(6 / 21) キルアの婚約者 (06)

文字通り家から飛び出したエレノアは、そのまま海に飛び込み陸まで泳いだ。
常人では到底渡り切れない距離など、暗殺者として英才教育されているエレノアにとっては簡単な水泳にすぎない。
当然、ずぶ濡れなので『念』で乾かし、次の行動を起こす。
まず、エレノアはキルアの家であるククルーマウンテンへと向かうことにした。
ゾルディック家があるパドキア共和国と、エレノアの家がある国は飛行船で4時間もかかる。
海へ飛び込んでからは素早く行動を起こさないと、途中で気づかれて連れ戻されてしまう。
12歳で常人以上の力を得てはいるが、それでも父や兄達に比べると弱い。
連れ戻されることは確定だとしても、最低キルアと会いたい。
会って、真偽を確かめたい。
しかし、突発的な行動を起こしたエレノアは無一文だ。
まずはパドキア共和国に向かうためのお金の問題を解決しなければならない。
そこで、エレノアは人を利用することにした。
エレノアは『念』を使い、適当な人の『妹』になった。
この念は短時間しか効果がないので、飛行船のチケットを取るだけに利用できればいい。
案の定、年の離れた姉妹として飛行船に乗ったが、その人にかけた念はすぐに効果がなくなり、なぜ自分が飛行船に乗っているのか分からない様子を見せた。
その人と離れ、エレノアは飛行船から外を眺めながら、急かす心を落ち着かせる。
ふと、そこで不安がよぎる。


「もしもゾルディック家の方達に拒まれたらどうしましょう…」


親経由でエレノアに別れを告げるくらいだ。
自分に会いたくないのかもしれない。
しかし、エレノアは本人の口から聞くまでは諦めきれないため、行かないという選択肢はない。
だが、結局妙案が浮かばないまま、パドキア共和国に到着してしまった。
そこからも人を利用してククルーマウンテンへたどり着いたエレノアは、困ったように試しの門を見上げる。
この門には鍵は掛かっていないが、重さは軽くて片方2トンもある。
その扉を開けられなければ、ゾルディック家の資格はないということだ。
勿論、エレノアはクリア済みだ。


「エレノア様?どうなさったのです、こんなところで立って…入らないのですか?」

「まあ、ゼブロ!丁度良かったですわ!」

「え?」


ゾルディック家の人間に会ったとして、もしも拒まれた挙句に実家に連絡を入れられたら。
そう思うとエレノアは扉を開けるのを躊躇してしまう。
そんなエレノアに、声をかけた人がいた。
ゼブロだ。
彼は、試しの門を通さずに侵入した者を殺したミケの後片付けをするために雇われている。
正門から入るエレノアとは3歳の頃からの顔見知りで、親しいわけではないが知らない仲というわけではない。
エレノアが正門から入らず、なぜか正門を見上げるばかりなのを不思議に思い声をかけたのだろう。
エレノアはゼブロに声を掛けられハッとさせた。


「あの…キルア様とお会いしたいのですが…取り次いでいただけませんか?」

「キルア坊ちゃんに?」

「ええ…訳あって私からお電話することはできませんの…できたら私からとは告げずキルア様と連絡を取りたいのですが…」


できますか?、と不安そうに上目遣いで見つめるエレノアに、ゼブロは困ったように頬をかく。
それがエレノアにはゼブロにも拒まれたような気がして視線を伏せ落ち込んでしまう。


「その…坊ちゃんは今、家にはいらっしゃらないんですよ…」

「え?家にいないのですか?」

「はい…」

「お仕事でしょうか…いつ戻られるか分かりますか?」


雇われている中でも、ゼブロは下から数えた方が早い。
それほど、ゼブロの立ち位置は低く、ゾルディック家に雇われてはいるがゼブロはゾルディックの屋敷に行った事さえなければ、ゾルディック家の者と親しくするほどの立場ではない。
その為、ゼブロにキルアの予定を聞いても分かるわけがない。
だが、それでも縋りたいと思ってしまうほどエレノアは急いでいた。
家族に連れ戻されれば、もうキルアどころかゾルディック家との関りを完全に断たれてしまうだろう。


(…何やら事情があるようだが…教えてしまっていいものか…)


エレノアなら自ら試しの門を開けて直接ゾルディック家に向かえば済む話だ。
エレノアはキルアの婚約者として、ゾルディック家とは良好な関係を気づいていると蚊帳の外であるゼブロにも分かる。
執事を通さず自由に行き来できているエレノアが、ゼブロに頼むのは相当な事情があるのだろう。
とはいえ、例え婚約者とはいえ、まだゾルディック家の人間ではないエレノアに身内の事情を主人の許可なく話していいのか迷う。
下手をすれば自分がクビになるだろう。
しかし…ゼブロは守衛室にエレノアを案内し、椅子に座るよう言った。


「エレノア様、落ち着いて聞いてください」


椅子に座ったエレノアにゼブロは言うが、父からも聞いたフレーズにエレノアは嫌な予感がよぎる。
心が騒めいて落ち着きたくても落ち着けない。
しかし、聞かないという選択肢はなかった。
グッと両手を胸元で握り締め、コクリと頷く。
―――そして、キルアが母親と次男を刺して家を出たことを話した。
それを聞いたエレノアは目を丸くし唖然とする。


「―――というわけで、今坊ちゃんはいないんです…いつ帰ってくるかも分からず…」

「……そう、なのですか…」


困ったように頭をかくゼブロに、エレノアはポツリと返した。
ゼブロはエレノアの様子に意外そうな視線を向けた。
エレノアはゼブロから見てもキルアを一途に思っている恋する少女だった。
まだ12歳というのもあり、まだ幼いエレノアにはキルアの家出はショックを受けると思っていた。
声が落ち込んで聞こえるのでショックは受けているようだが、ゼブロは取り乱すか泣き出すのだと思っていたため、エレノアの反応は意外だった。
ゼブロが声をかけようとしたとき、エレノアは静かに椅子から立ち上がる。


「キルア様がいらっしゃらないのでしたら私はここで失礼させていただきます」

「は、はい…」

「私が来たことはゾルディック家の方々には内密にお願いします…カトラー家の者にもです…私は今日、ここには来ていない…いいですね?」


セブロを見つめるエレノアの視線は、悲しみや落ち込みなどはなく、どこか淡々としていた。
感情がないように見えるほど、エレノアは普通だった。
流石、12歳と言えどゾルディック家に並ぶ暗殺一家だとゼブロは思う。
頷くゼブロを見た後、エレノアはそのまま背を向けて守衛室を出てククルーマウンテンから去って行った。
その素早さに唖然としながら、ゼブロはエレノアを見送った。


(なぜキルア様は家をお出でになられたのかしら…それもお母様とお兄様を傷つけて…)


守衛室を出たエレノアは常人では認識できない速さで山を下りていく。
バスや車などの利用も考えたが、自分の足で降りた方が早い。
エレノアは見た目は少女ではあるが、その体は幼い頃から鍛えられたため常人を超えている。
本当は怪我をしたキキョウとミルキのお見舞いやメッセージだけでも伝えたいが、それを行えばエレノアがゾルディック家に来たことを知られてしまう。
ゼブロに口止めした意味がなくなってしまう。
走りながら思うことはキルアのこと。
なぜ、キルアは家を出たのか。
それも母であるキキョウと、兄であるミルキを刺して。


(キルア様は幼い頃から外への関心がおありな方でしたし…お友達というモノにも憧れていらっしゃっていたものね…)


キルアはゾルディック家の子供達の中で、一番期待されているほど優秀な暗殺者だった。
今はイルミには勝てないけれど、大人になって経験を詰めばきっと逆転するだろう。
それがいつになるかは分からないが、エレノアを婚約者にしている以上はゾルディック家を継ぐ存在だ。
しかし、その中でもキルアは不思議と外に興味を持つ子供だった。
特に、友達を欲しがっており、執事見習いのカナリアと友達になろうと言い出したくらいだ。
結局カナリアとは友達にはなれなかったが、エレノアにも友達という存在に憧れている姿を隠す事はしなかった。


(友達…ゾルディック家には不要だと思われているもの…それを探しに外へ出られたのかしら…)


エレノアは友達という存在を否定するつもりはない。
自分には必要だとは思っていないが、不要だとも思っていない。
カトラー家は友達を作ることを否定はしていないが、作ることに肯定はしていない。
縁がありそれを本人が認め求めているのなら好きにすればいい。
しかし、積極的に作ることは認めていない。
それはカトラー家の家訓にも関係しているからだ。
エレノアは仕事を任せられてはいるが、今はまだ友達になりたいと思える人間に会った事はない。
叔父の仲間達は、友好的な関係を築いてはいるが、『叔父の仲間、母の仲間』という認識が強い。
だから、キルアの気持ちは否定はしないが、エレノアはまだ理解が出来ていなかった。
エレノアはキルアがなぜ家を出たのかと考えていると、一つの結論にたどり着く。


「まさか…好きな方がお出来になった…?」


その考えが浮かんだ瞬間、ハッとさせて足を止めて木の上に着地する。
エレノアは震える手で口を覆い、顔を青ざめる。
考えに至らなかったもの。
いや、考えたくはなかったものだ。


(キルア様は素敵なお方ですもの…私以外にキルア様の魅力に気づいた方がいらっしゃっても可笑しくありませんわ…ですが……キルア様は…私を愛しているとおっしゃってくださった…でも…本当に…?)


思いついてしまうとその考えは中々消えない。
エレノアが嫌だと思えば思うほど、それは消えてくれない。


(キルア様はもう私への気持ちがなくなったとお父様が仰っていましたし…その可能性はありますわ…っていうか!100%そうですわ!!ああっ!なんてことなのっ!!私…失恋してしまったのですね…)


ハラハラと涙が零れ落ちる。
両手で顔を覆って一人なくエレノアの心はすでに失恋したと思い込んでいた。
しかしそれは仕方ないのかもしれない。
欲目なくてもキルアは…あの一族は顔が整っており、黙っていればモテ放題だ。
いつもなら、例え本当にナンパされたとしてもキルアが靡くとは考えない。
それほどエレノアはキルアと相思相愛だと思っていた。
しかし、父の言葉が頭に浮かんで離れない。
気持ちがなくなったから婚約を破棄された―――この言葉が頭から消えない。
この世にはエレノアだけが女ではない。
エレノアよりももっと魅力的な女性が沢山いるのをエレノアは知っている。
しかし、やはりエレノアは転んでもただでは起きない。


「いいえ!例えそうだとしても!!まだですわ!キルア様からお聞きしない限り100%そうだとは認めません!!」


エレノアは涙を拭い、グッと拳を握り締める。
確かにキルアに恋人ができたと想像するだけで心は弱まってしまうが、まだキルアの口から恋人ができたとは言われていない。
何か事情があって婚約が破棄された可能性だってありえるため、エレノアは最後まで足掻こうと決めた。
鼻をすすりながら木を蹴って飛び降り、街へと向かった。

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