最近、月子は楽しみが出来た。
読書の時間に訪問者が訪れるのだ。
「月子様」
気配を感じて顔を上げれば、天井からひょこりと男が顔をのぞかせた。
月子のいる方へ視線をやり、月子と目が合うと全員嬉しそうに目を細めてくれる。
音なく降りるのを毎回月子は『すごいなー』と思う。
彼らは男で、忍者という職業だというのを最近知った。
忍者の説明もされており、月子は毎回彼らの話を目を輝かせて聞いていた。
「月子様…こちらを…」
「それは?」
今回の担当は、黒鷲隊の五条弾。
あまたの応募者の中から勝ち抜き、選ばれた強者である。
五条は雑渡から頼まれた月子への贈り物を差し出した。
手のひらに置かれたそれを見て、月子は目を瞬かせ首を傾げる。
「折り紙です」
「おり、がみ…?」
「正方形…これくらいの紙を折る遊びです」
「まあ!これ紙なのですね!」
手のひらに置かれているのは、鶴の折り紙。
一般的だが、火傷を負った雑渡には少し難しい物だった。
しかし、流石雑渡と言うべきか。
火傷を負っても日々鍛錬し、回復に向かっている。
この鶴の折り紙も何百回も負った物で、娘に贈る物だからと一番出来のいい物であった。
この鶴に至るまで、『チキチキ!月子様に贈る鶴はどーれだっ!』が開催され、血で血を洗う争いが繰り広げられた。
その結果、今、月子の手のひらにあるこの鶴が、選ばれし一羽となったのだ。
今回、送り物を運ぶ当番の黒鷲や、月子推しの他の隊の忍び達も参加し、騒ぎを聞きつけた組頭が面白がって勝ち抜きの立ち会いになったのは殿には内緒である。
「これはあなたが折ってくれたのですか?」
月子は紙で折る折り紙を知らない。
そんな遊び、母も婆も侍女達も教えてはくれなかった。
面倒くさかったのだろう。
彼女達は月子の身の回りを世話し、あたかも気にかけているように見えるが、それはただ給与の良さで働いているに過ぎない。
この屋敷で本当の意味で月子を思ってくれる者など1人もいない。
だから騒がしくならず単純な鞠を投げ合う遊びしか教えてこなかった。
母は自分の事しか考えておらず、婆は月子を大切に扱っているように見えても、最優先は実代だ。
この里で月子を想ってくれる者達は、皮肉にも母たちが隠していたタソガレドキの忍び達だった。
五条は月子の言葉に『いえ』と首を振る。
五条が折ってくれたとばかり思っていた月子はキョトンと小首をかしげる。
「では…どなたが折ってくれたのでしょう…お礼を伝えたいので教えていただけますか?」
贈られた物にお返しをする。
母達には教えられなかった常識だ。
だが、五条達と接するようになって自然と覚えた感謝の気持ちである。
五条は月子の問いに、待ってましたと贈り主を教えた。
月子はきょとんとした表情でパチパチと目を何度も瞬いて五条を見上げた。
「ちち…ですか?」
「はい、この鶴の折り紙は月子様のお父上様が月子様のために折られたものです」
「…………」
五条の繰り返された言葉に、月子は静かに手のひらにある鶴の折り紙を見つめる。
何も言わない月子に、五条はゴクリと喉を鳴らす。
五条の想像した反応とは異なったのだ。
父の存在、そして父が自分のために折り紙を折ってくれていたことを知ればきっと月子は喜ぶだろうと思っていた。
(父親の存在に反応しないのは御母堂の影響か?)
実代達この屋敷にいるタソガレドキの者以外は、男を虫けらのように見下し、嫌悪している。
そんな環境で育てられたにしては、陣左と初めて会った時、月子は嫌悪など見せなかった。
そのため、月子は男に対しても父親に対しても、この屋敷にいる女達とは異なり男に対して嫌悪感などないとばかり思っていた。
だが、考えてみれば、生まれてから4年間もの間にずっと母たちの教育で育ったのだ。
根本が染まっていても何もおかしくはないだろう。
『これは報告だな』と冷や汗を流し、月子の反応を伺っていたが…
「父とはなんですか?」
その言葉に五条は思わずドテッとこけた。
流石忍者というべきか、転げたが音はなく屋敷の女達に気づかれなかったが、目の前で突然こけた五条を月子はキョトンとさせんがら『まあ、大丈夫ですか?』と心配してた。
月子の声掛けに、五条は姿勢を戻しながら『はい、大丈夫です』と笑みを浮かべた。
(そりゃそうか…男を隠されていたのなら父親の存在すら知らないか…)
考えてみれば分かることだ。
男の存在を隠されて育ったのなら、父親や兄の存在を知らずに育っていてもおかしくはない。
五条は月子が父に対して嫌悪感を示さなくて良かったと安堵しながら、説明をする。
その説明に、月子はこれでもかと目を丸くさせ折り鶴を見る。
「お父様…月子に、お父様がいらっしゃった…」
月子はこの感情がなんなのか分からない。
正直なところ、月子は"家族"と言う感覚はあまりない。
母親という意味は知っている。
その母親が自分を産み、母のために生きることが子供の仕事だということも。
母親が家に帰るために自分が努力せねばならない。
婆も侍女達もそのために自分の身の回りの世話をしているのも知っている。
だが、父親なんて考えたこともなかった。
そもそも、"男"を知ったのだってここ最近なのだ。
父親や兄という単語、知らないのも無理はない。
だけど、嫌な気持ちはなかった。
「月子のお父さまはどのような方なのです?」
五条は月子の表情から父親に対して拒絶がないことに安堵し、父親に興味を示してくれた事にも、安心した。
父に付いて知りたがる月子に、五条は思わず笑顔を浮かべた。
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