づく。
涙を止めるよりも、キルアの誤解を解かなければならないと慌てた。


「ち、違うのです!…私…エリー…嬉しくて…キルア様から婚約指輪を頂けるなんて…嬉しくて…感激してしまったのです…」

「……本当かよ…」


エレノアの涙は感激の涙だ。
子供は女の子の方が成長が速いが、エレノアだってまだ子供。
キルアの傍にいて、キルアの婚約者だという立場が揺ぎ無いのであれば想いの形などいらなかった。
だからまさか花で作ったオモチャ以下の品物とはいえ、婚約指輪を贈られるとは思っていなかったのだ。
そのため、この花の指輪はますますエレノアにとってどんなものにも代えられない宝物になった。
キルアはポロポロと涙を流すエレノアを疑った目で見ては、また拗ねたようにそっぽを向いた。
そんなキルアにエレノアは涙で濡れた瞳でキルアを見つめ、そっとキルアに寄り添うように距離を詰める。


「嘘ではありませんわ…エリー、この指輪が宝物になりましたの」

「ふーん…お前が持ってる宝石の指輪より?」

「はい」

「…お前が大好きな叔父からの贈り物より?」

「勿論です!そんなものなどキルア様から頂いた婚約指輪の方がエリーにとって価値のあるものですわ…この世の中で最も大切な指輪です」


きっとこの気持ちは言葉では言い表すことができない。
それほどエレノアにとって大切となった瞬間だ。
キルアは元々エレノアを疑ってはいなかったが、照れが邪魔をしていたのだろう。
エレノアが言葉と言葉を重ねてやっと素直になれたキルアはやっとエレノアを見てくれた。


「ん、そこまで言うなら信じてやる」


まだ子供とは言え、素直になれない自分が腹立たしい。
エレノアの重なった言葉でやっと素直になれたが、まだ素直になり切れない。
しかし、エレノアはキルアの言葉に嬉しそうに笑みを浮かべ…キルアに指輪を差し出した。
差し出された指輪を見てキルアはあっという間にムッと不機嫌となる。


「なんだよ…やっぱ要らないのかよ…」

「違いますわ…キルア様に嵌めてほしいのです」


突き返されたと思ったキルアの機嫌は過去一に悪くなる。
嬉しいと言っておいて返すなよ、と思っていると続けられた言葉に目を瞬かせエレノアを見た。


「オレに?」

「はい…だって、婚約指輪ですもの…夫となる方にはめてほしいですわ」


そう言ってエレノアはキルアに左手を差しだした。
エレノアも恋する乙女。
結婚指輪や婚約指輪をはめる指くらいとっくに調べている。
それはキルアも同じで、返された指輪の意味を聞きそれまでの不機嫌さが嘘のように晴れた。
『しょうがねえな』と素直になりきれない言葉を返しながら、アルカが見守る中、キルアはエレノアの左薬指に自分が作った花の指輪をはめてやる。
映画などで見たように、下からエレノアの手を支えるように触れ、薬指に指輪をそっと優しく。
薬指を飾る指輪をエレノアは目の前に掲げ、目を輝かせながら見つめた。


「エレンお姉ちゃん、いーなー」

「ふふ、アルカちゃん…これはあげることができませんの…ごめんなさいね」


まだ恋や愛など分からない子供のアルカの言葉にエレノアは笑みを浮かべながら頭を撫でてあげた。
指輪をあげる事ができない代わりに花のネックレスかブレスレットを作ってあげようと作成に取り掛かる。
キルアは、妹と婚約者の二人の仲良しな光景を嬉しそうにしながら見つめていた。

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