しばらく戦はないので会議はなく、占わなければならないことも終わり、今日は日がな一日読書で終えた。
「………」
ジジジと燃えていたロウソクの芯が消える。
すると暖かな光に包まれていた部屋は、あっという間に暗く染まっていく。
寝巻に着替えて後は眠るだけのミツは、チラリと天井を見る。
ただの巫女でしかないミツは気配は感じないが、ミツの姿を誰にも見せたくない城主の命令でミツの部屋やその周辺に警備や忍は配置されていない。
だから、この部屋に訪れる忍は敵のみか…彼のどちらか。
(…変なの…彼も敵国の忍なのに…)
天井を見たのは、彼が訪問していないかを確認していたから。
しかし、彼はいないのか降りてこない。
だが、期待してしまう。
彼はミツにとって、暗く狭い牢に突然現れた光だからだ。
暇つぶしの占いで、彼がくるのは数日後だと出ていた。
残念に思いながら御帳台へ足を向けたその時―――ドタドタと走る音が聞こえた。
周囲に人もいないため、その足音は余計に部屋と隔てたミツの耳に届く。
寝ようと思っていたミツは、その足音にげんなりした表情を浮かべて襖へ視線を向ける。
それと同時に堅く閉じられた襖が勢いよく開けられた。
「藤!占え!」
現れたのは、ドクハゼ城の城主。
就寝中に来たのだろう、寝間着姿だった。
そもそも、ミツの顔を見るということは、自殺するにも同然なため、この部屋を声掛けせず襖を開ける事が出来るのは城主しかいない。
――『藤』とは、ミツの名前だ。
周囲には巫女と呼ばれることが多く、ドクハゼ城の城主も最初こそ『巫女』と呼んでいた。
しかし、時間と共に役に立つペットに対して情が湧いたのか、突然ミツに名前を問いかけてきた。
だが、名前を教えたくなかったミツが口を頑なに閉じていると、『記憶がないのだろう』と都合よく誤解してくれて、『藤』という名前を勝手につけた。
そのため、ミツという名前を知っているのは、生き別れた兄と敵国であるあの忍だけだった。
振り向けば足音を立てて無遠慮に入ってくる城主に、ミツは面倒くさそうに浮かべていた表情を引っ込め、仮面を被る。
駆け込んできた城主の下へ歩み寄り、彼の前に腰を落として見上げた。
「今日の占いは終わりましたよ、殿」
「それは国に対してだろう?儂を占え!」
また始まった、とミツは思う。
押都に愚痴った通り、城主は最近精神的に不安定で安寧を妻などの身内や側近達ではなく、まだ幼いミツに求めるようになった。
毎日決まった時間にミツに国を占ってもらっているが、それだけでは不安だからか個人として占ってもらっている。
城主はこの国のトップだからこそ、出来る贅沢だろう。
逆らう権利などミツにはないため、城主の願いを叶えるために与えられた道具を仕舞っている箱を取りに降ろしていた腰を上げる。
ついでに薄暗い部屋を照らすため、消したばかりのロウソクを灯す。
城主は最近できた(作った)自分の場所に腰を下ろし、ミツの動きを視線で追いながら静かに待つ。
その為か、微かな、普段なら音でかき消される微かな衣擦れも大きく響くように聞こえた。
「それで、今日は何を占えばよろしいのです?」
城主の前に座り、箱の蓋を開けると、そこには亀の小さな骨が入っていた。
この骨は100年生きた亀から取り、小さく砕いて加工されたものだ。
小さな巫女のために特注した物は、コロコロと小さな手のひらに転がる。
「さきほど裏切り者に殺される夢を見たのだ…頼む…藤、その者を見つけてくれ!!」
よく見れば、蝋燭の暖かな光が負けるほど城主の顔は青ざめていた。
床に手をついてミツに迫るその手もガタガタと震えており、ミツは顔には出さず胸の内で溜息をつく。
(たかが夢になぜそこまで取り乱されるのか…そもそも占いは便利道具ではないと何度も言っているのに…)
占いはただ近道の道具に過ぎない。
信じる事は大切だし、信じたくないのならば自分の道を貫けばいい。
どっちにしろ、その道は己が切り開かなければ意味はなく、占いの価値さえもない。
だが、占いを拒否することは許されないため、結局うだうだと追い出そうとしても占わなければならなくなるのだ。
とっとと適当に占って追い出そうと思い、骨を両手で軽く包み込んでその中で振り、適当に軽く床に放り投げる。
放り投げられた三つの小さな亀の骨はコロコロと転がり、城主の足元に止まった。
それをじっと見下ろすミツを、城主はゴクリと喉を鳴らして見守る。
城主の視線を鬱陶しいと思いながら出た結果を読んでいると、ミツは表情を崩さないまま目を丸くした。
出た結果は、こうだ―――
『神託を授ける者が己が道を踏みしめるとき、城の主の運命は風に漂い、やがて夜の淵へと沈まん』
すなわち、裏切り者は巫女―――ミツだ。
何かしらの理由でミツは城主を裏切り、その結果、この国は亡ぶ。
そう出ていた。
「ど、どうだ?藤!教えてくれ!!」
さて、どうしようか―――ミツは案外冷静に考える。
「藤!!儂を殺すのは誰だ!!早く答えよ!!」
考えている間も我慢できなかったようで、つい声を荒げる。
本来なら護衛の者が駆けつけるが、当然入ってきたのが城主だと知っているため誰もこちらに駆け込む気配は見られない。
前のめりになって更にミツを迫る城主に、ミツはチラリと見た後、転がった骨を回収するため手を伸ばす。
「『夢に現れた刃は、ただ過ぎ去る雲のようなもの…殿の身に危うき兆しは見えませぬ』……つまり、夢に現れた刃は雲のように実体のないものでございます…殿の御身に直接の危うき兆しは見えておりませんので、どうかご安心くださりませ」
ミツは偽りを答えた。
いつもは適当に占っても当たる結果を素直に答えるが、流石に裏切り者は自分だと答えた結果、どうなるかなんて占わなくても子供のミツでも分かる。
今、死ぬわけにはいかないのだ。
あともう少し。
あと少しの間、我慢すれば―――
「本当か藤!!裏切り者はいないのだな!?」
手のひらに回収した骨を見つめながら考えていたミツは、ガシッと腕を掴まれ我に返る。
「妾の占いが外れたことがありますか?」
「ない!お前はいつも私を助けてくれる…そうだ…お前の占いならば、そうなのだな!!そうか!!安心したぞ!」
よほど裏切り者がいないのだという結果が嬉しかったのだろう。
そのままミツの脇に手を入れて抱き上げた。
まるで娘にするように笑いながらミツの身体を揺らす。
しかし、ミツの顔は能面を張り付けたようにピクリとも動かなかった。
それに気づかず、城主は上機嫌のままミツを抱いたまま御帳台の中に入る。
到底大切にしているように思えない扱いで寝具に降ろし、その膝の上に頭を乗せるように横になる。
「殿?お戻りになられないのですか?確か今日は奥方様の下へまいられるはずではありませんでした?」
顔をこちらに向けているので、嫌な顔一つできない。
ミツを見上げながら、『ああ』と思い出したように声を零す。
その声に正室の下へいかないかなぁと内心期待する。
だが、占いは出来ても運命を変えることは当然できなかった。
「よい…最近、あやつは色々とうるさくて敵わん…さっきまで小言を貰ったわ……あやつよりもお前といる方が心が安らぐ…今日は共に寝てやろう」
「……それはお辛うございましたね…ですがこのままでは妾は横になれないのですが…」
「分かっておる…少しだけでよい」
ミツの手を取り、己の頭へ持っていく。
頭を撫でろという意味だ。
心底面倒臭いと思いながらも、言うことを聞かないと不機嫌になって更に面倒になるので、手を適当に動かして頭を撫でるように装う。
それにも気づかず、城主は沈んでいた気持ちが嘘のように軽くなる。
城主から見たミツは愛おし気に自分を見つめているように見えていた。
ミツには自分しかいないのだから、自分を愛して当然だと思っている城主は頭の端に妻達…特に正室を思い浮かべ、眉を潜める。
(全く、あやつめ…家柄から正室にしてやったとはいえ儂に口を出すとは…図々しさは父親譲りか…)
最近、精神的に不安定なのは何も将来への不安からではなく、正室から圧力をかけられているからだ。
政治に関わる気はない女だが、跡継ぎ問題は別らしい。
しかも城主にとっては勘違いもはだはだしいものだ。
(何を恐れているのか…跡継ぎは既に決まっているだろうが)
頭を撫でる巫女を見上げる。
顔は整っているほうだが、どこにでもいる子供だ。
正室はこんな幼子を恐れているらしい。
自分はこの子供に惚れていて、その子供との間に男児をもうければ息子より後から生まれたくせにその子供を跡継ぎにするのだろう、と正室にはっきりと言われた。
城主である夫にはっきりと意見を言えるその気の強さは正室に相応しい女だが、勘違いして勝手に毎回長男を跡継ぎにするよう頼まれるのはいい加減に気が滅入る。
だからこそ、占いという一点だけで繋がっている巫女の傍が居心地よく感じてしまうのだろう。
(女好きなのは否定せんが、こんな子供に欲情するほど困ってはおらんぞ)
確かに、巫女の顔は子供にしては整っているのだろう。
だが、まだ10にもなっていない子供だ。
女にだらしないのは否定しないが、欲情するにしても幼すぎる。
だが、正室が恐れているのはそういうことではないのだろう。
城主は気づいていないが、正室は巫女が成長することを恐れているのだ。
巫女の姿は正室であっても見ることは許されていない。
だが、夫である城主の様子から、巫女への強い独占欲を感じている。
物だペットだと称していても、男であり女である以上、どう転ぶか分からない。
夫の独占欲と女癖の悪さから、ミツに手を出さないと断言はできなかった。
それに、この時代。
貴族や城主に嫁ぐ女は大体12歳から。
初産も13歳からだ。
今はまだ10歳にもなっていないとはいえど、人が成長するのはあっという間である。
すぐに結婚適齢期を迎えるだろう。
女好きの男が、目の前の、それもすぐに手が出せる距離にいる女を放っておくはずがない。
必ず城主は巫女に手を出す。
そして、独占欲を隠しもしないほど執着している女に男児が生まれたのなら…我が子は、正室の息子の立場は逆転するだろう。
それを正室は恐れている。
母として、息子を守りたい一心だったが、それが悪手だった。
息子を想い城主に願えば願うほど、城主の心は正室や嫡男から離れてしまっている。
「藤、もうよい…こちらにこい」
頭を撫でられ、城主の機嫌は最高値となる。
眠った後に巫女も眠ればいいと言ったが、今はこの腕に抱いて眠りたいと思った。
こういう気分屋も、女達が辟易するところだろう。
それはミツも変わらず、内心面倒くさそうに顔をしかめながらも、言うことを聞く以外に選択肢は存在はしないため、膝にある城主の頭を優しく降ろして移動する。
寝転びながら腕を広げる。
ミツはその胸に飛び込みたいと思った事は一度もなかった。
だが、それを強いられ続けている。
『失礼します』と一声かけて広げる腕へ入り込むと、城主の腕がミツを閉じ込めた。
「そろそろ床に就くがよい」
「はい」
変わらず、能面のまま城主に返答をする。
城主は巫女を腕に閉じ込めて満足し、目を瞑った。
その顔をミツは黙って見つめる。
相変わらず、何の特徴もない男の顔だ。
(裏切り者はあたし、か…)
寝ようとしていたところを邪魔された腹立たしさからか、目がさえてしまった。
それに対して、悪夢を見て途中で飛び起きたのもあるのか、城主はすぐに深い眠りについた。
(ふふ…ふふふ!)
思い出すと面白くてたまらなくなる。
城主が眠っているので、心の内でクスクスと小さく囁くように笑う。
先程まで気分が落ち込んでいたのに、今や心が跳ねるように軽い。
しかし、声に出せない笑い声はピタリと止まり―――間抜け面を晒して眠る城主を睨みつける。
(死ね…死ね…死ね……苦しんで死ね…父ちゃんと母ちゃんや村人の人達が苦しんだ以上に苦しんで死ね…死んでしまえ…)
ぐ、と捕まえるように城主の寝巻を握り締める。
この時代だ。
多くの大名は人の屍の上で生きている。
ミツは本来その下にいるうちの一人にすぎなかった。
この男の足によって、今でも両親や村の人達の屍が踏み荒らされているだろう。
それが腹立たしい。
それが恨めしい。
そして、犠牲になった家族や村の人達に対する罪悪感の気持ちが重くのしかかる。
(早く死なないかなぁ…)
もう動く気すら起きず、ポツリと胸の中で呟き―――重い瞼を閉じ、眠りについた。
城主の腕に抱かれ、敵国の彼を思い浮かべながら。
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