(7 / 21) キルアの婚約者 (07)

街に降りてまず行ったのは連絡。
街にいた人から携帯をエレノアは拝借し、広場のような場所でベンチに座りながら電話を掛けた。
勿論、実家のカトラー家ではない。
相手は―――


≪――誰だ≫

「エレノアです、叔父様」


叔父である。
叔父は特殊な仕事をしているゆえに、知らない番号では中々取ってくれることはない。
だが、根気よく掛ければ警戒しながらも取ってくれる。
何度目かのコールでやっと繋がった叔父は、エレノアには決して聞かせない低い警戒している声だった。
しかし、相手がエレノアだと分かるといつもの優しい甘い声に変わる。


≪エレン?いつもの番号じゃなかったが…どうしたんだ?≫


エレノアには家の電話、自室の電話、携帯電話の三つの番号がある。
それぞれ登録している番号ではない電話番号から掛けてきたことに叔父は驚いているようだった。
しかし、詳しい事情を話している暇はない。
エレノアは今、いつ家を出たことを気づかれて追い付かれるのか分からない状況なのだ。
しかし、叔父に協力をしてもらうために簡単な説明だけはする。


「叔父様…お力をお貸しいただけませんか…」

≪義兄さんからキルア君の気持ちがなくなったと言われたのだろう?なら、キルア君を追いかけるのは彼に迷惑じゃないか?≫

「そ、それは…そうなのですが……キルア様からお聞きしない限り私は納得できません…」

≪…………≫


叔父の本音を言えば、可愛い姪の婚約がなくなって安心したので手助けはしたくはない。
なんなら姪がキルアと接触しないようにする手伝いは喜んでする。
しかし、それを言ってしまえば可愛い姪に嫌われるのは必須なため言葉を飲み込む。
叔父は黙り込み、エレノアは叔父から返事が来るまで口を閉ざすことにした。


≪…分かった…エレンがそこまで言うのなら協力しよう≫

「本当ですか!?ありがとうございます!」


しばらくして、叔父は根負けした。
結局、姪に嫌われたくはないのだろう。
エレノアは叔父の協力を得る事が出来たと嬉しそうに声を弾ませる。
一度電話を切り、キルアの居場所が分かり次第叔父から連絡がくることになった。
店に入るのも考えたが、居場所を聞いてすぐに向かいたいのでそのまま待つことにした。
幸いなことに、叔父や叔父の仲間達は優秀である。
連絡はすぐにきた。


「もしもし!叔父様!?キルア様の居場所はどこなのです!?」

≪エレン、落ち着きなさい≫


結果だけ言えば、キルアは見つかった。
叔父の仲間の一人に、情報に長けている人物がおり丁度傍にいたため頼んでくれた。
叔父の言葉にエレノアは胸を撫でおろしながら、叔父に頼ってよかったと思う。
早速キルアの居場所を聞こうと急かすが、ここにきて叔父は条件を出してきた。


≪聞きたいのなら、今から出す条件をのみなさい≫


真剣な声色に、エレノアは我が儘を言えなくなる。
叔父が条件を出すほどの場所にキルアがいると思うと心配が込み上げてくる。
同時に、そんな場所に自分が向かって大丈夫なのかと不安も感じた。
しかし、それでも父の血を受け継ぐエレノアは立ち止まるという選択はない。
条件をのむ、と答えたエレノアに、叔父は溜息をついた。
本心は条件をのめないと諦めてほしいと願っていた。


「条件とはなんですか?」

≪条件は『家を出たこと』、『家を出た理由』を姉さん…お前の母親に伝え、説得する事だ≫

「…!」


条件は2つ。
家を出たこと、その理由を母親であるナターシャに伝え、母の許可を貰えればキルアの場所を教えてもらえるという。
しかし、条件はそれだけではなかった。


≪それと、オレがキルア君のいる場所を姉さんに伝えたうえで姉さんからの許可がもらえれば教える…それがオレが出した条件だ≫

「………」


叔父の出した条件は、全部で3つ。
家を出たこととその理由を母に話したうえで、叔父からキルアの居場所を伝え、そこへエレノアが向かうことを母が承諾し許したのなら、叔父からキルアの場所を教えてもらえるというものだった。
それを聞いてエレノアは『うう…』思わず唸る。
しかし、相手が母親なのは叔父の優しさなのだろう。


(お父様やお兄様達でないのは幸いですわ…)


母以外の家族は、エレノアを溺愛しているが故に厳しい部分もある。
母に愛されていないわけではない。
母にだってエレノアは溺愛されている。
だが、母はまだ話が通じる方である。
説得すれば母からの許可は貰える可能性はあるのだ。
更に母が許したのなら、最低でも父は連れ戻すことはない。
父は妻とその妻の娘であるエレノアに激甘なのだ。
エレノアはその条件を飲むことにした。


≪じゃあ、姉さんに電話しなさい…もう姉さんには伝えてあるからその携帯でもすぐに繋がるだろう…説得はエレンがすること…姉さんが納得したら姉さんからオレに連絡をして、オレがキルア君の居場所を姉さんに伝える…その場所へエレンが向かうのを姉さんが承諾したのならオレからエレンにキルア君の場所を伝える…しかし姉さんが駄目だと言ったら諦めて家に戻る…それでいいな?≫

「…はい…お母様が駄目だと仰られたら家に戻ります…」


面倒臭いやり取りだが、それだけエレノアは周りから大切にされてきた証拠なのだろう。
本当は帰りたくはないが、それがキルアの場所を教えてくれる条件ならば仕方ない。
今のお金さえ持っていない自分には、キルアの追跡は難しいだろう。
叔父が最短ルートなため、その叔父の条件が一つでも満たないのなら諦めるしかない。
叔父との電話を切った後、エレノアは母の携帯に電話をかけた。
未登録の電話番号だが、叔父の言う通り母はすぐに出てくれた。


≪エレノアね≫

「はい…お母様…」


エレノアは母に窓から家を出たこと、家を出た理由の事を伝える。
母はそれを黙って聞いてくれた。
しかし、家を出た理由には難色を示されてしまう。


≪キルアさんに会って…キルアさんがあなたの事を愛していないと真っ向から言われて…あなたはそれでいいの?≫


キルアの言葉だけを信じる、という娘の言葉に、ナターシャはそう告げた。
『愛していない』というその言葉にエレノアは一瞬息を呑んだが、『はい』と返す。


≪今、息を呑んだでしょう…そんなことで言葉さえも出ないほどショックを受けてしまうのならキルアさんを追うのは許可できません…早く帰ってきなさい…お父様には私が上手く言っておきますから≫


ナターシャは娘を心配していた。
娘が突発的な行動をするのは初めてで、今まで父や兄達の言う事を我が儘を言いつつもちゃんと守ってきた良い子だった。
反抗期がないのはいい事ではあるが、母としてそれが負担になっているのではないかと心配でもあった。
帰ってくるよう言いながらも、ナターシャは安堵もしていた。
ただ、やはり心配の方が勝ってしまいエレノアの行動を狭めてしまう。
しかし、それでもエレノアの足は止まらない。


「ですがお母様…私はキルア様を愛しております…心からあの方をお慕いしているのです…あの方のいらっしゃらない日々など地獄も同然です…」

≪お父様から聞いたでしょう…キルアさんはあなたを愛していないと仰って婚約を破棄されたのです…それでも会いに行くの?お母様はあなたが傷つくと分かっていて見送るなんてできないわ…≫

「だからこそ私はキルア様に会いたいのです…キルア様から真実を聞きたい…もしも本当にキルア様が私に対する想いが冷めてしまったのなら、受け入れます…あの方の気持ちがないのに愛を求めるような悲しい女にはなりたくないですもの…ですからお母様…お願いします…行かせてください…」

≪…どんな結果となってもあなたは構わないのね≫

「はい」


電話越しに、母の溜息が聞こえ、『お父様にばかり似てしまって…お母様寂しいわ…』と零された。
ナターシャはウォーレンから猛アタックを受け、攫われる形で妻にされた。
ウォーレンにはすでに前妻との子供が3人おり、最初は後妻という立場にされ不安だったが結局ウォーレンからの情熱的な口説きに負けた。
しかし、結局は情が移ったのだろう。
その夫の血を、ナターシャは強く感じた。


≪分かりました…ですが、それは家を出た理由を理解したという意味です…叔父様からキルアさんの居場所を聞いてから追う許可を出します…叔父様から聞いてはいると思うけれど…エレノア、分かっていますね?≫

「はい…行っては駄目と言われたら…大人しく家に帰ります…お父様にも謝ります…」


娘の返事に満足したのか、母は電話を切る。
ツーツー、と相手が電話を切った音を耳に残しながら、エレノアも叔父からの連絡を待つため一旦電話を切る。
今頃、母と叔父は話し合っているだろう。
迷惑をかけたと母と話をして冷静を取り戻し、今頃になって思うが、しかし、後悔はしていない。
祈るように携帯を握り締めていると、着信があった。
緊張しながらその着信を取る。


「は、はい…」

≪エレノア、結果が出た≫

「――っ」


叔父の硬い声にエレノアは釣られるようにゴクリと唾を呑む。
思わず耳に当てる携帯を持つ力を強くさせ、ミシリと音を立てた。
慌てて力を抜くエレノアに、叔父の言葉が届く。


≪許可が出たぞ≫

「ほ、本当ですの!?」


エレノアは立ち上がって周りに人がいる事を忘れて大声を出してしまう。
突然立ち上がり声を上げる少女に周囲は思わず見てしまうが、エレノアはそんな周囲に構ってはいられない。


≪オレがお前に嘘を言ったことあるか?≫

「いいえ!…いいえ…ありませんわ…叔父様はいつもエレノアを想ってくださっています」


困ったような声に、エレノアはベンチに座り直しながら首を振る。
嬉しさのあまり声が震えていた。
エレノアの明るい声を聞いて叔父も機嫌を直したのか、穏やかな声に戻っていた。


「それで…キルア様の居場所は…」

≪キルア君はハンター試験を受けるようだ≫

「ハンター試験…?」


キルアがいる場所…正確に言えば、これから行くであろう場所を叔父から伝えられエレノアは首を傾げる。
ハンターがいるのは流石の箱入り娘であるエレノアも知っている。
そもそも、エレノアは暗殺家業の家柄だ。
仕事上、ハンターと関わることもある。
しかし試験などまだ遠い話だと思っていたため、ここでその話題が出るのかと思ったのだろう。
どうやら、キルアは家を出た後ハンター試験を受けようと思い申し込んだらしい。


≪十中八九勢いで登録したのだろうが、イルミの弟なら簡単に合格できるだろう≫

「お母様から許可を頂けたという事は…」

≪姉さんからはお前の意思を尊重しろと言われている…お前がハンター試験を受けたいというのならオレの方で登録し、試験場までの道のりを教えよう≫


電話がかかってくるのに少し時間がかかったのは、母も娘にハンター試験を受けさせることに躊躇したからだろう。
キルアだけではなく、エレノアの実力でも、試験の合格は簡単だ。
だが、それを夫の許可なく自分で判断していいのか悩んでいた。
しかし、弟の後押しでキルアを追うことを許した。
ただし、エレノアがそれでもキルアを追うと言ったら…というのが前提だ。
エレノアも家を出た身とはいえ、父の許可なくハンター試験を勝手に受けていいのか迷っていた。
諦めて家に帰るか。
キルアを追うか。

―――エレノアの答えはすでに決まっている。

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